その2~超人学校の微妙な面々

 翌日、ステータス測定表なるものが各人に配られた。

 入学に先立って体力測定や知能検査みたいなことをやらされたが、あれがそうだったらしい。


マルコ・リュミナエリ

腕力  :4

耐久  :4

魔力  :0

知覚  :4

技量  :4

運   :5

ギフト :栄光の手☆★★

    :&%^■


 一般人の平均がオール5、歩けるようになった幼児が1で、オリンピックのメダリスト級、つまり人類の中でもトップレベルが10という数値だそうだ。

 魔力の項目、例えば火属性ならば、1が火打ち石の火花程度で10だと中華料理屋のコンロくらいの火力になるらしい。

 なるほど人類最高レベルでも生活用品の域を出ないわけで、他者の殺傷が出来るくらいの攻撃力を持つには強化ギフトが必須なわけである。だったら誰にでも扱え数が揃えられる弓矢の方がマシである。

 大量殺傷手段はあるがガチャ運任せの供給では安定した戦力にはなりえず、かと言ってギフト持ちに対抗しうる兵器を作る技術力は無く、この世界の戦争のあり方は絶妙な牽制合戦で足踏みを続けていた。

 知覚は動体視力や反応速度など、技量は器用さや対応力などの値だそうだ。RPG風に言い換えればINTとAGIということになろう。間違っても俺の知能が平均以下ということではない、ということにしておきたい。

 しかしこの俺のステータス、見事に平均以下、魔力に至ってはゼロって幼児以下かよ。異世界転生者が無尽蔵の魔力を持つお約束の逆張りで、夢が壊れました。

 辛うじて運が平均値というのが救いのような気もするがそれが普通の状態で、プラスでもマイナスでも振れ幅が大きい方が何らかの補正がかかる特殊なステータスのようだ。

 つまり、素のステータスは総じて平均以下、運補正も無く魔力ゼロって我が事ながら結構酷い。

 しかし! 俺にはギフトがある。この文字化けしてるのは配下の能力を底上げする“魔王の祝福”だ。ハゲの教官は首を傾げていたが出力時のインクの掠れだろうと結論づけたようで何より。

 この星マーク☆★★は1段階目ってことなのかな。何らかの方法で成長するとレアリティが上がるのか、生来持ったもので固定なのかはわからん。


「リュミナエリさん、差し支えなければ見せていただいてもいいかしら?」

「もちろんですとも」

 さっきからチラチラと様子をうかがっていた縦ロールが意を決した様子で聞いてきたので素直に見せる。

 当然のことながら微妙な顔をしている。せっかく雇った荷物持ちがもしカス能力だったら、俺ならばもっと露骨に嫌な顔をするだろう。

「な、なかなかユニークなステータス値ですわね、おほほ」

 ユニーク! そういう婉曲表現もあったのか。育ちの良さとは素晴らしいものであるな。

「へぇ、もう、お恥ずかしい限りで」

 マジで結構恥ずかしい。

「でも……わたくしのを見たらガッカリするかもしれませんわね」

「見ていいんスか?」

「ええ、どうぞ」


アナスタシア・サクラメンテ

腕力  :5

耐久  :10

魔力  :6

知覚  :5

技量  :4

運   :2

ギフト :自己治癒強化☆★★


 おお、耐久力が人類最高レベルじゃんか。他の値も俺基準で見たらなかなかのものだ。

「いやぁ、さすがですね」

「そうでしょうか……女の子なのにこの耐久力はちょっと……」

 乙女だよ乙女!

 そしてギフトの欄、ただの治癒強化じゃなくて自己がついている。これは一体どういうことだ?


「そうなんですか、魔力を使わず念力? で物体を持ち上げるなんてすごいですね」

 微妙能力をすごいすごいと褒めてくれるのはありがたいというかそんなに持ち上げられると困ってしまうな。これが都会の貴族ならではの社交術なのだろうか。それとも本人の素の性格なのだろうか。

「いやそれがですね、自分の筋力と同等の力しか出せませんからね、せいぜいスカートめくりくらいしか」

 スカートめくりどころかオッパイ揉み揉みもできるんだよなぁ、そういえば。

「い、いけませんよ、ギフトを悪用なんてしたら」

「しませんて、だいいち能力が知られているんだから、そういう事件が起きて真っ先に疑われるのは自分ですからね」

 そうなのである。手の射程範囲はせいぜい数メートル、学院生だと顔が割れていて視界に入る距離でそんなことをしたら即容疑者、即逮捕、下手をすれば社会的に抹殺されてしまうかもしれない。

