その6~昼休みの風景、出立
学食のカウンターで蕎麦(のような何か)を手繰っている。
普通、居世界ものといえば日本食文化を持ち込んで商売無双するのが定番だが、この世界は意外と食文化が発達していて、大した食知識が無い俺ではそれも叶わぬ。個人的な記憶が欠落した今となってはわからんが、あまり裕福な暮らしはしていなかったようだ。
なので学食で一番安い蕎麦モドキ30デニーロ(通貨単位1デニーロ=約10円)でも何ら不満は無い。
この学食の優れたところは、ぼっちでも気兼ねなく飯が食えるよう、カウンター席が用意されているところだ。
仲の悪い奴同士が運悪く相席、険悪な雰囲気がエスカレートして紛争勃発という災害的状況を回避するための伝統であるとかなんとか。
とまれ、コミュニケーションに難のある人間にとってはありがたい、リディアの便所飯じゃないけれども飯は独り静かに、誰にも邪魔されずに食うべきものなのだ。
「クソご主人、相変わらずシケたもの食べてやがりますね、しかもボッチ飯で」
べきなのだが、こういうお客さんは悪くないとも思う俺なのであった。
ようやく、というかクエスト先での棚から牡丹餅的に配下になった愛くるしいバンパイアハーフ兼魔法使いのヨミが、隣のカウンターに座るやいなや精一杯の罵倒を浴びせてくる。
にょほほ、ロリには何を言われても痛くも痒くもないのだ。むしろ微笑ましい。
とは言え、鉄柵を片手で千切って壁に刺さるほどの勢いで投擲し、さらにはチュパカブラを片手でミンチにするような腕力の持ち主でもある。軽いじゃれ合いが猟奇殺人にも発達しかねないので物理攻撃には注意せねばならぬ。
てゆーか魔法使いなのに物理攻撃注意ってどうかと思うわよね。
「ん? 便所飯は終わったのか?」
「しないわよ! そんなこと。う、ウチはリア充グループだしぃ」
結局イケメンにへばりついてるのか。
そりゃそうか、クラスの付き合いもあるもんな。
「んじゃそのリア充グループで楽しく昼飯食えばいいじゃん」
「んぐ……ま、まぁそうなんだけど? ほら、ウチってば優しいじゃん? 独り寂しく蕎麦なんか啜ってるクソご主人の話し相手になってあげようと思ってさ」
「食事中にクソクソ言うな」
「んじゃカスご主人様」
「罵倒語をつけないとひとのこと呼べないのかお前さんは」
「だ、だって……その、普通に呼ぶのはなんだかシャクじゃない……」
つまり照れ隠しか、可愛いやつめ。
「そ、そんなことよりそれって美味しいのか? 貧乏人の食い物って言われてるぞ」
「実際貧乏人だもんで。てゆーかお前だって借家の有様を見たらそうそう変わらん経済状況だと思うんだけど」
「そうだけどー、そういう食べ物屋さんって女の子ひとりで入るにはちょっと抵抗があるっていうか……」
あー、女子がひとりで立ち食い蕎麦ってちょっと前まではかなりハードルが高かったもんなぁ、前世の話だけど。
「じゃあ今度俺様が一緒についていってやろう」
「か、考えておいてやるのだわ。てゆーかアンタ、お嬢から給料もらってんじゃないの? 具無しってショボすぎない?」
「小遣い程度だからな。それに具無しじゃない、ネギと揚げ玉と七味が入ってるぞ」
「ハァ、やっぱり進路の保険考えとかなきゃなぁ……もうちょっとこう、トッピングに唐揚げ一品追加出来るくらいの」
「そういう堅実なとこ嫌いじゃないぜ。まぁ、金は天下の回りもの言うてな、そのうちこっちにも回ってくるだろ、ははは」
「ポジってるなぁ。どこからその自信が湧いてくるのか不思議だよ」
「確かにリュミナエリ氏は変わったお方でござるな」
不意に逆方向から圧のある声がかかる。
見ると筋肉アンドモヒカン、武術クラスの一桁ランカー、本名は可愛らしい感じのクリス……ワシ氏が俺と同様蕎麦を手繰っていた。
「よう、アンタも独りで食いたい派だったのか」
「テーブル席はちと手狭でな」
わかる、こいつの左右の席に座ったら手も動かせないだろう。現にカウンター席の両隣は開いている、というか座るスペースがない。
「それにしても、この飯でその筋肉維持できんのか?」
「食事とは別にプロテイン摂ってるから問題ないのである」
ろくすっぽ自然科学が発達していなくても、経験の積み重ねで筋肉にはタンパク質というのは定説になっているらしい。大豆や牛乳から抽出したプロテインまであるとはちょっと驚きだが、どの世界でも筋肉にかける情熱というのは新たな発明を生み出すのであろう。
「そっちのお嬢さんは初めてお目にかかるであるな」
「ああ、魔術クラスのヨミ・シュザーンライトで、俺の仲間だ」
「よろしくな、シュザーンライト殿、お仲間のブリーズホーム殿は序列こそ最下位に甘んじているが、ワシの攻撃すら捌ききるなかなかの逸材だからな、良いチームに入ったものだ」
「よ、よろしくです。お噂はかねがね……」
