その8~そこに山があるから
「あれですわ」
ですわ、という語尾だが小声を発しているのはオークである。『す』にアクセントをつけるんだぞ。
茂みに身を潜め、オークのリーダーが指さした方向。竜がいた。
竜と言ってもファンタジーなドラゴンじゃない、ありゃ恐竜だ。
頭頂部までの高さは2階建ての建物くらい、トカゲのような鱗肌ではなく、元の世界の最新学説通り派手な羽毛をまとったティラノサウルス(それしか知らん)のような恐竜だ。
「一つ聞きますけど、竜ってあんな形してるんすか?」
と、念のため縦ロールに訊いてみる。
「そうですわよ。動物園にいるのは温厚ですけど、長年魔素を浴び続けると理性を失い、あのような凶暴な魔物に変化してしまうのです」
「なるほどなるほど」
ドラゴンってのはもっとこう、翼があって口からブレスを吐き、高度な知能を持つ生物の頂点で、たまに幼女に変身したりするものだと思ってたのになー。
しかし恐竜ですよ恐竜、動物園で見られるのか! 帝都に戻ったら早速行ってみるかな。男の子だもんな、恐竜好きなのは仕方ないよな。
とは言え魔物化した恐竜はブレスを吐く個体もいるらしい。元の体格に加え強力なブレス、確かにオークの村程度容易に蹂躙されてしまうかもしれないほどの迫力があった。
関取レベルの肉塊が束になれば押しつぶせるかもしれないが、その方法では何人かが犠牲になるだろう。オークと言えども共同体であるからして働き手の多くを失うことはその存続に関わり、どのみち集落崩壊の危機に瀕しているのは間違いない。
「……やれますかい?」
オークのリーダーが不安そうに訊ねる。
この程度倒せないようじゃあ、この先たかが知れている。ここは一丁信じてみようじゃないか、魔王のバフ能力を。
「やれるだろ。リディア」
「さすがの私も丸呑みプレイというのはな……」
「ブレませんね、鋼の精神力ですか」
「こう見えても鉄壁の乙女の異名を持っていますもので」
「いやそれフィジカルとメンタルで意味が違いますよね、しかも初めて聞いたけど」
「心配無用。私のギフトは主殿の力によってまさに無敵、いざっ!」
すっと飛び出していくリディア。作戦もなんもあったもんじゃない。
「おらおらー! 出来るものなら丸呑みしてみせろッ」
ぎゃおーす、と恐竜っていうか竜っていうかやっぱり恐竜は咆哮して女剣士をターゲットにとらえたっぽい。超こええ。
リディアは巨大な顎による噛みつき攻撃をいとも簡単にいなしていく。ちょっと不安ではあったが、表情を見る限りまだまだ余裕がありそうである。
しかし、リディア自身の攻撃力はほぼゼロ、その剣の刃は何のためについてるのかよくわからん。その辺の棒でも良いような気もするが、騎士の矜持とか魂のようなものなのだろうか。
さて、ここでチュパカブラを圧殺したヨミに行かせるって手もあるが、それじゃまた俺が見せ場なく終わるじゃんよ。
「俺も行くわ。オークの人たちは声をかけるまで潜んでいてください、ヨミは姫さんを頼んだぞ」
「わかった」
「任せるのだわ!」
豚顔たちは緊張感をにじませ、ヨミは胸を張って応える。
「あの……わたくしは……」
「大将が背後に居ることで前衛は力を発揮できるのですっ!」
所在なさげにする縦ロールを適当に言いくるめ、ひょこひょことリディアの元に向かう。
竜は近くで見ると更にデカい、よだれを垂らす口元にびっしりと並んだ歯は一本一本がサバイバルナイフのようで、噛まれたら一発即死、運が良くても部位欠損だろう。さすがの姫さんの再生能力でもどうなるかはわからないから下げておいて正解だ。
正直生きた心地がしないが、配下の能力を信じるのも魔王の器が試されるってもんよね。
「守りは任せたぞ」
「言われるまでもない。私の守りはッ、私の処女膜より堅い!」
あんたの処女膜なんかティッシュより薄いだろうが……いや、耳年増の脳内ドスケベなだけで、実際は初心な処女なのかもしれない。いやいや、今はそれどころじゃない。
リディアが防御を固めているので俺は棒立ちのままでも問題ない。
力を抜いて身体を斜に構えポケットに手を突っ込み、少し顎をあげたポーズ。これは贔屓目に見なくてもカッコいいだろ。フフフ、俺に惚れるなよ。
とりあえずこういった大型の獣──怪獣と言ってもいい──の弱点と言えば、目だ、目を狙え! と、いにしえの時代から決まってる。
“栄光の手”を手刀の形で竜の目に突き刺す。喰らえ地獄突き。
ぐにゅっとしたあまり気持ちのよろしくない感触がフィードバックしてくる。
俺本体程度の筋力しか無くても、目潰しには十分であったようだ。さすがに眼球の水晶体を鍛えるのは魔物でも無理らしい。物体が飛んでくれば反射で目をつぶることも可能だが、実体を持たない“手”では風圧察知すら不可能だ。
え、俺って結構いけるんじゃん?
