その10~箸休め的な武闘大会

 すべては無かったことに。

 そんないい加減な決定で良いのだろうかと思ったけど、揉めた当事者としていろいろ証言しなくちゃならないのも骨が折れそうだし、これで良かったのかもしんない。

 ヒョットコ山を越えた向こうには王国がある。ちょっと山を迂回すれば国境の関所があり、剣聖と蟲使いはそこまで簀巻きにされたまま運ばれ、放免されることとなった。

 ハゲの言うとおり、犠牲者でも出たら何かしらオトシマエをつけなければ人民の感情も黙ってはいないだろう。だが奇跡的に死人はおらず、その辺の町医者でも治せるような軽傷者だけであった。

 ギフト持ちはそれなりにプライドも高いから、たった一人の襲撃者になすすべもなく負けたなんて事を言いふらす奴はいない。ひとびとに情報が広がっても噂程度にとどまるであろう。

 なかなかどうして、なかなかの策士である。伊達に人外パワーの無軌道な若者の管理者に抜擢されてはいない。ハゲの評価を一段階引き上げた。だが風呂場での上気したエヘ顔ダブルピースを思い出し、なんとも言えない吐き気が俺を襲った。おえぇぇ。

「しかしなんでこんな余所の国にまで入り込んで嫌がらせしてたんだろう」

「ここだけの話だがな」

 筋肉モヒカン、クリスがそっとこぼす。

「王国で勇者が召還された、という噂が立っていてな」


◆◆◆


 王国。

 この大陸には大小いくつかの国があるけれども、帝国と王国そして連合の三大国が覇を競い合っている。

 大陸とは言っても高速交通機関やマスメディアが未発達なこの世界で、三大国が共通の言語を使っていることを考えると、最大限広く見積もってもオーストラリア大陸程度であろうか。

 この惑星──もしかしたらファンタジーなので平面世界なのかも知れんが──が地球と同サイズだとしたら、大陸の外、海の向こうに未発見あるいは別文明を有する別の陸地があるのかも知れんのよな。未踏の地が残っているということ自体、夢が広がるな!

 という浪漫の話はさておき、この大陸の三大国の概要はというと以下の通りである。


 魔物が多く出現し、これを撃退してきた自信と誇りに裏付けられた帝国市民としての矜持。地域防衛の要たる軍事力を所有する諸侯と、それを上手く融通する武門のトップ皇帝からなる帝国。わりと脳筋。


 数ある神のうちの一柱、秩序の神ルールーから地上の権力代行者として任命された、という王権神授説をとり、血統が重視される王国。他所から見ると迷信に囚われすぎて遅れてはいるが、土地が肥沃で生産力が高いので2国とも対等に渡り合えている。


 元は商人の交易ギルドから始まり、自慢の資金力で段階的に自治権を拡大してついには大国と並ぶようになった都市国家連合、通称連合。実力重視で出自による差別は皆無なものの、行き過ぎた能力至上主義で貧富の差が拡大し、結果が出せない者には人権すら無いと伝わっている。


 生まれが良けりゃ王国に、才能があれば連合に行けば楽な暮らしが出来るだろう。若者にありがちな、才能を過信して連合に向かうも夢破れて奴隷落ちなんて話もよく聞く。

 そこまで自惚れるほどウブでもなく、どこの馬の骨だかわからないような、つまり俺のような奴は、多少危険だが帝国に住むのがマシだと思われる。


 例えばオークの村を例にあげると、前世の倫理観を持つ俺のみならず縦ロールやエロエルフまでもが、無害だし放っておこうなんて考えるのは、帝国ならではである。もっとヤベえ奴がゴロゴロいるので、手を出さなくて済むものならばなるべく手を出さないという非常に現実的で切羽詰まった考え方が浸透している。

 これが王国ならば、魔族に与するもの滅ぼすべし! なんつってやらんでもいいことに全力を傾ける。

 連合ならば全ては利益になるかどうか、リスクとリターンをシビアに計算して判断される。割に合わないようだったら放置だし、リスクに見合った利益がありそうならば、討伐のみならず、捕獲して見世物、捕獲して奴隷化、捕獲して家畜用、捕獲して研究用などあらゆる換金方法を考えてくる。

