その9~大きいことは良いこともあったり悪いこともあったり

 ……覗き穴、英語で言うとピープホールの先、湯煙の中では湯に浮いたタコが居た。

 ご存じ担任のハゲ教官である。のんきに鼻歌なんか歌ってる。

 おいィ! 話が違うじゃねーか!

 この絶望、例えるならば雪中行軍で遭難し、見覚えのある木を見つけてしまったときのような気分だ。

「天は我々を見放した……」

 すると、ハゲは振り向き、にっこり笑ってダブルピース。

 おっさんのエヘ顔ダブルピースとか見たくねーよ!

 てゆーか、つまり……。

「私が主殿だったらと脳内シミュレートしたところ、こうなると簡単に予測できましたから」

 背後から聞き慣れた声が聞こえた。

「くっそー、リディアと同レベルの思考パターンとは情けない」

「バレるようではまだまだ私の足元にも及びませんな」

 なんだそれ、自分はバレないようにやってるとでも言いたげだな。

「リュミナエリさん、男の子がこういうことに興味があるってのは、わかるんですよ、でもね、その、なんと言うかね、わたくしもまだ未婚ですし……その、そういうことは矢張りまだ早いと思うんですよ」

「きんもー、超キモいんですけど! 今どき女湯の覗きとかアンタの脳みそは昭和生まれか! ってんですよ。どーせアナさんやキャシーのおっぱいが目当てだったんでしょっ、大きいの好きだもんね」

 熟れた果実も大好きだが、ヨミの青い蕾も見てみたかった……。

「はっはっは、これはこれは一本とられましたなリュミナエリ殿」

「笑い事じゃねぇ!」

「あのぉ、ボクらはいったいどうなってしまうんですか」

 憐れモブ男は真っ青になって震えている。かく言う俺も多分真っ青だ。

「さぁ? 多分お仕置きが待っているんじゃないかと」

「これもまた醍醐味でござるな!」

 その晩、宿場町の中央広場にある大木に、三体のミノムシが吊るされていたのを、何人かが目撃したのであった。


◆◆◆


「いやぁ、昨晩は激しかったでヤンスなぁ」

 翌朝、全身がボキボキ痛むがなんとか動ける。俺もなかなかの耐久力じゃないのよ。

「反省しましたか? リュミナエリさん」

「そりゃもう、心から、えへへ、どーもすみません」

 などと、先代三平のモノマネをする当代三平のモノマネをしても誰も知らないわな。

「アナさん、これは全く反省してない口ぶりなのだわ、だからもっと激しくお仕置きするべきだったのよ!」

「お前ぇ、吊るされた下に薪並べてただろ、キツイどころか死ぬわ」

「SM談義の途中ですいませんが、向こうで何かあったようです主殿」

「別にSM談義じゃねーし!」

 確かに戦闘の気配がする。どわーとか、うらーとか、叫び声が続いて、そして静かになった。

「行ってみましょうか、皆さん」


 駆けつけてみると、うちの制服を着た生徒が何人か転がっていた。

「これは一体……」

 おいおい、死んじゃったりしてないよな? この作品でそういうシリアスなのはNGだかんね。

 その中心には剣を二本携えた犯人らしき男が苛ついた面持ちで立っていた。

「俺様は双刀の剣聖リュート・G・ヨーシダ、いずれ英雄と呼ばれる男よ。もっと骨のある奴はいねーのか? ああん? 帝国の奴らは雑魚ばっかか、平和ボケって奴かぁ?」

 自分のことを俺様という奴が本当にいるとは……しかもフルネーム名乗ったうえにギフト名も開陳するとはバカなのか?