ワシ氏の厳つい見た目にすっかり縮こまってしまっているヨミ。小動物のようでかわいい。いちいちかわいい。俺が女子だったら、かーわーいーいー、とか言ってモフってしまうところだな。
「ふむふむ、武術系魔術系そしてエクストラとバランスよくメンバーを揃えているようだな。遠征演習への備えか」
「そんな感じ」
その他能力もエクストラと言い換えるとなんだか役に立ちそうで特別のように聞こえるな。こうやって当たり障りのない言葉を選ぶところなんか、厳つい見た目とは裏腹の育ちの良さが垣間見える。
「高等部新入生向けの遠征演習とは言っても、物事何が起こるかわからんからな、いざというときは頼ってくれていいし、逆にワシが頼るかもしれん」
変なフラグ立てないで欲しいんですけどー。
「そんな事態に巻き込まれないように祈ってるよ」
「ははっ、ワシは何か起こってくれた方が楽しいのであるがな」
こんな感じでギフト持ちはやや自信過剰というかバトルジャンキーな面を少なからず持っている。
街中では全力を出せることもないので、力が有り余ってフラストレーションを溜めている奴も多いのだろう。そのための野外遠征演習でもあるのだからな。
ワシ氏は見た目に反して良い奴だし、今のうちに繋がりを持っておくのは悪くはない。いずれは配下にしてやろうかしらん。などと考えながら食い終わった蕎麦(のような何か)の器を返却口に持って行き、優雅なランチタイムを終えるのであった。
ヨミはちょっと嫌そうな空気を漂わせてリア充グループの待つ教室に戻っていった。
蕎麦を食うのにそんなに時間がかかるわけでもない。
残った昼休みの時間は昼寝でも一発かましてやろうかと廊下を歩いていたらリディアに会ったのでしばし雑談と洒落込む。
「主殿ってマルコって名前なんですよね」
「うん、そう呼んでくれても構わないぞ」
「いやぁ、そこまで親しい間柄じゃありませんしぃ、遠慮しておきます」
「バッサリ来たな」
「それはともかく、男性にしては背が低い方ですよね、ホビットほどじゃないですけど」
ホビットもいるのか。まだ見たことは無いけれども、足の裏に毛が生えていたりするのだろうか?
「まあね、遺伝的にね」
顔もそうだが背の低さも東洋人、というか日本人標準……の中でもたぶん低い方。コーカソイド系っぽい人種中心のこの世界ではみんな背が高く、相対的にさらに小さいのだ、ぐぎぎ。
サイハテの街ではそうでもなかったのだがなぁ、父ちゃんジョセフも母ちゃんマリアも前世感覚では普通だったのだが、都心に来てそれは田舎のあの街が逆に特殊だったことを知ったのである。
「つまり言葉を変えればチビ、そしてマルコと合わせて……」
「それ以上いけない」
「どうしてですか、可愛いじゃないですか、ちびまる……ふごふごご……ぷはっ、何するんですか! さすがの私も窒息プレイというのはちょっと……ポッ」
いやなんで否定しつつ顔を赤らめるんだ? あるのかその気が? 窒息プレイとか相当マニアックだぞ。
しかしエロメディアの発達していないこっち世界で、その発想に至ること自体すごいな。ムッツリをはるかに凌駕するエロ神かこいつは。
「俺のことは置いといて、お前エルフなんだろ? なんで武術系に」
吸血鬼騒動で気にはなかったが有耶無耶になっていたことを思い出し、改めて聞いてみる。
「まあ、たまたま武術系ギフトを賜ったからってだけですね。その証拠にセンス皆無でしょ、それでもわからなかったんですか? アホですね」
「さらっとアホとか付け足さなくてもいいじゃん。なるほど、妙に美形だと思ったのはエルフの血か……」
「いえ、この美貌は個人的な遺伝です。父も母もイケメンイケジョですんで。種族特性じゃありません。ほら、あそこの主殿より身長の高いブサメン、あれもエルフですよ」
アゴで示す方向には確かにブサメンがいた。そして耳も尖っていないからまだ若いのだろう。
「……なんということだ。俺の常識は根本から間違っていたのか。まぁ長命で魔力感応に優れているというのは合っていたがな」
「ちなみに私の年齢は……ってバカーッ! 乙女の年齢を聞くなんて主殿のスットコドッコイーッ!!(棒)」
「そういうのやりたかったのね」
「ええ、もちろん、憧れてました。ちなみに実年齢は16歳です。エルフ的にはまだ赤子同然です。当然処女です」
「処女かどうかは聞いてませんがな」
「いえ、重要なので。陵辱シーンにおける最重要ファクターと言っても過言ではありませんっ!」
なんというか、男子中高生のような思考パターンだな、コイツぁ。
「他人の魔力を感知できるということは俺のも?」
「そこなんですよね、どんなに素養がない人間でも微量の魔力を持っているものなんですが、主殿からは全く読みとれないんですよ」
「そうだろうな、ステータス測定によると俺の魔力はゼロだったからな」