 まあ、先行投資としての恩の売りつけだったと考えれば、俺も少しは連合風と言えなくもない。


 もちろんこれは大まかな傾向なだけで、どこの国でも人間である以上、メンツはあるし金も欲しいし安寧な暮らしはしたいしモテたい。遠くに行きたい奴もいれば根っからのインドア派も居る。無法者もいれば聖人君子も居る。


 そんな感じで三大国がそれぞれギフト持ちを抱え、戦力的均衡も保っているわけだが。


◆◆◆


「ふむ、あいつらはその勇者の取り巻き連中か。勇者パーティって言ってたもんな」

「であろうな」

 というかこのモヒカンマッチョ、俺なんかにそんな国家機密級の情報を漏らしていいのだろうか? アホなのだろうか? そんなに信用されているのだろうか?

 一応こいつの家ってそれなりの大名だぞ。脇が甘すぎるんじゃねーの? 俺がどこぞの間諜という可能性とか考えないのだろうか。

 それともガチ信頼なのだろうか、信頼を通り過ぎて愛なのだろうか。

「名目は魔王討伐なのだが、実際は国力増強であろうな……ろくでもないことを考えておらねば良いが」

 と、カスタニェラ家の三男坊、あらゆる防御を貫くギフト“一気通貫”の持ち主は続ける。

「まさか、戦争……とか」

 戦争とはいえ、国民国家成立以降の総力戦・人民皆殺し戦とは全く別物であろうが、それでもその単語には緊張を禁じ得ない重いものがあった。

「どうであろうな」

 口角を吊り上げるその表情からは、戦闘狂らしい一面が垣間見える。

 まあ、大名家と言っても三男坊だしな、部屋住みの飼い殺しになるよりは、何かあってくれた方が人生面白いだろう。特にギフトなんていう力を持っているからにはな。現状魔物狩り以外に華々しく活躍する機会は無い。男の子としてはその気持ちもわからなくもない。


 勇者召還、やはりそういうのはあるのか。

 なんてったって異世界だもんな。こうやって向こうからこっち側に転生した俺や、勝手に向こうに渡った自称魔王がいるわけで、そういうことがあっても大して驚きは無い。驚きはしないが気にくわない、俺ツエーしてモテモテ人生なんて天が許しても俺が許さん。異世界移動者の先輩としてパシリに使ってやってもいいくらいだ。

 クリスの言うように、隣国のお偉いさんが野望に駆られて戦力増強のためだけにした召喚ならば正直問題無い。戦争なんざやりたい奴らにやらせておけばいいだけだ。

 問題は、ガチで魔王討伐のために召喚されたというパターン。

 今知りうることを総合して考えると、やや自意識過剰かもしんないけれど、そのターゲットは魔王(自称だったが)の力を継承した俺の可能性が高い。

 うーむ、特に悪逆非道をはたらいているわけでもないのに討伐されるのは不本意だ。もちろん、万が一襲いかかってこられても座して殺られる気はない。俺にはハーレム構築という使命と、金髪縦ロールのおっぱいを独占するという野望がある。まあ、おっぱいだけと言わず、心も独占したいがな。ははは。童貞のスケベパワーを侮るなよ、勇者どもめ!

 考えるうちにすっかり勇者連中とガチンコしてやろうと気分が盛り上がってきていることに気づく。うーむ、これも魔王といろいろシェアした結果、俺の性格に奴の本質が影響しているのだろうか。それともやっぱり元々の性格なのだろうか。


 すったもんだあった末、いや、無かったことにして遠征演習は滞在期間を終え、一行は帰路につく。

 帰りも虫除けモブ男のチームと一緒に、茶飲み休憩などをはさみながらダラダラと緊張感無く進む。

「ねぇねぇクソご主人、魔王討伐ってヤバくない?」

 ちょんちょんと脇腹をつつかれる。

「聞いてたのか」

「ウチの耳はチョー良いからね」

「なるほど、さすがはバンパイアハーフの知覚能力だな」

 あんま活躍してねーし、その設定を忘れつつあったのは秘密だ。

「ふふふ、特に悪口には敏感に反応するよう出来てるのだわ」

 それでこそのキョロ充である。

「ところで正直言ってアンタ、魔王の力を持ってるんでしょ」

「な、なんのことかな?」

 突然どストレートで来られるとうろたえてしまう。

「誤魔化そうったってそうはいかないのだわ。前にも言ったけどダブルギフトを持つのは魔王か勇者のいずれか、そして勇者が召還されたってことは消去法でクソご主人が魔王ってことになるわよね。まあ、その顔面偏差値で勇者は無いと思うけど」