「なるほど、確かに言われてみればそうですわね。ごめんなさい、疑ったりして」

「いえいえ、危惧はごもっともなんで。ところで姫さんのギフトは治癒強化なんですよね?」

「え、ええ、まあ……そうなんですけど、ちょっと特殊と言いますか……」

「いえ、秘密にしたいならそれで結構です。本当の能力を知られないというのもギフト持ちの戦術のひとつですから」

「そういう訳ではないのです、ただ、ちょっと恥ずかしいんですけど……えいやっ」

「ファッ!?」

 縦ロールは突然ナイフを取り出して自分の手のひらを切りつけた。

 貴族だが青い血ではなく、赤い筋がつーっと走る。ペロペロしてあげたい。

「なななななななにしてるんですか!」

「黙って見ていてくださいまし」

 すると、見る見るうちに傷がふさがり、出血が止まる。流れ出た血をハンカチで拭うと、切りつけたはずの手のひらには傷跡一つ残っていない。

「……これがわたくしのギフト、自己治癒強化セルフレザレクションですわ。気持ち悪いもの見せてしまったわね」

「いえっ、そんなことは……すげぇカッコいいです!」

「あら、そんなこと言ってくれた人は初めてよ。誰も彼も気持ち悪い、自分ばかり助かって他人のためにならない、と……」

「自分の体だけなんすか?」

「ええ、他人のことも癒せたら少しは役に立ったでしょうけれど。これじゃ役立たずのハズレ子扱いされても仕方ありませんわね」

 自己再生、つまり膜が破れても勝手に治る……永遠の処女! 処女懐胎も可能! いやでも毎回破瓜の痛みを感じなきゃならないってのもかわいそうかもしれないな。

「お任せください、このマルコ・リュミナエリ、命に代えても姫さんに痛い思いはさせません!」

 常に優しくしようと心に誓った。何を、というわけではないが。

「リュミナエリさん……よ、よろしくてよ、その忠義、おほ、おほほほほ」

 力なくおほほしてると、余所のクラスの女子連中が廊下の向こうから近づいてきた。


「あらあらあら、これはこれは、稀少ギフト持ちのサクラメンテ家のお嬢様じゃあーりませんか」

 どうやらギフトの詳細は貴族連中の中では知れ渡っているらしい。

 しかしこういった嫌味を言うのは本来おほほ縦ロール系キャラの役どころと相場が決まっているのに、目の前ではその逆パターンが展開されている。奇妙なものである。

 うちのおほほはどうにも自信が足りていない。なんとかしてやりたい、この気持ち。

「本人も稀少なだけあって、従者にもまたずいぶん稀少なお猿さんを連れていますわね」

 馬鹿者、猿と呼ばれた太閤さんは日本史上もっとも出世した偉人中の偉人であるぞ、と言いたいのをグッとこらえ、もしかして俺、太閤さんみたいに出世できちゃうんじゃね? とポジティブにとらえてみた。

「ごきげんよう、皆様」

 反論もせずに愛想笑いを浮かべ、そそくさとその場を立ち去る縦ロール。代わりに俺が獲物を狙う猿のような目つきでメンチを切ってあとに続く。

「姫さん、もしかして、うちの主家筋は景気悪いんでっか」

「そ、そんなことはありませんことよ、おほ、おほほほ……」

 つまり悪いらしい。まぁ、俺のような得体の知れぬ末端の末端にしか声をかけられなかったことを考えると相当切羽詰まっているのだろう。荷物持ちとしては何かフォローしておかねばなるまい。

「うちの親は騎士爵のおかげで田舎の衛兵とはいえ公務員になれて中間管理職にまで出世もできましたからね。俺が無事この年まで育ってこられたのも元を正せば主家のおかげなんですよ」

「ルミニャウリさん……」

「噛んでますよ、リュミナエリですけど。とにかく、親の恩プラス給料分は御味方させてもらいまっせ」

 まったく、下の名前はジョセフだのマリアだのありふれてるのに、家名は舌噛みそうってどないやねん、と思わないこともない。


 しかし、俺に何が出来るというのであろうか。微妙ギフト“栄光の手”は一般人相手なら一方的にボコることも可能かもしれん。痴漢や万引きなどの軽犯罪くらいならバレずに出来るかもしれん(やらんけど)。

 しかし1組から5組の戦闘系ギフト持ちの奴らは一騎当千の人間兵器、俺なんかがタイマンしたところで不可視の腕を振るう前に首でも落とされて即死は間違いない。

 もちろん、国家の財産でもあるギフト能力を無駄に失わない為にも学内での私闘や傷害は堅く禁じられてはいる。禁じられてはいるがカスレアの扱いはわからない。もしプレイヤーこと皇帝がコレクター気質だったら取っておくかもしれないが、ガチ効率厨なら高レアの餌にするのも厭わないだろう。

 いざというときに主家の姫どころか自分の身すら守れないとなるとこの先問題である。早いとこ本領を発揮できるよう手駒をそろえておきたい。

 縦ロールをこまして配下にしてしまうという手も考えないでもない。むしろこまされてもいい。権力を振りかざして逆らえない僕、剥かれて辱めを受けつつもいやんいやん、即堕ち待った無し。

