ep.1 2013年 6月4日 空を落ちる少女
アイバキバが空から落っこちてきた少女と出会ったのは3日前のことだった。
アイバキバは機械兵士の体の中で溜息を吐いた。
機械兵士というのは全長8メートルほどの機械の兵士である。今でも古い呼び方であるロボットと呼ぶ人がいる。その人々は機械兵士が登場していない時代に青春を過ごした人々であり、大体80歳くらいの人々ではある。
機械兵士を操縦するパイロット候補生がアイバキバであった。
彼のあだ名は
そして、もう一つのあだ名は優等問題児であった。
『出席番号一番。そちらにターゲットが向かったぞ』
深く闇を飲み込む宇宙空間を尻目にアイバキバは通信から流れてくる音声を聞き流す。
「数は?」
『1だ』
「ったく、一匹だけ残すなよ」
『何か言ったか?』
「いいえー、何でもありません。先輩方―」
アイバキバはだらしがない口調でそう言うと一方的に通信を切った。
「ちゅーか、自分の名前を名乗れよ。どうせ覚えないけど」
新本国本土と宇宙空間にある土地『ソラ』とを繋ぐ起動エスカレータ『アメノミハシラ』。その近辺でアイバキバと同じく帝都大学附属高校の先輩4名とともに機械競技学校対抗戦の練習をしていた。
「この辺りは通信環境がいいから機体識別ができるけど、ひとたびフレアがそそいだら何も分からなくなるっちゅーに」
ご丁寧にも先輩方はアイバキバのためにポイントマーカーをつけてくれているらしい。しかし、それもまた電波通信であり、宇宙空間で常に電波を使えるとは考えない方がいいことをアイバキバは知っていた。
「所詮はエリートの坊ちゃまばっかなわけだ。まあ、俺が一番エリートで坊ちゃまなわけなんだがな、っと」
アイバキバは機械兵士の手に持たせていた一丁の練習用銃を宇宙空間に放り投げる。
「折角だから遊んで暇つぶししてやるか。今度は全員、俺様のために残しておいて欲しいものだがな、っと」
宇宙空間に投げ出された銃は慣性の法則に従い、永遠と運動を続けていく。いつかは宇宙のゴミとなる。それに、練習用銃を紛失したということでアイバキバは叱られるはずなのだが――
(とーちんやにーちんに媚びうるために怒りなんてしねーもんな。クソどもが)
アイバキバはふと、排せつ物などが家畜のエサやリサイクル製品として使われていることを思い出す。
「まあ、食ったことねーし、どうせそう言うもんは地上に送られるんだろうけど」
アイバキバはターゲットの姿を視認する。
太陽のフレアの影響でいつ通信障害が起こるか分からない宇宙空間の中では目に見えるものが全てなのである。
「もえあが~れ~、もえあが~れ~、もえあが~れ~、がんだむ~」
アイバキバは機械兵士を自分の体のように器用に動かす。
アイバキバの背の裏にはいくつもの導線がつながっていた。脳の電気信号と機械兵士を繋いでいるのである。そのことによりより精密に機械兵士を動かすことができるが、自分の体ではない機械の体を動かすのはまだ人間には難しい技術であった。故に、多くの兵士や候補生は生身の体と機械兵士とを繋ぐシステム『E.I.B.O.N.』を補助的に使い、基本は手動による操作なのであるが、アイバキバは『E.I.B.O.N.』を自分の体の操作以上に使いこなしていた。
故に今、アイバキバは左目を閉じ、右目を開けている。
その右目でじっくりと見つめているのはアダルトサイトであった。
「今、さっきまで通信がどうのって言ってたやつがどこに行ったとか思っただろ!」
細く木の棒のような練習用機械兵士『くじら』が体を大きく開き、仁王立ちをした。
「繋がってりゃいいだろうが!今月通信量きついんだよ。訓練用回線はウイルスに引っかかっても俺様のせいじゃねーしー」
『くじら』は近づいてくる球状のターゲットに高速で近づく。
ターゲットは突然現れた機械兵士から逃れようと自動的に方向転換をする。
「おいおい。もうちょっと練習になるような奴を使えよ。これで最新鋭かよ」
機械兵士はゆっくりとターゲットに手を伸ばす。ターゲットは急いで方向転換を始めるが、つき過ぎたエネルギーを逆方向に転換するのに時間がかかっている。つまりは、亀のような遅さでアイバキバの操る機械兵士から逃れようとしているのだ。
アイバキバが面倒くさそうにターゲットに指先を触れた瞬間、アイバキバの視線はあるものに釘付けになった。
もちろん、アダルトサイトではなく――
「んだ?これ」
アイバキバはいつもの癖で思わず両目を閉じる。
閉じた方の目は機械兵士のレンズが捕らえる光学情報を得られるのだが――
「ピントが合わねえ。すぐ近くじゃねえか!」
アイバキバは目をかっぴらく。途端、今まで白い壁だったアイバキバの周辺は一面の闇を映し出した。白い壁に作り出していたアダルトサイトのウィンドウも邪魔なので消してしまった。
「なんだ?これは――」
アイバキバの『くじら』の脇を赤く光る物体が通り過ぎていったのだ。アイバキバはその物体の正体を見極めようとコクピットから身を乗り出す。
赤く光っているのは大気圏を突入しようとしているがためである。
そして、大気圏を突入しようとしている物体は――
「人間!?まさか、な――」
サイズはそのまま人間であった。アイバキバの身長よりも小さめである。なお、アイバキバの身長は歳の割りにひどく低い。