「俺なんて庶民生まれの一般人ですよ? 魔王だなんてそんな。てゆーか顔は関係ないと思うんだ、うん」

「先代の魔王様も生まれは庶民だったって言い伝えよ」

 ほほう、あいつそうだったのか。道理で威厳も何も無い、フィーリングが合う奴だと思ったわけだ。

「それにウチは半分魔族だから、気にしないし……隠さなくったっていいんだからねっ」

 期待に満ちた目で見られると困っちゃうなー。美少女の期待を裏切れるほど鋼鉄のメンタルは持っていないしなー。一応は主従関係なんだし、説明してやるか。

 フッ、やれやれだぜ。と肩をすくめ、一応仕方なく的なポーズをキメてから話し始める。

 もちろんキモがられた。

「今となっては確かめる方法も無いし、信じろって方が難しい話だが、俺は自称魔王からギフトを譲られたんだ」

 どこで、とはさすがに言えないが、適度に具体的な部分をぼやかしつつ説明する。

「ギフトを譲る……やっぱり、そんなことができるのは魔王様しかいないのだわ」

「だとしたら、どうする? どうなる?」

 俺にもさっぱりわからん。

「そうね……アンタの言ってることが事実ならば、当代の魔王はアンタってことよね……つまりウチは魔王様の側近中の側近……うひ、うひひひひ、これで貧乏生活とはおさらばなのだわ! トッピングに唐揚げ3個乗せても余裕なのだわ」

 グレードアップの想像が庶民的だなぁ。

 ともあれ、モチベーションが上がるのは悪いことじゃない。出会った頃のような焦燥感はあまり見られなくなってきたし。

「可愛い奴め、うりうり」

「やーめーろー! いや、ちょっとだけなら、その……撫でてもいいんだからねっ」

 そんな無理矢理ツンデレ語尾にしなくてもいいと思うんだけど。


◆◆◆


 無事帰還して数日後。

 遠征演習の興奮も冷めぬうちに我らが帝国国立騎士学院では武闘大会の日程が近づいてきた。

「しかしイベントの多い学校だね」

 今日は学食のカウンター席で独りではなく、テーブル席でいつもの面々とランチと洒落込んでいた。たまにはこういう食事も悪くない。

 ちなみに今日のメニュウはお好み焼きのような、チヂミのような、キッシュのような、水で溶いた粉に刻んだ野菜などを混ぜ込んで焼いた……やっぱお好み焼きだよなこれ?

「何かさせておかないと溜まってくるからね」

 スパゲッティ状の謎の麺類をフォークでくるくる回しながらヨミ。ちゃんと食うんだぞ、タンパク質もちゃんと摂るんだぞ。

 というかリア充グループの付き合いはもう良いんだろうか?

「溜まっていたらいつでもこの私にお申し付けください、いつでもどこででもオッケーです、さぁ早く! 濃厚なのを!」

「お前は過程をすっ飛ばし過ぎなんだよ!」

 おなじみのセクハラを受け流す。

 どういう風の吹き回しか、いつもの便所飯じゃなくてみんなと一緒だ。強がっているけど本当はみんなと一緒にいたいんじゃねーの?

 いやいや、リディアのことだから、この落差を利用して楽しんでいるのかもしれないな……底が読めないぜ。

「リディは武術クラスだから強制参加だろうけど、クソご主人様はどうするわけ?」

「どうするもこうするも見学するだけじゃん? てゆーか食事中にクソは止めような」

「でもお嬢がなんて言うか……」

「あー、なんかさせられそうな予感」

「あ、リュミナエリさん! みなさんも、ここにいたのですか」

 噂をすればなんとやらだ。

「どうしたんすか? 息を切らせて」

「武闘大会の出場登録を済ませてきましたわ!」

 やれやれだぜ。

 ま、適当に負けて参加賞貰うか。


 という軽い気持ちでなんの準備もせずに当日がやってきた。

 しかし、武闘大会はマジ殺し合いの場であった……どうすんのよこんな猛獣の檻の中で!

