第12話 立夏さん家の家庭の事情

「ありがとう」

 そう言いながら、今度は樹が立夏に抱きついていた。

「よし、そうと決まったら明日のために鋭気を養わなきゃ。少し休もう」

 そう言って、布団を首まで掛けて目を閉じようとした樹の手を、立夏が‶ぎゅっ″と握っていた。

「?」

 横を見ると、うつむいた立夏の顔が耳まで真っ赤にくなっていた。

「どうしたの?顔、真っ赤だよ、大丈夫?」

「・・・う、うん」

 立夏はうつむいたまま樹から視線を逸らし‶もじもじ″している。

「あ、もしかしてトイレ?」

「ち、違うよ」

 立夏は思わずおおきな声で否定していた。

 そして、すぐさまに気付き、大慌てで口をつぐんでいた。

「・・・ごめん、大きな声出して」

「ううん。どうしたの?」

 樹が優しく話し掛けると、立夏はまた‶もじもじ″しながら小さな声で話し始めた。

「あ、あのね、樹にお願いがあるんだ」

「え?なに?」

「あ、あの、その、・・・‶ぎゅっ″って抱きしめてもいい?」

 ミカヅキの衣装についての注文だろうか?

 そう思っていた樹は、その言葉の意味をすぐに理解することが出来なかった。

「・・・え!?え~~~~~~~~~っ」

 一拍おいてから驚きの声をあげた樹の口を、また立夏が大慌てで塞いでいた。

「樹っ」

 2人は思わず互いの瞳を見た。

「声、大きすぎ」

 そう言いながら、立夏は樹の口からそっと手を離した。

「ごめん。でも、突然そんなこと言われたら誰だってビックリするよ」

「そ、そうだよね。こっちこそ、ごめん」

 そう話す間にも、立夏の顔が頭から‶ピ~っ″と蒸気が噴き出してもおかしくないぐらい耳まで真っ赤に染まっていく。

「その、笑わないで聞いてほしいんだけど、・・・実はボク、」

 尋常ならざる空気が樹にもひしひしと伝わってくる。

(え!?これって、もしかして、今度こそ・・・本当に告白!?)

「ちょっと待って・・・」

「ボク、何かを抱きしめていないと眠れないんだ」

「まだ心の準備が・・・え!?」

 樹は‶ハトが豆鉄砲をくらった″みたいな顔で立夏を見ていた。

「それって、どういうこと?」

「ええっと、あのね、ボク、物心ものごころつく前から、その、寝るときは母さんに‶ぎゅっ″ってしがみついてたんだって」

 それを聞いた樹は、今の顔をアニメチックにデフォルメした赤ちゃんの立夏が、コアラみたいに操にぎゅっと抱きつき眠っている様子を想像していた。

(か、かわいい)

「そ、それでね、それだけじゃなくて・・・」

 そこまで話したところで、立夏は顔を真っ赤に染めてうつむいてしまった。

「どうしたの?」

「え、えっとね、聞いても笑わない?」

 そう言いながら樹を見つめる彼女の顔は真剣そのものだった。

 何事だろうか?

 でも、その表情から察するに何か深刻なことなのだろうと想像できる。

 その気迫に押されるように、樹は立夏の手を握り、

「うん、笑わない。だから話して」

 彼女の瞳をまっすぐ見つめながらそう応えていた。

「うん、・・・誰にも言わないでね。ボク、母さんに抱きついて寝てた時はずっと、その、母さんの、・・・おっぱいを‶ちゅっちゅ″してたらしくて・・・」

「え!!」

「でも、双子の弟たちが生まれたらそれが出来なくなって、弟たちに母さんを取られたと思って、『母さんにくっついて寝たい』って泣き叫んだんだって」

「あ~、嫉妬みたいな感じ?」

「そしたら母さんが自分と同じぐらいの大きな抱き枕を買ってきて」

「なんで?」

「これを母さんだと思って抱きついて寝てって」

「それ、少し違うような気が・・・」

「うん。うろ覚えだけどボクもそう言ったと思う。・・・で、これだけはハッキリ覚えてるんだけど、そしたら、抱き枕で寝れるようになったら、サンタさんがクリスマスに『DXヴァイオレット・クリスタル・チェンジャー』を持ってきてくれるって」

「そうきたか~」

 樹は思わず『してやられた~』な表情で立夏を見た。

 ヴァイオレット・クリスタル・チェンジャー。

 それは、今から10年前にやっていた魔法少女アニメ、『ソーラー戦士・レインボーリボン』で、最初は敵の幹部だったのだが、彼女に嫉妬する味方の罠にはまり、処刑されそうになったところをレインボーリボンに助けられたのをきっかけに、7番目の戦士ヴァイオレット・リボンになるギルティア・ヴァイオレットの変身アイテムだ。