 今どき『やあやあ我こそは』ってどうかとも思ったが、よくよく考えるとこの世界における戦争は超人同士の能力バトルでだいたい決まっちゃうわけだから、名乗りを上げるのはあながち時代錯誤ではないのかもしれない。

 しかし、背丈は俺とそう変わらないが、銀髪でイケメン。一瞬で敵だと看破できる。

「マズいですぞ主殿、剣聖と言えば剣士系の最上位ギフト、一時代にひとり居るかいないかというアルティメットスーパーレアです」

「なんでそんな奴が帝国(ウチ)にカチコミかけて来てんのよ」

「威力偵察か、おちょくりに来たのか、とりあえず捕縛して拷問でもして聞き出すしか」

「ふーむ。いずれにせよ、自分らのシマを荒らされて黙って返すわけにはいかねえなぁ」

「クソご主人って結構そういうノリ好きよね、ヤンキーですかキモいですね」

 などと悪態をつくヨミだが、瞳がキラキラしている。本当はわくわくしてるんだな、相変わらず子犬のように可愛い奴め。

「な、何見てんだよ」

「別にぃ、可愛い奴だなって思ってさ」

「なっ……」

 とかなんとかじゃれ合ってるうちに、我らがトラブルメーカーがこういう場合に先走るのを失念していた。

「どこのどなたか存じませんが、帝国領土内での狼藉、許しませんわよ」

 びしっと指を突きつける姿に一寸のブレもない。美しくカッコいいのはわかります、けど。

 おいぃ、いきなり挑発モードってハードル上げてくれるわぁ。

「あん? なんだパイオツカイデーのぶべらッ!」

 無礼なセリフを言い終わる前に不可視の手でぶん殴っておく。縦ロールのおっぱいに言及して許されるのは女子以外では俺だけなのだ。これは世界のルールなのだ。

 剣聖と言えども実体を持たない不意打ちには対処できないらしい。

「だ、誰だ今の攻撃は……」

 すぐに立ち直って両手の剣を構え、警戒を高める銀髪イケメン。まあ、俺のパンチなんて猫パンチとそう変わらないからな、ビビらせるのが関の山で大したダメージは与えられない。だが光明も見えた。

「リディア、時間を稼げそうか?」

 小声で耳打ちする。

「やってみないことにはなんとも……剣豪と剣聖では格が一枚違いますからなぁ。くっ、私の貞操ももはやこれまでか……」

 なんで負けるイコール貞操の危機って直結してんのかなぁ、この女。

「ま、そのときはそのときということで……おい、剣聖とやら。この私が相手になろう」

「転がってる奴らの負けっぷりを見ても手を上げるたぁ少しは自信あるって面(ツラ)だな。あんたのギフト、見せてもらうぜぇ」

 二刀の剣先が守護の剣に向かった。これでこっちはフリーだ。

 ふふふ、俺ぁ腕力は無くともイヤガラセならば得意だぜ!

 主人公としてそれはどうかとも思うけど。ひとりで乗り込んできたあいつがアホだということだ。

 リディアが巧くさばき、動きが止まった瞬間、“手”を伸ばして防具の留め金を外す。するりと肩パッドが外れる。

「うおっと……紐が切れちまったか」

 よし、気づいてない気づいてない。本命行くぜ。

「ねえちゃん、なかなかの腕だが……そんなんじゃこの俺様は止められないぜ?」

 おうおう、今のうちにイキっとけ。

 カツン、と二刀がリディアの防御を崩した瞬間、勝利を確信しカッコをつけた奴の動きが止まる。

 そのドヤ顔、泣きっ面に変えてやるぜ。

 あ、それ、しゅるっとな……腰紐が緩んだところで気合いでズリ下げる!

 あ。

 ズボンだけでなく、勢い余ってパンツも脱げてしまった……。

 ……。

 …………。

 ………………!

「で、でかい……」

 その場に居た全員の視線が剣聖の逸物に集中する。

 剣聖の股間にはそれこそ腕ほどの太さの立派な象さんがぶら下がっていた。洋ピン(洋物アダルトビデオ)でもなかなかお目にかかれないスーパージャイアントであった。

「み、見るんじゃねぇ……」

 場がしーんと静まり、誰もが絶句している中で、ひとりだけテンションの高い奴がいた。言うまでもないが身内のアホエルフである。

「き、貴様ぁぁッ~! 何だその立派な逸物は! 夜の剣聖、三刀流とでも言う気だな! く、悔しいッ! 目をそらしたくてもそらせないッ……おのれ、乙女の純情を辱めおって!! 許さんぞ~(はーと)」

 言ってることとは真逆で目をハート型にしてガン見しているリディア、テンションもマックスハートである。

 知ってる、そういう奴だもんな。

「お、男のひとのアレってあんなに大きいの……ウチ、あんなモノ無理だよぉ……」

 ヨミがプルプル震えている。ときおり横目でチラっと見ては目を伏せるを繰り返している。興味はあるけど直視できない、そんな二律背反(アンビバレンツ)、これが普通の反応で、ガン見はしないだろう。