アイバキバはその姿をよく見る。
確かに手足のようなものが見える。しかし、機械兵士であれど大気圏突入は難しい。ましてや人くらいのサイズを持つ物体など、全てに鉛が詰め込まれていなければ大気圏のちり芥となろう。
「人形なのか。それとも――」
アイバキバが頭を悩ませている間にそれは地上へと赤い炎を見に纏い、落ちていった。
アイバキバはその様子をひたすらに見つめていた。
「おやかた~。そらからおんなのこがおちてきた~?」
そして、6月4日。とうとうアイバキバに謹慎処分が下った。
経緯を説明するとこのようなものである。
あの後、アイバキバがターゲットを逃したことを先輩一同がアイバキバに詰問し、アイバキバが「おやかた~。そらからおんなのこがおちてきた~♪」などという口を聞くものだから、先輩たちが怒り、アイバキバも言い方が悪かったものの嘘は言っていないことから、かなり本気の殴り合いになってしまった。
身長の割りに体重の思いアイバキバはそれだけ筋力を有しているということだから、先輩4人を相手にしてその4人ともを病院送りにしてしまった。アイバキバも少々負傷を負ったが、三日で全治する程度であった。
一人や二人を病院送りにする程度なら簡単にもみ消せたであろう。しかし、今回アイバキバが病院送りにしたのはいずれも高級華族だったので、帝都大学理事長であるアイバキバの父親ももみ消すことは難しかった。
故に、寮内への謹慎処分をアイバキバは言い渡された。
「ったく、だから、空から女の子がおっこちてきたんだってばよ!」
謹慎処分中は部屋の中から出ることは許されない。故に朝食を運んで来た級友のプリシアにアイバキバは愚痴をこぼす。
「まだ言ってるの?キバくん。きちんと反省しないといけないでしょ?謹慎1ヵ月で済んだんだから、お父様に感謝しないと」
プリシアは腰に手を当ててアイバキバに言う。
「一か月、部屋に籠るのか。ニートにとっては天国なのかもしれないが、通信環境は遮断、毎日ハード媒体で課題を課されるから、ネットで検索して丸写しもできない……地獄だな」
「キバくん、ズルしなくても普通に頭いいじゃない」
「頭がいいから困ることだってあんの!」
アイバキバは頬を膨らませプリシアを睨む。
「何もかも面白くねえんだよ。特に勉強なんてのは簡単すぎるから特に」
アイバキバはいいことを思いついた、といった明るい顔をした。
プリシアは思わず後ずさる。アイバキバがこのような顔をした時に、碌なことが怒ったためしがないのだ。
ベッドに腰かけていたアイバキバは身を乗り出し、プリシアの腕を掴む。
そしてそのままプリシアを白いシーツの上に押し込んだ。
プリシアの深緑色のスカートが揺れる。
「なあ、プリシア。楽しいことをしようぜ」
ゴクリ。
ベッドの上であおむけになったプリシアは思わず喉を鳴らした。
そして、静かに瞼を閉じる。
ジャラジャラと鎖の戸がプリシアの耳に響いた。
冷たい感触がプリシアの手首に広がる。
(キバくん、Sなんだと思ってたけど、やっぱこういう趣味だったんだ……結構本格的かも)
カチン、と錠前が閉まる音が聞こえる。
プリシアは高鳴る鼓動を抑えつけるので精いっぱいだった。
ガラガラ、ドサン。
故に、おかしな音が聞こえたことを認識するのに時間がかかった。
(あれ?キバくん、何もしてこないな。ちょっとびびっちゃったのかな)
そう思いプリシアは薄目を開けてアイバキバの姿を見つめる。
目の前で予定ではプリシアに覆いかぶさっているはずのアイバキバの姿はどこにもなかった。
梅雨の、湿った空気が部屋に入り込む。
「風?」
プリシアはぼんやりとアイバキバのいない部屋を眺めまわし、上体を起こす。
じゃらり、とベッドの骨フレームに括りつけられた鎖がプリシアの自由を奪う。
ご丁寧にも南京錠が取り付けられている。
プリシアは南京錠についているボタンを押す。
『ドリアン・アームズ!』
「よりにもよって、ブラーボ師匠かよ!」
南京錠はおもちゃなどではないので簡単にははずれなかった、というよりも基本的にどうやっても南京錠ははずれない。
アイバキバほどの優等問題児が慈愛の心で鍵を残しているなど――
ベッド近くのラックに鍵が置かれてあった。
プリシアにとっては救われたような気持だった。必死でラックに手を伸ばす。だが、簡単にはラックに手が届かなかった。しかし、あと数ミリなのである。
「仕方ない!関節を外せば!」
ズームパーンチ!
プリシアは鎖に繋がれている方の腕を力任せに引っ張る。
グジグジと肩が嫌な音を立てた。
肩の痛みとともに、プリシアの腕は伸び、無事、プリシアは鍵を手に入れた。
プリシアは手に入れた鍵をまじまじと見つめる。そのカギにはタグがついていた。
『プリシアのロッカー』
タグにはそう書かれていた。
「なんでお前が私のロッカーの鍵をもっとんねん!ちゅーかなんやねん!頭の使いどころ、間違うとるやろっ!」
プリシアはひとしきり怒鳴り上げた後、冷静さを取り戻した。
そして、ネット回線にアクセスし、風紀委員にメッセージを送信する。
ただ、その後、風紀委員も諸問題に対処することとなり、プリシアが発見されるのは翌日のこととなった。
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