第13話 朝がきた・・・

「お母さ~ん、どこ?」

 どこまでも続く暗闇の中を、立夏は泣きながら歩いていた。

 しかもその身体はいつの間にか幼女に戻っていて、彼女は歩くことさえままならない状況の中、必死に母親の姿を追い求めていた。

「お母さんお願い、立夏を一人にしないで」

 もう一歩も動けなくなり、座り込んだまま泣き続けていると、暗闇に支配された世界にどこからか光りが射し込んでいた。

「・・・か」

「!?」

 光りに中から微かに聞こえる、聞き覚えのある声に立夏はハッと泣き止んだ。

 そして、最後の力を振り絞るように立ち上がると、光に向かって歩き始めた。

「・・・つか」

 光りに近付くにつれ、声がだんだんハッキリと聞こえて来る。

「りつか、りっちゃん」

「・・・お母さん」

 そう。それは自分を呼ぶ操の声だった。

「りっちゃん」

「お母さ~~ん」

 立夏は駆け出すと、しゃがんで両手を広げる母の胸に飛び込んだ。

「お母さん」

 その勢いのまま後ろに倒れ込むと、何故かそこはベッドの上で、2人もいつも間にかパジャマ姿になっていた。

 立夏が操のパジャマのボタンを慣れた手つきではずしていく。

「もう、りっちゃんたら、あなたもうすぐお姉ちゃんになるのよ」

 半分呆れた様子の操に見守られながら、立夏ははだけたパジャマからあらわになった母の胸に顔をうずめるように乳首をくわえ〝ちゅっちゅ″しながら、もう片方の乳首を指で摘まんでいた。

「りっちゃんは本当に甘えん坊さんね」

「えへへ」

 頭を優しく撫でられ、立夏は母の顔を見ようと視線を上げた。

「!?」

 が、なんとそこにあったのは、笑顔で自分を見つめる樹の顔だった。

「え!?樹?」

 その瞬間、立夏は出し抜けに目を覚ましていた。

 そして初めて自分が寝ていたことに気付いた。

(???え!?・・・あ、夢?夢かぁ~)

 ほっと胸を撫で下ろした彼女は、その時になって初めて自分が何か柔らかくて温かいものの上に乗っかかり、しかも何かを咥え、更には握る指をはじき返す張りと弾力を持った〝何か″をむにむにと揉んでいることに気付いた。

 よく見るとは、女性の乳房だった。

「!!」

 恐る恐る視線を上げて行く。

「!?」

 すると、疲れ果てた表情でこちらを見る樹と視線が合った。

「!?」

〝ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ″

「「わっ」」

 その時突然鳴り響いた大音量に驚いた2人は、掛布団を蹴散らすように飛び起きていた。

「な、なに?」

 と、取り乱す樹。

 だが立夏は、に聞き覚えがあった。

「え、えっとごめん。ボクのスマホ」

「え!?」

 ワケが分からず彼女の声が聞こえた方を振り向いた瞬間、樹の唇が立夏の唇に触れていた。

「「!!」」

 いや、それは触れたなどというレベルではなかった。

 昨日の保健室での出来事はまさに偶然触れただけの事故案件だったが、今回のは二枚の歯車がガッチリ噛み合うように唇同士が重なり合っていた。

 そして2人は、飛び起きたあと裸のまま〝ぎゅっ″と抱き合っていたことに、この時初めて気付いた。

「「・・・」」

 どうすることも出来ず、いや、どうしていいか分からず、唇を重ねたまま超至近距離で見つめ合う2人。

 実際は1~2秒。しかし2人にとっては未来永劫ほどの時間は過ぎ、意を決したように先に唇を離したのは立夏だった。

「あ、あの、樹」

「な、なに?」

 気まずさとか恥ずかしさとか、いろんな感情が混ざり合い、2人は顔を耳まで真っ赤に染めて見つめ合う。

「す、」そう言うと、立夏は気まずそうに口ごもってしまった。

「す?」その表情から樹は、尋常ならざる何かを感じ取っていた。

(すって、まさかその続きはなに?ま、まさか『好き』?)