 この定期的に開催されるトーナメントは、武術クラスの連中にとって序列が上下する大事な機会で、みな本気で必死なのだ。手を抜いたら便所飯なのだ。

 とはいえさすがにこんなことで稀少なギフト持ちを減らすわけにはいかないので主催者側で保険はかけてある。

 一度だけ致命傷を肩代わりしてくれる身代わり人形スケープドールという、非常にご都合主義なギフトを対戦者双方に施してあるのだ。これで皆安心してガチンコできるのである。

 いくら残機があっても本気の殺気を当てられる方はたまったもんでは無いと思うが。

 しかもなんとそのご都合主義なギフト使いはハゲの教官であった。

 なるほど、剣聖の襲撃で死人が出なかったのも合点がいく。端っから隠れて成り行きを見ていやがったんだ。なかなかの食わせモンだぜ。

 だが命をどうこうするような強大な力には代償もあり、一回使うたびに毛根細胞が身代わりとなって死んでいく、らしい。ホントか嘘か知らんが。


 さて、俺の一回戦の相手はなんとリディアであった。

「勝てるわけねー」

 奴のヘナチョコ攻撃では負ける気もしないが、守りを破って勝つのも絶対無理なのでとっとと棄権しよ。

「そう思うでしょ? でもね、主殿のギフトのせいで私は攻撃出来ないんだな、これが。敵対した時点で安全装置って言うんですかね、ペナルティが発生しちゃうんですよ」

 いつもの大剣を軽く構えながらリディアが意外なことを言う。

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

「一度試しに襲いかかろうとしたんですよ、背後から、気づかれないように」

「サラッと恐ろしいこと企画するな!」

「そしたらね、身体がへにゃへにゃって、らめぇぇぇって、腰が砕けてしまって……」

 良く見ると剣先がふるえている。心なしか顔にも赤みが差している。

「なるほど」

「その感覚が忘れられなくて、定期的に……襲いかかってるんですけどね……お゛ッ……んくっ」

 脚もやや内股になって微かに震えが見える。

「もうやだこの変態……」

「ですから……もう、腰が……あふぅン……立っていられな……らめぇぇぇぇぇぇ」

 がくがくと足を振るわせていたかと思うとその場に座り込んでしまった。

 サッと審判の手にした旗が揚がる。

「勝者、マルコ・リュミナエリ」

 ちょ……なにこのインチキ。スケベエルフは女の子座りしたままトロンとした目つきで息が荒いし、なんか下半身を中心にして床に水っぽい染みが広がってるし、いろいろダメダメな空気である。

「ひ、卑怯なのだわ……そんな罠が仕込んであったなんてッ!」

 席に戻るとヨミが顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

「まぁ、力の代償と思えば安いもんじゃん? 俺も知らんかったし」

「ウチはそんなに安い女じゃないもん……」

「リュミナエリさん、リディアさん、手に汗握る試合でしたわ!」

 え、今の茶番のどこにそんな要素が??

「はぁはぁ……私もこんな衆人環視の中というのは……なかなか刺激的な経験でした……ふぅ」

 と、なんかスッキリした表情で汗を拭うリディアは実力を発揮することもなく一回戦負け、しかも相手は武術クラスでもない奴(俺)だったので、序列ランキングは変動無し、つまりまた最下位になりそうである。

 なお、パンツを取り替えたかどうかは定かではない。


 次の試合は茶番もなく、あっさり即死させられて無事武闘大会は幕を下ろした。

 なるほど、死ぬような一撃を食らうというのはああいう感じなのだな。ひとつ大人になった俺であった。

 あとからハゲの言うところによると、死の感覚を体験させ自分たちの振るう力がどれだけのものかというのを知らしめる教育でもあるんだと。

 慣れるものではなさそうだが知ることは出来たかな。あいつらチョー怖い。

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