 しかもDX版のそれは、アニメの設定通りチェンジャーから武器に変形し、音と光りのギミックも全て再現できるという優れものだった。

「で、頑張って抱き枕にしがみついてナンとか寝れるようになったんだけど、そしたら、気付いたら、逆に抱き枕がないと寝れなくなっちゃって・・・」

 と、立夏が困り果てた顔で訴える。

「本当に寝れなくなっちゃたの?」

「うん。しかもね、もう一つ困ったことに、その、親指を‶ちゅっちゅ″しないと寝れなくて」と、親指をしゃぶる仕草を見せる。

「そうなんだ」

 自分の告白に対する相手の反応を、それこそ一挙手一投足まで気にするような、凄く不安そうな視線でこちらを見つめる立夏に樹は、

「ありがとう、話してくれて。大丈夫、誰にも言わないよ。あ、宿泊研修とか修学旅行の時はどうしたの?」

 と、安心させるように返していた。

「枕を持っていけなかったから一睡もしてない」

「え~~っ!!え?でも昨日、保健室で寝てたよね?」

「だ、だから、あれは、その・・・樹を抱きしめてたから・・・」

 立夏は、顔を真っ赤にしてうつむいたまま、消え入りそうな声でそう言っていた。

「え!?えぇぇ~~~~~~っ!?」

「樹」

 思わず大声をあげてしまった樹の口を、またしても立夏が手で塞いでいた。

「声、大きすぎ」

「ごめん。じゃなくて、それってどういうこと?」

「だから、樹の寝顔見てたらボクも眠くなって、でも、昨日の今日というか、もう一昨日おとといの昨日になっちゃたけど、あんなことがあったばかりだから、目が覚めた時にボクがいないと不安かなって思って同じベッド入ったんだ」

「うん、保健の先生から聞いた。すごく嬉しかったよ」

「でもやっぱり全然眠れなくて、・・・そしたら樹がスゴく寝相が悪くて」

「え?」

「寝返りを打ってベッドから落ちそうになったんだ。だから‶危ない″って思わず抱きしめて・・・」

「そ、そうだったんだ」

「そうしたら、樹を抱きしめたら、・・・その、服越しに伝わる身体の温かさとか、柔らかさとか、ちょうどいい身体のサイズとか、とてもいい香りのするサラサラの髪とか、あと、寝息をたててる顔もかわいくて・・・」

「な、な、な、なに言ってるの?」

 今度は、樹の顔が耳まで赤く染まっていく。

「いや、あの、なに言ってるんだろう?変な意味で言ってるんじゃないよ」

 カミングアウトのはずが何故か愛の告白みたいになってしまい、肝心の立夏本人がしどろもどろになってしまう。

「へ、変な意味って?」

「だ、だから、その、道場の合宿の時、みんなと夜に枕投げして、その延長でふざけて寝技かけたりしたことあったけど、樹のときみたいになったことなかったし、それに誤解して欲しくないのは、樹のことを抱き枕の代わりとか母さんの代わりだなんて絶対に思ってないから」

「うん。それは分かってる」

「それで、樹を抱きしめてたら、自分でも知らないうちに寝ちゃってたんだ」

 そう。保健室のベッドで目を覚ました時、なぜ立夏の顔が鼻の頭同士がくっつくほど近くにあったのか?

