ep.02 2013年 6月4日 ソラから降りる少年

ep.02 2013年 6月4日 ソラから降りる少年


かつてカードゲーム研究会があった倉庫。レンガ造りであり、時代を感じさせるものの、それほど時代は長くない。学園というよりも軍立帝都大学の立つ土地ができたのが20年前なのだ。それ故に、20年以上前の建物があるはずがない。

アイバキバは旧カードゲーム研究会の倉庫に立ち入っていた。逃走したアイバキバを追うものはいない。アイバキバは追手を全て巻いた。

 追手を全て巻いたというよりは、アイバキバを追う余裕を無くしてしまったという方が正しい。

「どちらにせよ、停学を食らっちまったんだ。一か月は戻ってこまいっ!」

 アイバキバは騒がしすぎる校舎の方向へと敬礼をした。

「やはり、頭脳というものはこういう使い方をしないとな」

 いつかきっと役に立つだろうと秘密裏に制作していたアイバキバの秘密道具たちが今まさに校舎中で暴れまわっていることだろう。

「さて、と」

 アイバキバは埃っぽい倉庫の中を歩いていく。倉庫の中は段ボールが壁のように積まれている。段ボールの中全てがカードゲームのカードである。

「学園七不思議の一つ。最新段のパックが何故か常に山積みになっていて、そのパックが埃を被っている、と」

 ちなみに、未来に出るパックが入っていたりはしない。それは確認済みである。

 ちなみに、全てウィクロスのブースターパックである。

 アイバキバは段ボールの壁の合間をぬって進み、奥にある、倉庫の天井すれすれの高さを誇る布切れの前に立ちはだかった。

 アイバキバは布切れを掴み、力任せに布を取り払った。

 そこに現れたのは白色のボディ。当時最新鋭の技術を搭載した期待を訓練用に100体も配備するということで欧州連合に喧嘩を売ったことから、綽名を『くじら』と呼ばれた機体――EWF01。

「当時の米帝大総統が欧州と仲が悪かったからな。EWって名前がついているから、エレクトロワーク社だろうがな」

 昔、新本は欧州とくじらやいるかという水棲哺乳類の扱いで度々文化的齟齬を段休止あったという皮肉から名づけられたという経緯と、『いるか』ではなく『くじら』と名付けられたのは性能の良さもさることながら、試験的に多くの機能を投入し過ぎて重量が重くなってしまったからである。

「配備するより処分する方が難しいってのは変な話だけどな、っと」

 適当に解体などをすると他国に兵器の技術を売り渡すことになる。

 それに、この『くじら』は――

「未だ全ての機能を使いこなせたものはいない。どころか、ブラックボックスだらけ――と。それを言うなら、未だOSの『E.I.B.O.N.』すら解明できていないしな」

 現在の機械兵士を動かすシステムは一世紀も前に作られたという。一世紀も前に機械兵士は存在せず、あくまで噂ではあるのだが――

「大魔術師エイボンの遺産、ってか」

 ちなみに、どうしてカードゲーム研究会の旧部室に軍の正式な訓練機があるのかというと――当然アイバキバが秘密裏に盗んだからである。

「新本は平和だからな。倉庫にしまわれる前にちょっくら盗んだ。あれ以降使われていないんだな」

 そろそろ見つかるだろうとアイバキバは予想していたが。

「んじゃ、行こうか!新本本土へと!」

 片膝をついている大勢の機械兵士のコクピット内にアイバキバは体を滑り込ませる。

『くじら』のコクピットは胸部にあった。その胸部は厚い装甲に覆われている。胸部装甲の一角にアイバキバは指で触れる。

「未だ指端子対応なんて……あれだな。初期のプレスリがプレツーもできたって感じだな」

 指端子というのは指の先から脳内の情報を通信するという手段である。

 詳細は紅殻のパンドラを参照。

 結局指端子でできるのは個人情報の照合と簡単な機械操作のみである。

 『くじら』はアイバキバの情報を認識し、コクピットのハッチを開く。

 ちなみに、訓練機には管理者の情報がコクピットや起動のキーとなるはずだが、アイバキバはハッキングをした。軍の最高機密レベルの――というか、目下研究中の機体でもあるのでセキュリティはまさに国家機密レベルなのだが、アイバキバはハッキングした。

 ハッキングした。

「何でもできちゃう俺ちゃんって、ほんと惚れ惚れするよねー」

 アイバキバの乗り込んだ『くじら』には普通の訓練機とは違う点がある。腕部と脚部に特殊な装置が搭載されていた。

 それは大気圏突入用の防護装置である。

 それはアイバキバのお手製であり、いつか役に立つだろうと作っていたものの一つであった。

「さらば!学園!こんな牢獄、二度と帰ってくるものか!」

 諸事情によりアイバキバは一か月後、帝都大学中等部に舞い戻ることになるのだが、それはまだ、先のお話――


 学園内をあたふたと駆けまわっていた風紀委員は突如トレーディングカードの嵐とともに空へと上がっていった鋼鉄の戦士を見て唖然とする。

 優等問題児とあだ名される彼であれど、所詮は子どもと侮っていた風紀委員たちは自分たちが相手をしようとしていた存在が自分たちの遥か上を行く問題児であることを認識させられたのだ。

