その5~はじめてのクエスト(前

「リュミナエリさん」

「なんでっしゃろ?」

「お昼のパンを買ってきてくださらない? 軽めのが良いわね、クロワッサンサンドか何かで。それと飲み物は……豆乳がいいかしらね」

「合点承知」

 購買に向かって駆け出す俺。パシリのような気もしないでもないがというかパシリそのものなのだが、これこそ本業・本懐なのだ。気にしちゃいけない。

 頼りにされていることの喜びを噛みしめながら戦場へ向かう。


 戦場とは言ったものの、さほど混んでいるわけでもなく容易にクロワッサンサンドと豆乳を入手したところで、大きな包みを抱えたちびっ子魔法使いに出くわした。

「ぬ、お前は……」

 まずいところで会ったなぁという露骨にいやな顔をされるも、俺の方はこれは好機に違いないとポジティブにとらえるわけで、気さくに話しかける。

「フハハ、こんなところで奇遇だな。しかしその量は……なるほど、パシリさせられてるのか、ご苦労なこった」

「そういうお前はなんなんだ?」

「姫さんの使いでパンを買ったのだ。ちなみに俺の名前はマルコ・リュミナエリだ」

「お前だってパシリじゃんか!」

 おいおい、お前お前言うからせっかく名乗ってやったのにスルーかよ。

「いいや違うね。パシリは仕方なくさせられてる系、俺は喜んでやってる系、大いに違う」

「あーいえばこういう、詭弁のプロかお前は」

「それにしても何人分だそれ、前が見えないんじゃないの?」

「よ、よけいなお世話だッ」

「仕方ない、俺は婦女子ちびっ子には優しいからな、持ってやるから代わりにこっちの袋を持ってってくれ」

「ちょ、余計なことすんなよー! お前だってチビじゃんかー」

 “手”を使ってひょいと大きな袋を取り上げ、小さな袋を渡す。

 もちろん言うまでもないが、ここで会ったが百年目、好感度アップさせようという下心アリアリでやや強引にだ。

「魔術クラスまで持ってけばいいんだな?」

「え、ああ、うん……」

 基本的に平等などという概念が普及してないこの国では、使用人や下っ端に何かをさせることに罪悪感も無いし良心も痛まないのが普通である。そこは元現代日本人の小市民気質が抜けきっていない俺にはなかなか難しい。自分が当事者なぶんには時代劇ノリが好きなだけに全然構わないのだが、見た目がちびっ子な少女にパシリをさせるのは良心が痛むのだ。

「遅いぞ、買い物すらまともに出来ないとは、お前の価値はもう便所紙にも劣るな。そんな無価値なお前であるのにも関わらず仲間に入れてやっている僕をもっと尊敬するが良い」

「は、はいぃ……」

 萎縮しちゃってるヨミ、保護欲をかき立てられる姿である。

 しかし件のイケメンは、相変わらず笑ってしまうほど性格が悪くて助かる。出し抜くことになんの罪悪感も抱かなくて済む。ありがとう。

「ん? なんだお前は。役立たずの7組の奴じゃないか。なるほど、役立たず同士お似合いだなははは。どうだ? サクラメンテ家なんか捨てて僕の下僕にしてやろうじゃないか、気前が良いだろ僕は」

「お断りだ。武士は二君に仕えず、だからな」

「ふん、僕が泥船からの助け船を出してやっているというのに馬鹿な奴め。まぁ好きにしろ、男なんかどうなったって知らないからね」

 最後の点は同意である。

 だがムカついたのは事実なので去り際に奴の持った牛乳パックを“手”で握りつぶしてやった。

「ぶほっ」

「だだだ大丈夫ですかピラート様!」

 あまり誇れるものではないがイヤガラセには最適な能力である。

 おかしなところで現代的なこの世界にはパック牛乳が普通に売っている。バリエーションもなかなかのもので、姫さんに頼まれた豆乳以外にも、イチゴミルクやコーヒー牛乳まである。新商品投入で経済無双は出来そうもない。