 樹はいきなり眼前にあった立夏の顔に驚き気付いてなかったが、実は彼女は‶ぎゅっ″と抱きしめられていたのだ。

「だから、もしよかったら、いや、迷惑じゃなかったら、いい?」

「うん、いいよ」

「え?いいの?」

 絶対に断られると思っていた立夏は、OKの返事を、しかも即答でもらえたことに心底驚いた様子だった。

「なんで?」

「なんでって、立夏さんだから、かな」

「なにそれ?」と、逆に戸惑う立夏に、

「あ、これはもちろん『立夏さんが命の恩人だから引け目を感じて』とかじゃないよ。あえて言うなら・・・」

「言うなら、なに?」

「立夏さんがとっても可愛いから、かな」と微笑んでいた。

「え~~っ、そんなことないよ」

 可愛いと言われることに免疫がないのか、立夏はまた顔を赤らめていた。

「そんなことある。操さんに抱きつかないと眠れないとか、ヴァイオレット・クリスタル・チェンジャーのこととか、可愛いなって思う」

「あ~、お願い、このこと誰にも言わないで。もし双葉なんかに知れたらネタにされて一生言われ続けちゃうから」

「わかった。じゃあ、誰にも言わない」

「ほんと?」

 立夏がなんとも不安そうな声で呟く。

 彼女のそんな表情に母性本能をくすぐられた樹は、

「じゃあ、指切りげんまんする?」と、小指を立てていた。

「うん」

 2人は小指を重ね合わせ、

「「指切りげんまん、ウソついたら針千本の~ます。指切った」」

 と笑顔で声を揃えて歌い、指を離していた。

「いい?約束だよ」

「うん」

 互いの鼻がぶつかりそうな距離で、そう言いながら笑顔で見つめ合う。

 そして、一頻ひとしきり笑ったあとで、

「で、その、私はどうすればいいの?」

 と、今度は樹が神妙な面持おももちで立夏に訊ねていた。

「えっと、その、こちらに背を向けて」

「背を向けていいの?」

「うん。後ろから抱きしめたいから、・・・いい?」

「うん。いいよ」

 樹は布団の下で‶もぞもぞ″と動き立夏に背を向けた。

「これでいい?」

「うん、ありがとう。・・・本当にいいの?」

「いいよ」

 だが、立夏はなかなか抱きしめてこなかった。

 樹が後ろを見ると、彼女の表情は強張こわばっていた。

 それはまるで、『抱きしめたいけど本当に抱きしめていいのか?』という躊躇ちゅうちょ葛藤かっとうに自問自答しているかのようだった。

「立夏さん」

 そんな彼女を見かねた樹は、‶ぐるん″と身体を回し立夏と向き合った。

 そして、戸惑いの表情を見せる彼女の腰に腕を回し、身体を‶ぴたっ″と密着させた。

「い、樹!?」

「ほんとだ」

「え?」

 驚きの声をあげる立夏に、樹は優しく話し掛けた。

「立夏さんの身体すごく温かい、ていうか熱い。人の肌ってこんなに温かいんだね」

 そう言いながら立夏を‶ぎゅっ″っと抱きしめる。

「ほら、立夏さんも」

「え!?」

「私のこと、抱きしめてくれるんでしょ?」

「・・・うん」

 立夏も樹の腰に腕を回して‶ぎゅっ″と抱きしめる。

「立夏さん、温かいね」

「うん。樹も温かいよ」

「でも、これじゃあ、私が雪山で遭難して立夏さんに助けられて、温めてもらってるみたい」

「ぷっ」それを聞いた立夏は、またしても吹き出していた。

「え!?なに?私、なにか変なこと言った?」

「ううん。樹の想像力はスゴいなって感心したの」

「それって褒めてるの?」

「もちろん。じゃあ、生死の境をさ迷ってる樹をボクが温めてあげる」

 立夏はそう言うと腕に力を込め、更に身体を密着させるように樹を抱きしめた。

 樹の、自分では‶それなりに大きい″と思っている胸と、樹からしたら、‶思わず目を逸らしたくなるぐらい大きい″立夏の胸が、ブラの生地越しに圧し合わされ、圧し潰そうとする互いを、互いが押し返すように‶たわわ″に弾み、その頂点にある小さな蕾が、果肉のたっぷり詰まった膨らみに埋もれるように押し潰されているのが分かる。

(大きい、バラクーダの10倍はあるぜ・・・)

「ね、樹」

「な、なに?」

 まるで、胸の感触を確かめていることを見透かされたかのように話し掛けられ、樹は慌てて言葉をかえした。

「・・・その、ごめん、また変なこと言っていい?」

「なに?」

 今度はなんだろうか?

 そう思いながら、

「うん、いいよ」

 そう発した樹に返って来たのは、またしても驚くしかない言葉だった。

「あの、ブラを脱いでもいい?」

「え!?、えぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~っ」

「樹」

 樹はまたしても立夏に口を塞がれていた。

「大きい声出し過ぎ」

「だ、だって、なんで脱ぐ必要があるの?」

「えっと、寝る時ノーブラなんだ」

「そ、そうなんだ」

「うん、ブラをしてると胸が締め付けられるというか窮屈な感じがして熟睡できないし、ない方がリラックスできるから、いい?」

(こんな大きなサイズのブラが窮屈って・・・)

 その事実に衝撃を受けながらも、甘えるような口調でそう言う立夏がなんだかとても可愛く思え、

「いいよ」

 樹が笑顔でそう答えていた。

「ありがとう」

 そんな彼女に笑顔で返しブラを脱いだ立夏に、

「なにか上に羽織るもの持ってこようか?」

 さすがに胸が丸見えはマズいと思い樹がそう言うと、

「あ、ありがとう。でも、いいよ、大丈夫」立夏はそう答えていた。

「え!?でも・・・」

「ボクの家エアコンがなくて」

「ええっ!!マジで?」

「うん。ボクの部屋にも扇風機しかなくて、だから夏はだいたい下着姿で寝てるんだ」

(だからかぁ!!)