と一瞬自惚れそうになったが、あくまでも普通の脊椎動物に近い身体構造、しかも知能が低くて考えなしに暴れるタイプ、かつタイマンでならという話で、これが巨大なタコやナメクジなどであったらまずどうしようもない。恐竜で良かった。
もう一度“手”を振るってもう片方の目も潰す。すまんな、恨みは無いがオークどもに恩を売るため、そして授業のノルマのために犠牲になってくれ。
両目を潰され、闇雲に暴れる竜。ブレスを吐く様子は無い、低位の個体だったのも幸いか。
「今だ! 一斉に投擲せよ!」
リディアの号令で隠れていたオークたちが次々に投げ槍やら投げ斧やら石つぶてやらを竜に向かって投げつける。
「ちょっと待って、それ俺の台詞じゃね?」
「こういうのは早い者勝ちですぞ主殿。それにタイミングを逸したら被害が拡大してしまうではないですか」
そうこうしてる間にもポンポンと凶器が竜の身体に刺さり、ハリネズミのようになって血を流す竜。ちょっとグロい、R15指定くらい。
俺も手持ち無沙汰なのでそのへんに落ちてる石を投げてみたが当たらなかった。
さすがの魔物もやがて力尽き、ぼんやりとした霧状になって消えていく。グロい死体が残らなくて良かった。
魔物の特長、死体を残さず魔素の結晶だけが残る。これを提出することで討伐の証とするのだ。この辺は便利でご都合主義な設定だよな。
「やったぞー!」
「おー!」
「村は救われた!」
「神降臨!」
「俺の尻は兄貴のもんです! どうか受け取ってください!」
オークの連中は喜びを叫んでいる。最後のはご遠慮申し上げたい。
「まあ待て、俺達は手伝っただけで実際に止めを刺したのはお前たち自身だ」
「そうですわ、もっと自信をお持ちになって」
「兄さん、そして姐さん……そうは言っても俺たちだけじゃ手も足も出なかったでしょう。村を救ってくれた御恩は忘れません、一族みな忠誠を誓いますぜ!」
その瞬間、びびびびっと電気風呂に入ったときのように全身がビリビリと震えた。
「んほぉ、あひゃひゃひゃひゃひゃ……ひぎぃ」
どうやら“魔王の祝福”の回路が一気につながると、こういった大変なことになるらしい。
ただのオークの能力が底上げされてどうなるのかよくわからんが、なんらかのステータス向上はあったのだろう。
なんで姫さんじゃなくて俺を主と認めたかというと、遭遇した時点でリディアが速攻で俺のことを売ってくれたおかげだろう。怪我の功名とも言えるがそれはそれ、あとで仕置が必要だな。
そんなわけでわりと正攻法で竜を倒し、オークの村を救って棚ぼた式に連中を配下におさめた。
オークの一族は顔や風評に反して存外紳士的な連中で、リディアは終始がっかりした表情をしていた。
おまけにあいつらの基準では豊満(デブ)イコール美人らしく、リディアのような細身の女はよほどの変わり者でもない限り、全く性的魅力を感じないそうだ。
確かに集落を見渡してもある意味巨乳天国ではあった、その手の人にはたまらないだろう。男も巨乳だし、そもそもパッと見では男だか女だか人類に判別は難しかった。
しかもエルフは見た目から年齢がわかりにくいので警戒すらされている。
つまりオークに陵辱されるエルフの村というのはフィクションの世界でしか存在し得なかったようだ。また夢が壊れました。
俺だったら中身高齢者でも見た目が良ければ全然オッケーなんだけどねぇ、オークの方がそこら辺にうるさかったようで。
「デブ専の種族がいるとは……世の中なかなか奥深いものだな、主殿。やはりオークの趣味は私にはハードルが高かったよ」
しみじみと語るもんでも無いと思うが……だいたい、ナニを期待してたんだ。
「わたくし、結局何もしてないんですけど……」
と、ちょっとしょんぼりしている姫さんにはフォローを入れる、これも荷物持ちの役目であろう。
「何言ってるんすか。部下の手柄は大将の手柄っすよー。イヨッ! さすがサクラメント家の精兵! 最高最強!」
「そ、そういわれればそうですわね、おほ、おほほほ。家臣団の総合力の勝利ですものね」
「ウチも……出番無かった」
「お前は秘密兵器だ、あんな雑魚相手に出すまでもないし、能力はなるべく秘匿しておくものだ。守りの要が出るほどの相手じゃなかったってことさ」
「そうか、そうだよな、うんうん、雑魚すぎるからチビと便所飯に譲ってやったのだわ」
「ははは、チビにチビって言われてもあんまり怒りが湧かないな。ところで見てくれた? 俺のカッコ良さ」
「見てたけど、リディががんばってるそばで突っ立ってただけじゃん。竜も勝手に自爆してたし」