 風紀委員長ユキ・セイナはめくり上がる自分のスカートなど気にもせず、お店で買って、洗わずに使う一度目が一番穿き心地がいいなどということをすっかり忘れ、自分がイチゴパンツを穿き、それを多くの男子が目撃しているものの、神さえ見えざる絶対領域なのだということを――

「ユーチューバーって、まだ穏健だったんだなぁ」

 ユキの乾いた声だけが妙にはっきりと響いていた。


「ったく、面倒っちゅーかっ!」

 空中を飛行していたアイバキバは追われている。

 アイバキバを追うのは頭部にサイレンを乗せた軍警用機械兵士。

「そりゃあな、逃亡者みたいに怪しいバイヤーとかと取引すりゃあもっと楽にできたんだろうが」

 軍警はアイバキバの使用している機体についての情報を手に入れていないのだろう。

 国家機密が空中遊泳しているというのに、暴走族を相手取るような機体数――2機で『くじら』を追っていた。

「仕事が遅いでよ。軍警さんよ」

 アイバキバが新本本土に降り立つためにはソラの中を出て、大気圏へと突入する必要があった。

 新本国空中領土『ソラ』。

 それは新本国本土から空高く伸びた起動エスカレータ『アメノミハシラ』の上に広がる新たな領土であった。その本質はスペースコロニーそのものであり、スペースコロニーとの違いと言えば、アメノミハシラを経由して直接物資を供給できるということと、が新本国本土を越えない限りはいくらでも増設してもいいという点であった。

 それが故に、現在新本国本土には一部の人々しか残っていなかった。

「身元がバレたくないから、電脳接続もできねえし、ボタンを押して、吉と出るか蛇と出るか」

 まさか、ビーム兵器とか出ないよね、訓練用だしね、とアイバキバは『くじら』の向きをくるりと反転させ、軍警の使用しているEWM74に向き直る。軍警がカタナブレードを抜く前に『くじら』が何かを発した。

 一見するとアイバキバには何が起こったのか分からなかった。

 空中を泳いでいたEWM74は蚊取り線香の蚊のように地面へとふらふらと落下していく。

「よし。あいつらは蚊トンボと名付けよう。そして、この攻撃は蚊取り線香だ」

 強度通信妨害攻撃。

 電波通信を行う機関は人間の耳のように強い電波を受けると一時的に行動を制限されてしまう。

「いや、これ、普通警察が使う奴よね。で、こっちが少しもダメージ受けてないとなると、コイツ、何者なの」

 いかにアイバキバであっても、『くじら』の得体の知れなさには舌を巻くほかになかった。

「軍警は公務執行妨害で本格的に動くか……速攻で決めるが壁を撃ち抜く武装はあるのか」

 アイバキバは早口で呟いた。

 そんなアイバキバの考えに同調するように『E.I.B.O.N.』はパネルに一つの武装を提示する。

「投石機だ?」

 アイバキバは戸惑い悩む。電脳接続していない機械兵士のOSが勝手に答えを導きだしたのだ。信じて武装を使用していいものか分からなかった。

 アイバキバは背後に蚊トンボが迫っていることを視認する。

 蚊トンボは蚊のように鳴かず、蚊は鳴いているわけではなく、翅の音がプンプンしているのであるが、ともかく、蚊の羽音のようなサイレンが鳴り響いていた。新たな軍警機械兵士が現れたのだ。

「あー、もう。しかたねーな」

 アイバキバはニヤリと笑い、武装を示したパネルに語り掛ける。

「お前を信じるぜ。相棒。お前と俺は今から一蓮托生だ!」

 『くじら』は突如進路を上へととる。

「くっ」

 襲いかかる重力にアイバキバは歯を食いしばる。

 『くじら』の挙動に一番驚いたのは軍警たちだった。

 上空などに逃げれば行き先は耐光線用特殊ガラスである。どうあがいたところでの逃げ場はなく、わざわざ天井をぶち抜いて逃げるバカなど軍警は知らなかった。

 ソラに住む人間はソラから出ようとなどしない。

 何故なら、ソラでしか生きれないのだから。

 空という名の鳥かごの中でしかソラを知らぬ鳥は生きていけない。

 だが、『くじら』は突如として一般販売されている機械兵士の排出量を大きく超える速度を出したからである。

 しかし、やはり軍警一同は形式不明の機械兵士がソラから出るなど考えられなかった。ソラを出たところで待っているのは絶望に他ならない――

 『くじら』は特殊ガラスに向けてアームを延ばす。人の腕そっくりのアームであった。

「まさか……な」

 軍警の一人がそう呟いたとき――

 『くじら』のアームから何かが放出される。

 それは特殊ガラスに蜘蛛の巣を発生させ――とどのつまりは

「隕石がぶつかっても割れないものだろ!?というか、宇宙空間でコロニーに穴が開いたらどうなると思ってやがる!」

「いや、流石に俺も人殺しになるつもりはないっちゅーの。軍警なら、ガラスが3枚張りってことくらい知っとけよ。常識だろ」

 アイバキバは小学生でも知っている、と悪態をつく。

 アイバキバは『くじら』を特殊ガラスの一層目と二層目の間の空間に潜らせる。

 軍警は追ってこない。

 代わりにドローンが追いかけてくるだろう。

「ま、家族のみなさん。俺のために色々弁償しといて」

 アイバキバはガラスが臨時補修される時間を見計らってガラスを次々ぶち抜き、宇宙へとたどり着いた。


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魔女(男)が来るっ! 竹内緋色 @4242564006

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