「そんな人間聞いた試しがないですけど、実際にいるものなのですねぇ。キモいですねぇ。超レアケースですし、ちょっと国立科学院に行って献体してきたらどうですか? 未来永劫保存してもらえるかも知れませんよ」
「恐ろしいことをサラッと言うな!」
「現代では便利な魔道具がそろってますんで、気を落とさずに生きてくださいな。まぁ身長はどうにもならないと思いますけど」
「しかしお前さんはドSなのかドMなのかわからんね」
「私は万能なので! リバ可能でどちらでもいけますので! ただ主殿はわりと攻められる方が好きそうなので、あえて厳しく接しております」
「さいですか」
「今まではどちらかと言えば受け身な方だったんですけどねぇ、主殿と知り合ってからはこう能動的なのも楽しいということを再発見いたしまして……もうっ、何も知らぬ私を調教して新しい世界に目覚めさせるなんて! この鬼畜! 魔王!」
「いやあんた最初から十分に色々知ってたでしょ」
などと馬鹿話をして昼寝の機会を逃すのであった。
仕方ない、午後の授業は睡眠に充てるか。
◆◆◆
いよいよ遠征演習に出立する日がやってきた。
萌月一日。
この大陸の暦では一年は春分の日から始まる。1月から順に起月萌月長月暑月豊月寂月短月寝月の8ヶ月で一周し、1ヶ月は46日の大月と45日の小月が交互に来る。1ヶ月が30日前後では無いわけは、そりゃ30日周期の衛星が無いからで、約39日周期の赤い月と62日周期の青い月、このふたつがこの世界の、この星の衛星となっている。
夜空を見上げると、前世で見た月ほどは明るくない、薄ぼんやりした赤い月と青い月を目にすることが出来るだろう。この世界での月明かりというのは満月であったとしてもかなり暗い。
おそらくだが潮汐現象も地球よりは緩やかなものなのだろう。女性の生理周期は……残念ながらわからん。誰かに聞いてみようかとも思うが何を言われるか知れたものではないので自重しておく。
衛星は違うが1年は何故か365日で同じというのは、たまたまなのか、それこそがパラレルワールドたる異世界だからなのか、詳しいことは、まぁ考えても仕方ない。
大月4の小月4だと合計364日で徐々にズレていくが、数年に一度儲月という閏月が設定され、いい塩梅に調整されるようになっている。
というわけで萌月(2月)1日というのは地球の標準的な暦でいえば5月中旬ということで、気候もちょうど良く、実に遠足日和だ。
日本語ならば五月晴れの爽やかな朝の空気の中、騎士学院高等部一回生の99人および引率の教員、国からの派遣役人(というかお目付役)が勢ぞろいしていた。
よくよく考えれば戦略級人外戦力が一斉に移動するというのは大規模な国家同士の直接対決以外では滅多に無いことだろうよ。
姫ことアナスタシア・サクラメンテが俺らの班のリーダーだ。格というものを考えれば俺がやるよりは形になる。
制服の上から薄手の外套を羽織って腰にはいつもの細剣、日焼け対策のために羽飾りのついたつばの広い帽子をかぶり、肘まである長手袋をはめている。
まさにリボンの騎士然としたその姿は、本場物ならではの自然な完成度で美しい。これを見られただけでも異世界転生した甲斐があるってものだ。
縦ロールにした金髪が朝日を受けていつも以上に輝いていた。
「みなさん、忘れ物はありませんか」
「ハッ!」
リディアは相変わらず細身の身体に見合わぬ大剣を抱え、薄い栗色の髪をポニーテールに結わえている。まるで部活の遠征に行く弓道部か薙刀部の女子部員、の中でもお姉さまポジションにいるような爽やかさだ。もちろんその胸の内にはエロい妄想が渦巻くムッツリ爽やかなのだが。
「はいー」
ヨミは魔法使いらしくアンバランスに巨大なとんがり帽子をかぶっている。バンパイアハーフだし、やはり日光に弱いのだろうか。持ってる荷物と言えば小ぶりなポシェットのみの身軽な格好である。
「へ、へい……」
そして俺は巨大な背嚢を背負っていた。荷物持ちとしては当然ではあるが、若干の理不尽さも感じている。
「姫さんだけならともかく……なんでお前らの分まで」
「はぁ? 貧弱なクソご主人様の体力増強に協力してやってるんじゃない、むしろ感謝されてもいいくらいだわ」
「すまんな、主殿、私のは自分で運んでも良かったんだが……」
「ダメよリディ、あるじのためを思えばこそ甘やかしちゃいけないこともあるのよ」
「そういうわけだ、主殿。これも愛の鞭だと思って……鞭……鞭かぁ、鞭なぁ……うへへ」
早くも妄想の世界に入ってしまった。上手く言いくるめて半分持ってもらおうかと思ったけどこりゃもうダメだ。
人生は重荷を背負いて長き道を行くが如しって言うけどさぁ、物理的に重荷を背負ってみると、みんなで分け合って運ぶべきだよなと意義を申し立してたい俺であった。
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