 なぜ立夏が下着姿で寝ることに抵抗がないのか?

 樹はそれが不思議だったが、今の彼女の言葉でようやく腑に落ちた感じだった。

 が、それでもまだ気になることがあった。

「だいたいって?」

「うん。で、熱帯夜とか、もうどうにもならない時は下着も脱いで寝てる」

「えええっ!!ちょ、ちょっと待って立夏さん、それって、すっぽんぽんってこと?」

「うん。あ、大丈夫だよ。弟たちが『宿題教えて』とか言って急に入ってくるとマズいから、部屋のカギはちゃんと掛けてるし」

 彼女はそう言いながら、当たり前のようにブラを脱いでいた。

(そ、そういうことじゃないと思うんだけど・・・)

 そう思いながら、いや、そう思う間もずっと、樹の視線は立夏の胸に釘付けだった。

「樹?」

 それに気付いたのか、立夏がいぶかしげな視線で自分を見ていることに気付いた樹は、それを誤魔化すために、

「えっと、じゃ、じゃあ私も脱ぐね」と大慌てでブラを脱ぎ棄てていた。

「え!!樹は別に脱がなくても・・・」と戸惑う立夏。

 だが樹は、「いいの」と言いながら彼女の唇にそっと指先を当てていた。

「立夏さんだけ脱がせるワケにいかないし。・・・それに」

「それに?」

「こうすれば大丈夫」

 樹はそう言うと掛け布団を掴み、一気に引き上げて自分と立夏の首元に掛けていた。

「ね」と微笑む彼女に、

「・・・うん」と立夏も笑顔で応える。

 しかし、そんな樹も立夏も、笑顔では誤魔化しきれないほど顔をっ赤に染めままだった。

 そして樹は、‶もじもじ″しながら意を決したように言葉を絞り出した。

「えっと、・・・後ろからなら、いいよ」

「え!?」今度は立夏が驚きの声をあげる番だった。

「それって、どういう意味?」

 その言葉の真意が分からず戸惑い気味に聞き返した彼女の耳に手を当て、耳まで真っ赤にしながら消え入りそうな声で、

「だから、後ろから‶ぎゅっ″てして」

 と、恥ずかしそうに耳打ちをすると、寝返りを打って再び立夏に背中を向けていた。

「いいの?」

 困惑する立夏に対し、樹は身体をくねらせ背中から彼女の胸に飛び込んでいた。

「ううん。私からお願いしてるの。お願い立夏さん、‶ぎゅっ″ってして」

「うん。・・・樹」

「なに?」

「ありがとう」

 立夏はそう言うと、背後から樹を‶ぎゅっ″と抱きしめた。

 樹の後ろ髪に顔をうずめ、子猫のように丸まる小柄な背中に圧し潰すように大きな胸を、細い腰に鍛え抜かれた腹筋を、そしてお尻に下腹部を‶ぴたっ″と密着させ、美しく伸びる脚が樹の無防備な脚に狙いを定めたように絡みついていく。

 立夏の息づかいが耳にかかり、2人の汗がひとつに混ざり合って首筋を流れ落ちていく。

 背中越しに大きく響く立夏の心臓の鼓動と、2つの大きな膨らみに押し潰されて背中に密着する、自己主張するように‶つん″と尖る2つの小さな突起が、彼女が動く度に樹の背中を‶こりこり″と動く感触を直接背中に感じていた。

(立夏さんの、つんつんに固くなってる)

 どうしたらいいのか分からず戸惑う樹。

 だが、彼女はすぐにあることに気付いた。

 耳にかかる立夏の吐息が‶すぅ、すぅ″と寝息に変わっていたのだ。

(早っ!!立夏さん、もう寝ちゃったんだ!)

 まるで子猫のように、無防備な寝顔で樹に抱きついたまま眠る立夏の顔は可愛い以外のなにものでもなかった。

 そんな寝顔を見つつ、

(やっぱり疲れてたんだ。ありがとう立夏さん、ゆっくり休んでね)

 そう心の中で感謝しながら、樹はおへそのあたりで自分を抱きしめる立夏の手にそっと手を添えた。

 そして、立夏の体温を身体全体に感じながら、樹もいつの間にか眠りについていた。



                           〈つづく〉



        

                                        


 

  

                                

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