第14話・朝ごはんのあとで・・・

 マグカップにお湯をそそぐと鼻孔をくすぐるコーヒーのいい香りが部屋中に広がっていくのが分かる。

「それじゃあ」

「うん」

「「いっただっきま~す」」

 結局2人は下着エプロンのまま朝ごはんを食べていた。

 樹は何か着たほうがいいと言ったのだが、食後にシャワーを浴びるのだからこのままでいいという立夏に押し切られる格好になっていた。

 立夏はトーストに〝パクっ″と豪快にかぶりつくと、チーズの糸を引きながら噛み千切りもぐもぐ食べていた。

「立夏さん落ち着いて」

 だが、朝ごはんがよほど美味しかったのか、彼女は口をもぐもぐさせたまま、

「樹、これ、ふごくおいひい」

 と親指を立てていた。

「ホント!?」

「うん。おかわりしたい」

「じゃ、じゃあ、また作ったら食べてくれる?」

「うん」

 立夏が笑顔でそう返事すると、

「ありがとう立夏さん、なんかすごく楽しい」

 樹は嬉しいと照れくさいが混ざり合ったような表情で立夏を見つめた。

「え!?」

「うち、お父さんもお母さんも仕事が不規則で、いつもご飯は独りで食べてるから、だからこうやって立夏さんと一緒に食べれてすごく楽しい。

 また食べに来てね」

 そして、照れながら嬉しそうにそう言っていた。

「うん」

 2人は笑顔でトーストを頬張っていた。



「「ごちそうさまでした」」

「後片付け手伝わせて」

「うん」

 食べ終えた食器を立夏が洗い、樹が拭いて食器棚に片付け終えると、

「後片付け終わり」

「うん」

 そう言いながら2人はハイタッチしていた。

「じゃあ次はシャワーね。立夏さん先に入って」

「それなんだけど、ね、一緒に入ろう」

「え!?」

 立夏からの思うがけない提案に、樹は驚きの声を上げていた。

「だって、もう8時になっちゃうし、その方が時間を短縮できるから、ね」

 それに対し樹が、

「り、立夏さんがそれでいいのなら私はいいけど・・・」

 と言うが早いか、

「よし、決まり。じゃあ早くいこう」

 と、樹の手を引っ張って脱衣室まで行き、普通にエプロンとぱんつを脱いでいた。

「!?」

 曇りガラスの小窓から差し込む朝日に照らされる、鍛え抜かれた格闘家と女性アスリートが融合したかのようなプロポーションに樹は改めて見とれていた。

「で、デッサンしてぇ」

「え!?」

「あ!!な、なんでもない」

 と慌てふためく樹をよそに、

「あ!!」

 立夏が何かを見つけていた。

「え!?なに?」

 立夏の視線を追うと、そこにあったのは体重計だった。

「樹、これ使ってもいい?」

「え!?いいけど」

「じゃあ、お借りします」

 そう言って体重計に乗ると、目盛りを見た彼女は小さくガッツポーズをしていた。

「どうしたの?」

「うん、ベストをキープしてた」

「ベスト?」

「あ!!空柔術の試合は階級別と無差別級があるんだけど、階級って体重で分けられてて、試合前の計量でその階級の体重を1グラムでもオーバーしてると即失格になるんだ」

「そんなボクシング漫画みたいなこと本当にあるんだ!!」

 それがルールとはいえ、あまりに厳しい話に樹は驚きを隠せない。

「うん。だからウチの脱衣場にも体重計があって、毎日こうやって測ってるんだ」

「こうやってって、・・・裸で?」

「うん。裸が一番正確な体重が測れるんだよ」

「まぁ、確かにそうだけど」

「樹はちゃんと毎日体重測ってる?」

「え!?なんで?」

「身に覚えのない体重の増減は身体の異常を知らせる一番身近なサインだから」

「マジで???」

「うん。だから毎日測ったほうがいいよ。

 ていうか、明日って内科検診と身体測定がああるんじゃなかった?」

「あ~っ!!そうだ。・・・じゃ、じゃあ、ちょっと測ってみようかな」

 樹はそう言うと恐る恐る体重計に乗った。

「・・・う」

 そして、目盛りを見たまま硬直していた。

「どうしたの?」

 だが、立夏が心配そうに覗き込もうとすると大慌てで降り、

「そ、そりゃあ、着てたら、正確に測れないよね」

 と言いながらエプロンを脱いでいた。

「樹?」

 そして今度は、そぉ~っと薄氷を踏むように体重計に乗っていた。

「どう?」

 そう立夏が訊ねるが、樹はまたも無言のままで降り、

「し、知らなかった」

 と震える声で言っていた。

「なにが?」

 その顔を立夏が心配そうに覗き込む。

「・・・ぱ」

「ぱ?」

「ぱんつって、すっごく重いんだね」

「は?」

「でも、なんでこんなに重いんだろ?もしかして私とぱんつのシンクロ率が100を超えた?いや、実はこのぱんつそのものが使徒なのかも・・・」

 そう言いながらぱんつを脱ぎ捨て、洗濯機の中に放り込むと、樹は三度みたび体重計に乗っていた。

ってなに?」

「え!?エヴァ知らないの???」

 そう驚きながら目盛りを見た彼女は、