「なんなんだ急に飛び出してきて……不良品かな、購買に文句を言ってやらないとな」

 などと顔中牛乳まみれにして言っているのを背中で聞きながら縦ロールの元に帰った。


◆◆◆


 その日の終業のホームルームの時間のことである。

「まー、キミらに言っても仕方ないんやけどね、とりあえず通達するよう上に言われとるから、説明しておきますわ」

 相変わらず人生逃げ切りを図っているかのようなハゲの担任教官が汗を拭き吹き教卓の前でしゃべっている。

「国から魔物討伐の要請が出てますねん」

 魔物。この世界には人類に敵対、ぶっちゃけると捕食を目的とする生態系における上位生物が存在する。いいね、やっぱファンタジーにはモンスターが出てこないとね、盛り上がらないよね。でもひとを喰うとは恐ろしいね、会いたくないね。

 しかしファンタジー世界では定番の、魔物を狩って糊口をしのぐ冒険者という職業は無い。

 未踏の地を歩く冒険を趣味にしている文字通りの冒険者や、遺跡発掘に夢をかけるトレジャーハンターがフリーランスで活動しているくらいで、組織的に魔物を狩るようなギルドなどは存在しない。

 その理由はめちゃくちゃ強いから。一般人がどれほど鍛えたところで限界がある。普通の野生動物の熊や猪だって熟練のハンターが協力してようやくしとめることができるわけで、ヒグマを超える力を持つ強力な魔物に対するには命がいくつあっても足りない。継続した職業とするにはリスクが高すぎるのだ。

 通常は敵性害獣として国軍、あるいは領地ごとの地方軍が集団戦法で討伐に当たることになっている。金のある大商会などは私的に傭兵団を雇っていることもあるが基本的には公共事業だ。

 帝国が武家社会に似た社会様式になっているのは、領民領地に対する目に見える脅威が存在し、対抗しうる暴力を持つことが支配の根拠になっているからであろう。人間同士戦争するほど暇ではないのだ(フラグ)。

 とはいえ、いかに集団戦に秀でた軍隊であろうとも無傷ってわけにはいかない。負傷や殉職した場合の補償金もバカにならない。

 しかし、国軍の一個中隊を必要とするような相手でも戦闘系ギフト持ちならばサポートを加えても数人で事足りる。

 そんなわけで人外には人外を、ヤバい奴の目撃情報が寄せられる度にまずは手の空いているギフト持ちに声がかかる。

 それ以外に過剰な火力を活かせる仕事は戦争くらいしか無いのだが、戦争など昨今滅多に起こらないので(フラグ)、卒業後も各地に派遣され凶悪なモンスター退治をするのがギフト持ちたちの主な仕事なのである。まったく、貰ってラッキーなのか足枷なのかわからない力だ。

 なお、戦闘力の怪しい我ら7組や生産系クラスの先輩方の進路はその限りではない。特に生産系は帝国政府を始め各地の大名、大手商会、大工房、各種研究施設から引っ張りだこで人生勝ち組が決定している。う、羨ましくなんてないんだからねっ!

 学生といえども人外の戦闘力を囲っているのに遊ばせておくほど国庫に余裕があるわけではないのだろう、校外実習と称してたびたび帝都近隣の中位以下のモンスター狩りなどに学院生が派遣されている。食事足代などの経費は出るが基本的には授業の一環ということで無給だ。

 確かに以前リディアのテストに立ち会ってもらったモヒカン筋肉男クリスなど、並の猛獣程度なら瞬殺できるだろう。というかあの筋肉なら素手でもなんとかしそうな勢いであったが。

「一応決まりやさかい志願者を募りますけど、いないならいないで何の問題もないので、はい、おりませんか、おりませんね?」

 非戦闘系のクラスだ、志願者などいないだろうと、さっさとマニュアル通りに用件を済ませて教壇を降りようとするハゲに向かって、

「はいっ!」

 と、元気よく挙手する者が居た。

 誰でもない、我が主家の縦ロール、アナスタシア・サクラメントその人である。

 おいィ、あんた多少の怪我に強いだけで戦闘力皆無でしょうに、なんで意気込んでるのよ!