「心配するなヨミ、奴のが特別なだけだ」

 普通じゃない、ガン見していた奴がちびっ子魔法使いを気遣って言う。

 振り向くと同時にキリッとした表情に出来るのすごいよなあ。

「本当に?」

「ああ、例えば主殿のモノなんか長さも太さもあの3分の1……いやそれは贔屓目に見すぎだな、実際は5分の1程度、しかも皮被りでちょっぴり右曲がりだからな、可愛いもんだぞ」

「そうかぁ、それならば……はっ」

 うんうん、俺のならば痛くないからねー安心してねー、って誰がポークビッツやねん!

「ちょっと待てぃ! なんでお前がそこまで知ってるんだ?」

「主殿は私のストーキング能力を侮っているようですな」

 そこ、胸を張って自慢するとこじゃないよね?

「俺だってなぁ、いざ鎌倉と相成ったら奴の半分くらいには……」

「はぁ……主殿がそのモンキーバナナを使う日は来るのでしょうか……まぁ自分独りでは毎日のように使っているようですが」

「だからなんでそこまで知ってるんだーッ! 俺にプライバシーは無いのか」

「な、な、な、何に使っているのでして?」

 あーもー姫さんまで興味津々で食いついてきちゃったよ、収拾つかないよこれ。

「アナ殿、男子しかも童貞というのはこれはもう不遇な生き物でございましてな」

「そうなんですの……お可哀そうに」

「ちょっとやーめーてー、お願い!」


 などと漫才に興じている間にやや冷静さを取り戻したデカチンポはコソコソとその場を離れつつあった。どーでもいいけど早くパンツはけよ。

「ち、ちくしょー、覚えてろ~!!」

 ありがちな捨て台詞と共に逃げる気か。

 イケメンの上にチンポもでかいとは許せん。しかも二刀流の剣の達人などという主人公属性の奴は徹底的に潰すに限る。

「逃がすかよ!」

 “手”で足首を掴むと、きれいにすっ転んだ。

「ふぎゃっ」

 びたーん、とナニを地面に打ち付けて悶絶している。デカイだけに音も豪快だ……ますます許せん。

「姫さん、どうぞ号令を」

「わ、わかりました」

 美味しいところは主家に譲る、我ながら忠臣の鑑のような男であるよな。

「みなさん、今ですわ! 捕縛するのです!」

「おー!」

 主に劣等コンプレックスに駆られた男子生徒が数にものを言わせて下半身丸出しの剣聖に群がる。

「うひゃひゃひゃひゃ! 捕縛捕縛ぅ、アナ殿のご命令とあれば仕方なーい!」

 だが、いの一番に駆け寄って下半身にタックルしてるのは目を血走らせたエロエルフであったのは言うまでもない。見なかったことにしよう。

 無事剣聖とやらを簀巻きにしたところで、ハテこれからこいつどうしよう、とりあえずハゲにでも報告に行きますか、となったところでどこからともなく声がする。

「ったく、剣聖リュートとあろう者が、無様だな。それでも勇者パーティの一員か」

 声のした方を振り向くと、フードを深くかぶり、顔の見えない男が黒い霧と共に姿を現した。

 仲間がいたのか……いかに剣聖と言えどもギフト持ちの巣窟に単騎駆けとはあまりに舐めプだったからな。もしもの場合を想定してバックアップに来ていたのだろう。口ぶりや風体からしてなかなか底の知れない実力を持ってそうだぜ。

 というか今、聞き逃せない不穏な単語が含まれていたな……勇者パーティ、だと?