「ちょ、ちょっと待って、私たち女の子同士だし・・・」

「スマホ見てもいい?」

「それにまだ心の準備が、・・・え!?」

「いい?」

「・・・うん、いいよ」

 樹がそう返事すると立夏は身体を離し、スマホを取るために四つん這いになった。

 そして樹は、そんな彼女の雌豹のような、しなやかなボディラインに見惚れながら、なんでもかんでも百合と結びつけてしまう自分のヲタク的思考回路をちょっぴり反省していた。

「ええっ!!うそっ!?」

 その時、突然立夏が驚きの声をあげていた。

「どうしたの?」

 樹が慌ててそちらを見ると、目の前に四つん這いの立夏がいて、彼女にスマホを突き付けていた。

「これを見て」

 そこに写し出されていたのは待ち受け画像だった。

 だが彼女の視線は差し出されたスマホではなく、その向こうにあるものに釘付けになっていた。

 驚きの表情でこちらを見る立夏の頬から顎にかけてのラインからチラッと見える鎖骨。

 そしてその下の、うつ伏せになっても形が崩れない〝たわわ″に実る豊潤な果実のような若々しい張りを保つ2つの膨らみから、彼女は目を逸らすことが出来なかった。

「スゴいきれい」

「え!?」

 立夏のその声で、樹は自分が彼女の胸に見惚れていたことに初めて気付いた。

「あ、あの、・・・」

 思わず逸らした視線に飛び込んで来たのは、待ち受けの流れる滝の画像だった。

「滝、この待ち受けの滝スゴいきれい、これどこで撮ったの?」

「え!?滝?」

「うん」

 もちろん彼女は〝滝ガール″ではない。

 が、その後ろめたさからかぐらい熱心な素振りを見せる。

「これは、おばあちゃん家の近くにあるんだけど、そんなに気に入ったのなら今度一緒に見に行く?」

「え!?いいの?」

「うん、いいよ。って、今はそうじゃなくて時間を見て」

「時間?」

 言われるままに画面の隅の時計を見ると、朝の7時と表示されていた。

「どうしよう、まる1日寝ちゃってたんだよ」

(立夏さん、それは違う)

 彼女が発した一言に、樹は心の中でそうツッコミを入れていた。

 確かに立夏は安心したかのように爆睡していた。

 それは樹も同じだった。

 が、それは突然起きた。

 樹は夜中に、温かい何かに圧し掛かられるように抱き締められる重みと、いまだ成長途中の膨らみの、その頂点で重力に逆らうように〝つん″と上向く桜色のちっちゃな蕾が柔らかいものに包まれ吸われる甘い痛みに目を覚ました。

 「!?」

 彼女が驚くのも無理なかった。

 その目に飛び込んで来たのは、脚に脚を絡めるように自分を〝ぎゅっ″と抱き締め、しかも自分の乳首を赤ちゃんみたいに吸う立夏の姿だった。

「り、立夏、さん?」

だが返事はなかった。

そう、彼女は寝たまま樹の乳首を吸っていたのだ。

(これって・・・)