「え、ええと、モンスター退治やねんけど、わかってますのん? 薬草取りやないんやで」

「わかっておりますわ。ひとびとの生活を守り、脅威を排除することこそ貴族のつとめですわ!」

「その矜持は立派なのもんやけどねぇ……何かあったらわての首がですねぇ」

「心配いりませんわ。わたくしだけではありませんから」

 うむ、自動的に俺も駆り出されるわけだ。って、マジかよ。

「そない言うならまぁ、くれぐれも無茶はせんように。資料を渡しますよって職員室まで取りに来ぃ」

 ため息をつきながら肩を落とし、教官は教室を出ていった。縦ロールが胸を張って颯爽とあとを追う。


 その後リディアと合流し、ことの次第を説明する。もちろん、こいつが居なかったら是が非でも止めてたわ。

「ふむふむ、さすがですアナ殿。それでこそ騎士の鑑、どこぞの主殿とは性根からして違いますな」

「特に性根に関しては異論はないけどね。でもねモンスターですよ、普通は軍隊が出動するレベルですよ?」

「大丈夫ですってば、守護剣豪に目覚めた私の力を持ってお二人には指一本触れさせませんから」

 何とも頼もしいお言葉、惚れそう……って違う! どんどん俺の見せ場が無くなってくる。

「で、実際にはどんなモンスターなんですか?」

「資料を頂いてきましたわ。これなんですけど」

 縦ロールから半ペラを渡される。

 ちなみにこの世界では普通に植物繊維を用いた紙の生産が普及している。ケツを拭くほど安くはないが、それほど高いものでもない。飲料を提供するのに紙パックが使われるほどだ。

「えーと、なになに……」

 旧市街の外れにある洋館付近に出没する吸血鬼!?

「ちょっとこれ、強そうじゃないですか、吸血鬼っつったら中ボスクラスなんじゃないですか」

「一度お受けした任務をキャンセルなど、家名にかけてあってはならないことですのよ」

「家名以前に死んじゃったら元も子もないと思うんですけど」


 吸血鬼……どんな怪物なんだ? 元の世界ではキリスト教のパロディ、神の力の実在を示す逆説的で倒錯的な存在として十字架や聖水に弱いという伝承が出来上がったわけで、一神教が発明されていないこの世界の吸血鬼は元の世界のそれとは別物と考えた方がいいだろう。弱点などまるでわからぬ。

「魔力は血に宿ると言われております。吸血鬼とは、他人の魔力を吸収する能力を持った種族だと考えられておりますわ」

「血じゃなくても良いんですよ主殿、精液とかでも」

 姫さんが解説し、すぐに下ネタに繋げるリディアが割り込む。

「ふーむ、つまりエナジードレイン系、サキュバスとかも含まれるのか」

「今、ちょっとだけサキュバスに精飲されたいとか思ったでしょ?」

「実はちょっと……」

「さすがは私が主殿と見込んだ男、見境が無くて安心しました」

「安心するところなのそれ」

「い、いけませんわ精飲なんてそんな……ああっ、そんなこと!」

「ほら、姫さんがテンパってしまったではないか」

「申し訳ございませんアナ殿、もう少しソフトなところから順を追ってお教えいたしますね」

「お、お手柔らかにおねがいします」

「教えなくていいから」

「で主殿、アナ殿への指南はおいおいするとして。作戦は?」

「おいおいなんですのね……ドキドキ」

 おーいサクラメンテ家のお嬢さん、帰って来て頂戴!

