02.強大すぎるふたつの力

 さぁ、読書りょこうの時間だ─。


 たった今、ひとつの時代が終わろうとしている。

 荒野には、ふたつの影。

 大魔王、ゾリディア。この時代を破壊の恐怖によって支配してきた男。己の身ひとつで魔界全土の魔物を統べ、圧倒的な力をもってして人間界をも統制しようとしていた。人間界に魔艦隊と共に降りてきては、街を焼き、国を消し。その全てを奪い去っていった。

 ゾリディアの向かいに立つ男。彼の名は勇者オーランド。彼は人間界において唯一ゾリディアに対抗しうる人物である。小さな田舎の村出身の彼だが、ボルニア王国の騎士団長にまで登りつめた。彼の振るう剣は閃光の如し。幹部レベルの魔物ですら一振りで屠ってしまう。

 暴虐の限りを尽くしていたゾリディアだったが、勇者オーランドによってたった今、その命を永遠に封印されようとしていた。

「これで終わりにしよう、ゾリディア。おれも、お前も。もう・・・終わりにしよう。」

「ふざけるな!まだだ。まだ全てを手に入れてない。」

 二人の身体はとうに限界を迎えていた。もうお互いの姿すらも見えてはいないだろう。わずかに聞こえる声と、そして何百年もの間戦い続けてきた宿敵の殺気でのみ、お互いを認識していた。

「こんな戦いは、俺たちで終わりにしなきゃならない。お前はここで確実に封じる。」

 言って、オーランドはその手に握られた剣を地に深く刺す。そして、詠唱—。

「鎮めよ、その魂を!応えよ、我が呼びかけに!聖なる心に従い、ここに召喚する!!!」

 剣を中心に、光の波紋が広がる。波紋は徐々に大きくなり、そして、一瞬にして収束。光線となり一筋に天へと向かう。空を穿ち、そこから魔法陣が現れる。

「荒立てよ、その魂を。応えよ、我が呼びかけに!憎しみの心に従い、ここに召喚する!!!」

 ゾリディアの詠唱。杖を天に掲げる。何も無かった空間から漆黒の球体が現れ、不気味に漂う。球体はしばらく宙を舞ったのち突如として膨張をはじめ、辺りを闇に呑み込んでいく。光を喰い、空間を喰い、そして遂に球体はその形を留めていられなかったかのように破裂。中から巨大な繭が現れた。

「いでよ、ヴァルキュリア!!」

「いでよ、バハムート!!」

 一方は空の魔法陣から、一方は暗黒の繭から、ほぼ同時にその姿が現れる。伝説の戦姫、ヴァルキュリア。破壊の滅龍、バハムート。ふたつの強大すぎる力は空間そのものにひびを入れる。大地が割れ、天が割れ、まるでこの世の終わりであるかのような舞台を創る。そして。バハムートは大きくその口を開き、力を溜めはじめる。辺りから黒い線が集まり、徐々に球体が生成された。ヴァルキュリアはその美貌に似つかわない巨大な剣を掲げ、先に光の輪を作り出す。光の輪は力を溜め込んで震え、その巨大さを増していく。

 そして─。ふたつの強大な力は正面から衝突し、全てを無に返す。衝突点を中心に、全てが壊れていく。

「さらばだ。オーランド。」

「ああ、ゾリディア。次は敵ではなく、仲間として─」

 

 消滅。静寂が訪れた。







 


 荒野には、ふたつの巨大な影。強大すぎる力。バハムートとヴァルキュリア。主人を失った彼らは同時に行き場を失った。

「おい、今のどっちの勝ちだ。」

 バハムートが言う。ブレスは体に相当の負荷を与えるらしかった。口から黒い煙をぼふりと漏らし、時折咳き込んでいる。

「さぁね。引き分けでいいんじゃない?どっちの術者も死んじゃったわけだし。」

 ヴァルキュリアが言う。澄ましているがこちらも体への負担はあるようだ。息があがっている。

「2万年前と同じか。つまんねぇ。」

「わたしはまたわたしを召喚できるくらいの勇者か賢者かが現れるまで人間界こっちで眠りにつくわ。あなたは?」

 ヴァルキュリアはいかにも眠そうに伸びをしながらバハムートに問う。

「俺は帰るよ。神界あっちに。こんな退屈なところやだ。」

「本気?逆召喚なしで帰ろうとしたら9千年くらいかかるわよ。」

「いいんだ。のんびり帰るよ。しばらくはゾリディアほどの召喚士は現れないだろうし。」

「へぇ。気に入ってたんだ、あの魔王。」

 会話をしながらも、ヴァルキュリアはきつく結んでいた髪をほどき、鎧を脱いですでに簡単なインナー姿になっている。

「まぁ確かに。あの瀕死状態でわたし達を召喚できたのは評価に値するわね。今回はどっちもなかなかに優秀だったのかも。」

 鎧をまとめ、巨大な剣を握る。

「じゃ、まあせいぜい道中気をつけるんだよ。わたしは寝るわ。」

 剣を地面に刺し、何かの呪文を詠唱する。すると彼女が現れた時と同じような魔法陣が現れた。その中にまずは剣を、次に鎧を、ぽいぽいと投げ入れていく。最後に自分自身が片足を入れ、捨て台詞のように、

「おやすみ。」

 そう言い残してすっぽりと魔法陣の中に消えてしまった。そこにはもうヴァルキュリアの気配も、魔法陣の光さえも何一つとして残っていない。まるで何もなかったかのように消えてしまった。

「……さて、俺もいくか。」

 閉じていた巨大な翼をゆっくり開き、その足に力を込める。それだけで、辺りは震え、地鳴りが響く。そして地面をひと蹴り—。隕石が落ちたのではないかと思うほどの衝撃とともにバハムートは飛び立った。ものすごいスピードで空を駆け上がり、その姿はあっという間に見えなくなってしまう。


 今度こそ—。



 静寂が訪れた。

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Master Plan まみあ @Hayabusa016258

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