そこで樹は、昨日の立夏の告白を思い出した。

「ボク、指を〝ちゅっちゅ″しながらじゃないと寝れなくて」

昨日、彼女が抱える不安を話してくれたこともあり、樹は立夏にされるがまま彼女を〝ぎゅっ″と抱きしめ頭を優しく撫で続け一睡もしていなかった。

「あ!!母さんからメール来てる」

「操さん、なんて?」

「『もう朝よ。あなたいつまで樹ちゃんのウチにいるの?今すぐ帰ってきなさい』だって。

 ちょっと待って、返信するから、

 ・・・えっと、今日は樹とデートなので夜まで帰れません。

 今、トレーニングウエアとスマホしか持ってないので、下着と服の着替えと財布を持ってきて、お願い。送信っと」

「デートって」

「だって、デートじゃん」

「あ、返事きた」

「なんて?」

「・・・勝負下着持って来るって」

「えっ!?」

「気にしないで、母さんには後でよ~く言い聞かせておくから」

「・・・うん。じゃあ操さんが来る前にシャワー使って、その廊下の右側にお風呂場があるから」

「え!?樹は?」

「私はその間に朝ごはん作るから。トーストでいい?」

「え!?悪いよそんなの」

「いいの、立夏さんはお客さんなんだから」

「ううん、そんなのやっぱりダメ、ボクも手伝うよ。というより手伝わせて、お願い」

 そう言いながら手を合わせ〝お願い″のポーズをする。

「か、かわいい」

 まさに〝凛とした″とか〝カッコイイ″という言葉がピッタリの立夏のお茶目な姿に、樹は思わずそう呟いていた。

「え!?」

「わかった。じゃあ冷蔵庫から食パンとベーコンと玉子出して、ってその前に何か着たほうがいいよ」

「うん。じゃあ朝ごはんの準備が終わったら着るよ」

「だめ、油が飛んだら火傷しちゃうから、じゃあ、これを着て」

 そう言いながら、もう一つのエプロンを差し出す。

「ありがとう」

 2人はノーブラのままエプロンを着け、裸エプロンならぬ下着エプロン姿で朝食作りに取り掛かった。

 樹がケトルでお湯を沸かしながらフライパンに油をひく横で、立夏が食材を並べていく。

「次は何しようか?」

「あの食器棚からお皿とマグカップ出して」

「了解」

 立夏がマグカップとお皿を運んでくると、、樹は調理の真っ最中だった。

 チーズをのせたパンをトースターで焼いている間に、フライパンでベーコンエッグを作りつつ、マグカップにインスタントコーヒーを注いでいく。

「樹すごい!!手際いい」

「え~!そんなことないよ。朝は時間がないから自然とこうなったというか、・・・」

 その時、〝ピ~~~~~~~っ″というけたたましい音を立ててケトルのお湯が沸き、〝チンっ″と、トースターがパンが焼けたことを知らせてくれていた。

 すると樹は、ベーコンエッグをフライ返しで半分に切り、チーズトーストの上に乗せていた。

「樹、これって!!」

「そう。あの国民的冒険アニメ風の朝ごはんを作ってみました」

「スゴい!!あ、でもこれ食べたら、その、光る石とか世界の危機とか人間がゴミのようとか、大変なことに巻き込まれない?」

「あ!!それ、いけるかも」

「な、なに?」

 突然閃いたように大声をあげた樹に、思わず立夏も戸惑う。

「拳法使いの元女傭兵がいて、彼女がたまたま助けた女の子が実は世界の命運を握ってて、逃避行しながらその子を奪いに来る軍隊やマフィアたちと死闘を繰り広げるってのはどう?」

「どうって?」

「これ、イケないかなぁ?ん?似たようなアニメとドラマが前に某国営放送でやってたような・・・」

〝ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ″

 その時、再び立夏のスマホが鳴った。

「操さんから?」

「うん。玄関の前にいるって」

〝ピンポーン!″

「は~い」

 そう返事しながら玄関へ駆けていく立夏の後ろ姿を見て、樹はハっと我に返った。

「立夏さん、ダメっ」

〝ガチャ″

 だが時すでに遅し。

 彼女はドアを開けていた。

 そこには操がいた。

 そして娘の姿を見た瞬間、母の目は点になっていた。

「立夏、なに?その格好!!」

「え!?・・・あ!!」

 立夏は、その時初めて自分がノーブラにエプロン姿のままだったことに気付いた。

 2人が着ているエプロンは胸元から膝上まである生地を首紐で吊るし腰紐で結んで留めるタイプで。

 胸の部分は、桜色の蕾が〝つん″と自己主張していることが豊潤な膨らみに押し上げられた生地の上からでもハッキリ分かり、しかもが蕾までを隠せるぐらいの幅しかないため、そこからこぼれ落ちそうになっている外側は丸見えで、ノーブラなのもだった。

「立夏、あなた、人様のお宅で何て格好・・・」

「ち、違うんです操さん」

 そこに慌てて駆け付けた、同じエプロン姿の樹を見て、操は更に言葉を失っていた。

「あなたたち、そんな格好で何してたの?」

「これは、その、朝ごはんとシャワーを同時にしようとしたらこんなことに・・・」

「朝ごはんとシャワーを同時に???」

 そういぶかしむ操に、

「はい。今、2人でを作ってたんです」

 そう言いながら彼女が目の前に差し出したベーコンエッグトーストを見た瞬間、操の目付きが変わった。

「なにこれ、樹ちゃんが作ったの?」

「いえ、あの、私と立夏さんの2人で・・・」

「ううん、違うよ。ボクはお皿とか並べるの手伝っただけ。これは樹が作ったんだ」

「ねぇ、写真撮ってもいい?」

 だが操は、2人の話しよりも樹が作った朝ごはんに感心しきりの様子で、バッグからスマホを取り出していた。

「え!?いいですけど」

「ありがとう。本当は樹ちゃんのバストショットと一緒に撮りたかったけど裸エプロンじゃ無理ね」

「母さん、なに言ってるの?」

 操は残念そうな様子で樹が手に持つ皿に盛られたトーストだけを撮影していた。

「じゃあお母さん帰るから。立夏、そんな格好で外に出ちゃダメよ」

 そう言いながら紙袋を手渡す操に、

「出るか!!」

 立夏はそうツッコミながら思い切りドアを閉めていた。

 そして、母があまりにあっけなく帰ったことに拍子抜けしながら、

(これは何か裏がある)

 と直感していた。

 そしては遠からず当たっていた。

 操は、樹が作った朝ごはんの写メを下の息子2人に見せることで頭がいっぱいになっていたのだ。




                           〈つづく〉













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