うんうん、いいよ、その素直で純粋なところ。
「もう、可愛い奴だなお前は」
「や、やめろ~。高貴なバンパイアの髪に触れるな~」
◆◆◆
オークの村で歓待を受けている間に外の世界は何十年もの月日が過ぎ去っていた。
なんてことはなく、強面(コワモテ)で豚顔の関取集団に囲まれていてもなんにも楽しくないどころか群がる巨体の肉圧に、暑苦しいを通り過ぎて呼吸困難になりそうだったので、暗くなる前にはベースキャンプの宿場町にたどり着いていた。
しかし多くの修行者乱暴者が跋扈しているこの森でオークが無事に過ごしていられる場所があることは不思議なものである。よほど恐れられているのか、それとも眼中に入らないくらい雑魚すぎるからなのか、なんらかの協定や禁忌があるのか、もっと詳しく聞いておけばよかったかもしれない。
などと回想しつつ、宿の部屋で据え置き食い放題の煎餅(の、ようなもの)を噛りながらダラダラしている間に、とっぷり日が暮れた。
「モブ男、時は来た」
「何を言ってるのかねキミは」
ここでも何故かモブ男が同室であった。ちょうどいいタイミングだし、他に友達も居ないのでモブ男を誘うことにしたのだ。
何かって? 決まってるじゃん。
「古人は言った。そこに山があるから登るのだと」
「いや全然わからないんだけど」
「鈍いな、そんなことでは田舎のスローライフは乗り切れないぞ」
「へ? そんな重要なことなのかい?」
「もちろん、修学旅行で成すべきことといったらこれしかなかろう」
「修学旅行ってなんだい? ボクらは今遠征演習中なんだけど」
「とにかく黙ってついてこい、パラダイスは手の届くところにある」
もちろん女湯に向かうのである。
男湯女湯間違ったふりしてテヘペロ作戦も考えたが、そんなラブリーでオッチョコチョイなキャラは女子にしか許されない。
そこで昼間目星をつけておいた外からの絶景ポイントを目指すことにした。
「おや、リュミナエリ氏ではないか、オヌシもアレか」
宿の玄関で浴衣(の、ようなもの)を羽織った筋肉モヒカンに遭遇する。ガバッと開いた胸元から見事な大胸筋がのぞいている。
「そう言うクリスもナニ目的か」
「うむ、これは一種の礼儀でもあるからして」
「なかなか気が合うな」
「であるな。ふふっ、男と生まれたからには避けては通れまい」
「あのー、お二人で何意気投合してるんですか、どこ行くんですか」
モブ男はいまだにわかっていないらしい。
「お山見物だ」
「うむ、ワシは大山脈はもちろん、ちょっとした丘陵もイケるクチだぞ」
なかなかに幅広い趣味と見える。しかしリディアやヨミ──いや、リディアは別にいいや──の、つつましやかな丘陵を愛でるのは俺の特権で独占欲もある。あるけれども同志にはお裾分けというのも義理人情というものだろう。ここは許す。
「いざ出陣である!」
「おう!」
「な、何がなにやら……」
モブ男を引き連れ宿の裏手の藪の中を進む。人間蚊取り線香、つれてきて正解だった。とにかく役に立つ。
「なるべく気配は消すのでござるぞ、ご両人。欲望を抑え、闇に同化するのである」
「ああ」
「え、これってもしかして……」
ようやく気づいたかモブ男。どういう育ち方すればそんなピュアでいられるんだ?
しかし、気配を消すっつったってよくわからん。とりあえず脳内に広がる幻想境の光景を見て見ぬふりをし、俺は闇、俺は空気、俺の姿は見えない、と念じておく。
「クソッ、ここに来て壁か」
多くの先達が居たのであろう。その分クレームも多く寄せられたのであろう。そこには出歯亀対策に丸太を隙間なく打ち込んで作られた分厚い壁が立ちふさがっていた。表面は滑らかに加工されていて登る手がかりもない。
「ククク、ワシのギフト、忘れたわけではあるまい?」
「えっと、あらゆる防御を貫くっていう?」
「うむ、こんな障壁、ワシの前では紙切れに等しい。いざ、一気通貫!」
ズボ。障子に穴を開けるようなノリで、分厚い板の壁を指でくり抜くマッチョ。
「まさか、ここに来てそんな才能の無駄遣いを……」
「あのぉ、ボク、さっきからずっと能力使ってますけどそれは……」
「ふむ、穴が一つでは喧嘩になるかもしれん」
ズボズボっと才能を無駄遣いして穴が3つ開いた。
「おのおのがた、準備はよろしいか?」
「イェス!」
「ぼ、ボクもですか」
せーの! で穴を覗き込む。
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