「気が乗らないけどとりあえず行ってみるかぁ。ヤバそうだったら逃げよう。そうだ、あの筋肉モヒカンにでも泣きつこう。奴ならなんとかしてくれるだろ」

「プライドの欠片もないですね」

「生きてこそだ」


 吸血鬼が出たという噂の、帝都旧市街の、再開発待った無しといった古びた路地を行く。

 騎士学院の学生は一般市民への威嚇効果が半端無いので、私用で街に出るときは制服厳禁なのだが、今回はお上からの依頼であり公用なので三人とも制服姿のままである。

 余所はともかく7組の連中なんて無害だろうに、と考えがちだが、逆に7組だけデザインの違う制服にしたり制服での私用外出許可にしてしまうと、それはそれで危険なので全クラス共通のルールになっている。

 たとえば他国からの引き抜き、恨みを持つ者の八つ当たり、ギフト持ちを倒して武勇伝にしようという輩など微妙能力者と知られた時点で危険倍増なのである。

 姫さんはレイピアとでも言うのだろうか、鞘に収めた細身の片手剣を凛々しく腰にはいて意気揚々と先に進む。超似合ってる、改めて惚れそう。抱いて! って感じ。

 リディアはいつもの愛用の大剣、こちらもまぁカッコいいといえばカッコいい。

 対して俺はと言えば特に武器など使ったこともないので手ぶらである。

 主人公的には日本刀などを持っていたらカッコいいのだが、そんなものこの世界には無いし、あったとしても高いだろうし、持っていたとしても剣道経験ゼロの俺に使える訳じゃないし。ゆえに手ぶら。仮にも吸血鬼退治だというのにやる気があるのかと問い詰めたい、自分を。

 今歩いているこの石畳の上に死体が転がっていたと考えるとゾッとする話であり、早く帰りたい。報告書によると被害者たちがいずれも血を失い干からびた状態で発見されていることから吸血鬼の仕業であろうと断定され、討伐対象に指定されたようだ。

 しかしそう簡単に出てくるのかどうか。どちらかと言えば出てこないでくれると嬉しい。

 進み進んで路地の突き当たりに、ツタに覆われ、いかにもアレな洋館が建っていた。

「帰りましょうか?」

「わ、わ、わたくしなら平気ですわ! 矢でも鉄砲でも持ってきなさい」

 実際平気な気がする。でも俺がダメなんだよぉぉぉ! ちびりそう。

「いやしかしですね、何かあったらお家の一大事で……」

「こここここで引き返すことこそお家の恥ですっ! ただでさえ最近はもうかける恥すら無い有様なのに……」

 などとしょっぱい押し問答をしていると、

「頼もう!」

 ガンガンガンと元気良くドアをノックしている女剣士がいた。

「おいィ、何してくれちゃってんだよこのお馬鹿!」

「いや、挨拶は肝心ですからな」

「そうじゃないでしょ、この状況、わかってんの?」

「わかってますってば、ボロは着てても心は錦、主殿はそう言いたいわけですな」

 いや全く意味わからんし。

「はいはーい、いま出ますよ」

 屋敷の外観に似合わぬのんきな声がして扉が開くと、見覚えのある顔が現れた。

「あ」

「げっ!」

 俺らが固まるのとは対照的にリディアが何気なく続ける。

「手入れが成っていないようだな、庭師でも呼んで少しは小綺麗にしたらどうだ、ヨミ・シュザーンライト」

「う、うるさいわね、うちは貧乏なんだから仕方ないでしょ」

「ならば主殿に頼めばいい。今ならなんでも言うこと聞いてくれると思うぞ」

「なんで俺が」

「配下に加わる代わりに屋敷の手入れ、これでイーブンじゃないですか」

「確かに、その程度でいいなら。それで手を打たないか?」

「よくないわよ! なんでたかが庭の手入れで将来を棒に振らなきゃいけないのよ」


「お話中申し訳ないのですが、ちょっと本題に戻ってよろしいかしら? スカウトの件は後ほどということで」

「あ、はい」

「ヨミさん、実はわたくしたち、吸血鬼退治の依頼で来たのですけれども」

「きゅ、吸血鬼? なんのことですかね??」

「なんのことではない。お前が犯人なのだろう?」

 びしっと指を突きつけるリディア。

 は? 唐突に何いってんだお前は。

「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。だ、だいたい何の証拠があって……」

「お前、バンパイアハーフだったよな?」

「え……なんでそのこと」

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