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 今度は膝から崩れ落ちるようにへたり込んでいた。

「だ、大丈夫?」

 立夏が心配そうに抱き起すと、

「だめ」

 と、樹は遠い目をしながら呟いていた。

「え!?」

「もう、こうなったら体重測定の前にサードインパクトを起こすしかない。立夏さん」

「なに?」

「お願い、一緒に『翼をください』歌って」

「え!?なんで?」

「ホントにエヴァ知らないんだぁ~」

「それと体重測定とどんな関係があるの?」

「そう、今は体重測定。『明日、体重計に乗った瞬間に異世界転生』は設定的に無理があるかな?いや、もうこうなったらやたら眉毛の太い、氷のような眼光のスナイパーに依頼して、学校中にある体重計を全部狙撃してもらうしかない。ね?立夏さん」

 だが、肝心の立夏は、そうくし立てる樹にどう答えていいか分からない様子で、

「樹、その、とりあえずシャワーしよ?」

 と諭すように言っていた。

「・・・うん」

 困り気味の立夏を見てちょっぴり反省した樹だったが、

「あ、ちょっと待って」

 そう言うと裸のままどこかへ走っていってしまった。

 自宅とはいえ、いきなり全裸でどこかに行かれてしまい、立夏はその後ろ姿と遠ざかる足音を見送るしかなかった。

 すると、今度は足音が近づいてきて、

「おまたせ」

 元気一杯に脱衣場に駆け込んで来た彼女は、両手にいくつかの服や下着を持っていた。

 昨日2人が脱いだそれらと、脱衣カゴの中にあった自分と立夏のエプロンや下着を洗濯機の中に入れていく。

「樹、いいよボクのは、ウチで洗うから」

「それだと洗うの明日になっちゃうでしょ?大丈夫、私のを洗うついでだから。それに、今洗ってお風呂上りに干しとけば夕方には乾いてるから」

「ありがとう」

「気にしない気にしない」

 樹は立夏の背中を押すように風呂場に入っていった。

 コックをひねると天井近くのフックに掛けられたシャワー水栓からお湯が雨のように降り注ぎ、2人の身体を濡らしていく。

「あ~。気持ちいい~っ」

「うん」

「ごめん樹、シャンプー貸して」

「リンスインしかないんだけどいい?」

「あっ、ウチもこれと同じの使ってる」

「ホント?」

「うん。ウチ大家族だから少しでも節約しなきゃって母さんが、・・・ウチの母さん節約大魔王だから」

「ウチもそう」

 そう言いながら樹が笑う。

(え!?)

 その時だった。

 シャンプーを手に取った立夏が、何故かを樹の頭に垂らし、濡れた髪を優しく泡立てるようにマッサージし始めたのだ。

(え!?なに!?なにこれ!!なんのプレイ???)

 どうしていいか分からず、ただ立ち尽くすしかない樹と立夏の目があった。

 そこで立夏は〝ハっ″と我に返った。

「・・・ご、ごめん樹、ついで」

「いつものって?」

「うん。実はウチの道場、昔は療養所だったとかで、でっかいシャワー室が2つあるんだ」

「それ凄いね。なんか歴史を感じる」

「うん。それで、いつも稽古終わりに皆でシャワー浴びるんだけど、その時に幼稚園とか低学年の子の頭を洗うのがボクの日課で」

 樹は立夏お姉さんがちっちゃな女の子たちの髪を洗う姿を想像し、思わず癒されていた。

「あ~、なんかほのぼのする」

「母さんが妊娠してた時に双葉にそうやって洗ってもらっていたから、そんなことしちゃうのかな?でも樹をそんな風に見てるんじゃないよ。

 その、うまく言えないけど、樹のことかわいいなって思う」

「か、かわいい?」

「ボクのほうが年下なのに変でしょ?でも樹のことがかわいいの。

 ・・・その、なんて言えばいいんだろう?年上の妹ができたみたいな、・・・ごめん、ぜんぜん上手く言えないや」

「それ分かる」

「ホント?」

「うん。昨日も言ったけど私も立夏さんのことかわいいって思ってる」

「ほ、ホントに?」

「私も立夏さんのこと、とってもかわいい年下のお姉さんができたみたいって思ってる。それから、守ってあげたいって思ってるよ」

「ありがとう」

「それでね、立夏さん」

「なに?」

「私も立夏さんの髪を洗いたいんだけど、いい?」

「え!?」

 樹からの思わぬ提案に、立夏は驚きの声を上げる。

「だめ?」

 だが、そう言いながら見つめられ、立夏は頬を赤らめながら思わずうつ向き、

「ううん、いいよ」

 そう返事するので精一杯だった。



                            〈つづく〉










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とりあえずハイキック 木天蓼 亘介 @w7089-33152w

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