 しかし彼女のギフトは自己再生。オフェンスには向かないし、再生能力を利用した人間爆弾などという非道はさすがに気が引ける。そもそもダイナマイトすら発明されていないこの世界で殺傷能力の高い爆弾など無いからね。

 どうやら俺の前世は理系ではなかったらしく、ダイナマイトの原理どころか黒色火薬すらそういう単語があるという程度しか知らない。理系であったなら技術革新無双とかもできたはずなのに、つくづく惜しい。転生希望者はジャンクフード食いながらゲームばっかりしてないで、そんな暇があったら化学か料理の知識を学習しておくことをオススメする。


◆◆◆


 人間が生きるには最低限衣食住というものが必要であって、人外戦術兵器であるところのギフト持ちでも理から逃れることは出来ない。

 とは言え極稀に睡眠不要や空気中から栄養が摂れるといった人外オブ人外のギフトもあるらしいので何事にも例外は存在するのではあるが、たいていのギフト持ちはそこまで人間を辞めているわけではないので普通に食うもの寝るところが必要である。

 そんなわけでこの国立騎士学院にも実家が都内の通学生を除く、地方から出てきた学生のために学生寮がある。むしろ帝都出身者にも寮生活が推奨されている。ぶっちゃけると、まとめて管理した方が楽という話である。ここを管理収容矯正施設と認識してしまうと癪にもさわるがそこは国立、オール無料、他人の納めた税金で食う飯は旨い。

 俺ことマルコ・リュミナエリもそこで起居しており、残念なことに個室とはいかずに同居人、お洒落に言えばルームメイトがいる。

 ある程度寄付金を積めば個室も借りられるのだが、我が家の完全無課金という方針上そこは耐えるしかない。

 同居人の名は、覚えるのもめんどくさいのでモブ男としておこうか。このモブ男もその他7組の同級生で──いや、級友なら名前くらい覚えようよ。だから田舎を出るときに見送ってくれる友達すらいないんだよ。

 こういうルームメイトって掘ったり掘られたりあるいはレズったりレズられたりというのが普通なのかなーって偏った知識をもとに、最初のうちは後ろの処女を堅守すべく、就寝時も気を張っていたのだが、俺の取り越し苦労というか予想通り薄い本読み過ぎ知識が先行していただけでそんなことはなかった。聞けばモブ男もまた俺のことを警戒して、寝るときは菊門に気を集中していたらしい。お互い様という奴だ、ははは。

 モブ男の実家は帝都から少し離れた、と言っても乗り合い馬車で小一時間ほどの新興住宅地で、比較的最先端の流行に触れやすく、幼い頃からたびたび都心に来ては観劇やらショッピングやらを楽しんでいたらしい。この都会っ子め、地方出身者として舐められるわけにはいかねぇ。

 などと対抗心を燃やしていたのだが、持つ者の余裕か、あまり好戦的な性格をしていないので、これまた拍子抜けした。どころか、

「ああ、田舎暮らしには憧れるなぁ。俺も卒業したらどこかの農村の木っ端役人にでもなってスローライフと洒落込みたいなぁ」

 などと抜かしやがる。

 それはいかにも都会人の考えそうな理想の田舎像であって、実際はもっと陰湿殺伐としており、近所のおばはん監視網のなか身を縮こませるように目立たず騒がずが真の田舎ライフなんだよ!

 と説教してやりたくもなったが、他人の夢をぶち壊すのも無粋なので、

「それもええなぁ、結局のところ人間、分相応の穏やかな人生が一番じゃからのう」

 などと適当に話を合わせておいた。

 モブ男のギフトは一定距離内の節足動物を殺すという、文字面だけ見たら凶悪だが、要は人間蚊取り線香だ。ある意味モーレツに便利ではあるが特に他人に誇れるものではない微妙な能力である。もちろん国同士の超人バトルでは一切役に立たないのは言うまでもない。

 とは言え、同居人としては快適な暮らしのために超絶役に立ち、なおかつ命の危機を心配することもないという、現状これ以上は望むべくもないベターな存在である。俺なんかよりナンボも世のため人のためになる。

 こんな微妙能力があっても就職に有利になるかどうかはわからんが、蜂の巣退治とかでは活かせるのではないだろうか。いや、シロアリ駆除にも活躍しそうだな、存外奴の望む分相応のスローライフに適した能力なのかもしれない。どころか意外と金の成る木のような気がする。

 ガチャゲーのプレイヤーたる帝も、ただのコレクター気質なだけではなく、その辺の実利も考えて微妙能力者をキープしているのかもしれないな。

 とまあ、特に華のない男子寮同居人の話はそこそこで切り上げておこう。本筋とはたぶん関係ないので。たぶん関係ない、よな?

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