「うるせぇ! 見てたんなら早く助けろ」

 デカチンポは簀巻きにされてもなお、上から目線である。育ちの悪さを感じさせる。

 やっぱあれかなー、チビチビ言われてた劣等感と力を持つ優越感が相乗効果で性格を捻じ曲げてしまったのかなー。なんとなく自分に近いものを感じて同じょ……イラつく。あいつの方がデカいしイケメンて十分恵まれてんだろ、同情して損したわ。

「帝国の邪教徒どもよ、この蟲使い無貌(ノーフェイス)の恐ろしさをとくと見せてやろう」

 蟲使いとな。この時点で俺の脳内では展開が読めた。

 男がサッと手を上げると、黒雲かと見間違うほどの虫の大群が押し寄せ、宿場町の上空を覆う。

「クックック、恐怖で声も出ないようだな。これだけの殺人蜂の大群、いくらギフト持ちの騎士といえど、手も足も出まい。ふふふ、ははは、はーっはっはっは!」

 ノーフェイスと名乗った男は悦に入っていた。

 俺ら学院生は全員無言であった。そして視線はモブ男に向いていた。モブ男は俺より先に茶柱たちにミノムシ状態から救出されたのは知ってる。そういえばなんでアイツら俺のことは放置していきやがったんだ……。

 なお、筋肉モヒカンは気がつくと自力で脱出していた、しかもすごいイビキであった。

 とにかくモブ男の出番である。最近出番が多すぎてモブじゃなくなってきてる気がする。

「な、何かな?」

「お前は本当に便利な奴だな、親友よ」

「……なるほど」

 ようやく状況を理解したモブ男はぽんと手を叩く。

「なんだ、恐ろしすぎて声も出ないか?」

 全く理解してないフード男はいまだノリノリだ。

「いやあ、相性ってのは大事だなって再認識したわ」

「なにっ?」

「やったれモブ男、男を上げるチャンスだぞ」

「ボクはモラレス・ブニェルって言ってるじゃないか……能力全開! 虫類哀愁(インセクトジェノサイダー)」

 モブ男が気合いを込め、殺虫範囲を最大限に広げる。何事も気合いは大事、そして技名を叫ぶのも大事、学校教育の基本に忠実なモブ男であった。

 黒雲のように空を覆っていた殺人蜂が力つき、ドボドボと降ってくる。

「うわぁ、キモい、キモいよぉ~」

 どぼぼぼぼぼ、漢字で書くと蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲轟蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲姦蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲森蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲って感じ。

 女子はおろか男子もその惨状にどん引きしている。

 確かにキモい、辺り一面虫の死骸だらけだ。

「なん……だと……俺の蟲が……バっ、バカなァァ!!」

「さあ、そのフード男もふんじばっておやりなさい!」

 キモいので今回は誰も駆け寄らない。という以前にフード男は完全に心が折れてその場に膝を付いて微動だにしない。

 仕方ない、といった顔で筋肉モヒカンがつかつかと歩み寄り、ボカッと殴るとフード男は為すすべもなく昏倒した。

「て、てめぇら、俺たちにこんなことしてただで済むとはぶべらっ」

 デカチンポはまだ威勢がいいらしい。さすがは剣聖、なかなかの精神力であると言えよう。“手”で某ネズミ男ばりの高速ビンタを叩き込んでやった。

「どないしはったん? 騒がしい」

 ハゲの教官が騒ぎを聞きつけてようやくご登場だ。

 実際、収束するのを待って出てきたんじゃないのか? というかハゲの他の引率者は名前すら出てこないのだが。いやまぁハゲも名前出てきてなかったな……特に興味も無いだろうと思って。

「所属不明の剣聖と蟲使いを名乗る者が狼藉を働いておりましたので、このように皆で協力して取り押さえましたわ」

 こういう責任者へのまとめ報告は姫さん得意分野だ。誰に言われるでもなく率先して説明している。

「ほわっ! け、剣聖……はぁ、こらまた面倒なことになりおったわ。ちょっと、駐在はん、出てきてなんとかしてくれはらんか」

 国から派遣されている宿場町の警備隊のおっさんが頭を掻き掻き渋々顔を出す。

「はぁ、小官の権限ではどうにも判断出来ませんなあ」

「こらアレやわ、わてらではどうしようもできまへんわ。すべて無かったことにしてしまいまひょか」

「そうですな、移送やら証言やら事務処理やら面倒ですからな」

「ほな、そういうことで」

 ああ公僕の、事なかれ主義。理解は出来るけどね、下手したらセンシティブな国際問題だもんね。

「幸い死人も出なかったようやし、キミ達、今回の件は無かったってことで手を打ちまひょ、ええですな?」

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