第9話 採寸します

「背筋を伸ばして」

「こう?」樹に言われ、立夏は‶気を付け″の姿勢をとった。

「すごい、背筋せすじがきれい」

 拳法というか総合格闘術を習っているだけあって、ただ直立しているだけなのに、彼女の姿勢はとてもしなやかで美しかった。

「・・・あ、ありがとう」

 空柔術を習う立夏にとって、直立不動の姿勢を保つことは幼稚園に入る前からやっている基本中の基本だ。

 それを思いがけず褒められ、彼女は嬉しさというか照れから頬を赤らめていた。

 樹は肩幅を測り終えると、

「右手を真っ直ぐ伸ばしたまま45度まで上げて」と指示した。

「こう?」立夏がゆっくりと腕を上げて行く。

「そう、ストップ。そのまま止めててね」

 樹は頸椎から肩先を通って手首までの長さを測ると、

「ありがとう。次は左腕を45度まで上げて」と、右同様に左腕も測り、

「腕を下ろして真っ直ぐ立って」

 と、彼女に再び‶気を付け″させ、頸椎店から真っ直ぐ下に伸ばしたメジャーを尾てい骨に当てていた。

「!?」その瞬間、思わず声が出そうになり、立夏は慌てて口をつぐんだ。

 下着越しとはいえ尾てい骨に触られるのは初めてだったし、なにより、メジャーをもつ樹の指が生地越しにお尻に触れていたからだ。

「よし、じゃあ次は腕を少し上げて腋を空けて」

 そんな立夏を尻目に、樹はそう言いながら彼女の前に回り、言われた通り腕をあげた彼女の腋の下にメジャーを通していた。

「はい、腕を下ろして」

 そのまま上胸囲を測ると、

「はい。次は胸囲ね。メジャーをちょっと下にずらすから」

(え?胸囲?)

 と、立夏がその言葉の意味を理解するより早く、樹はその言葉通り、緩めたメジャーを下にずらし、再び締めていた。

 は、立夏の胸の、桜色の突起のちょうど上だった。

(!?)立夏は胸の先端に伝わる感触に、

「!?」そして樹は指に伝わるその感触に、2人は思わず互いの顔を見つめていた。

 そう。立夏はスポーツブラのパットを抜いていたのだ。

 彼女にとって、生地越しとはいえ、重力に逆らうように若々しい張りを見せる大きな膨らみの先端で、つんと上向くそれを他人に触られたのは初めてだったし、樹もまた、生地越しとはいえ、自分以外の人のそれに触ったのは初めてだった。

「・・・立夏さん、パットは?」

「その、パット入れて走ってるとブラがずり上がってきちゃうから、走る時は外した方がいいって双葉が言うから・・・」

「そう!!実は私もそうなんだ」

「え!!そうなの?」

「うん。私もバイトのときはスコップで土を掘ったり、ツルハシを振り上げたりするとブラがずり上がってきちゃうから、立夏さんと同じフロントホックのスポーツブラでパット抜いてるんだ。

 なのにごめん、気付かなくて」

「いいよ、女の子同士なんだし、気にしないで」

 そう言いながら‶にこっ″と笑う。

 その笑顔は同性の樹でさえ思わず‶どきっ″としてしまうほど眩しかった。

(この笑顔はズルい、破壊力ありすぎ。眩し過ぎて、対ショック対閃光防御しないと直視できない)

 そんな事を考えていた樹は、

「樹?」

 立夏にそう話し掛けられ、自分がメジャーを当てた胸越しに、彼女の顔をみつめたままフリーズしていることに気付いた。

「え?あ!?ごめん」

 だが、立夏にとってそれはまだ終わりではなかった。

 大慌てでメジャーを緩めた樹は、今度は彼女の胸の下回りにメジャーを当てたのだ。

「そ、そんなところも測るの?」

 まさかそんなところまで測ると思っていなかった立夏が戸惑いの声を上げるが、樹は、

「うん、ミカヅキの衣装はウエットスーツみたいな感じだから」と答えるのみで、あえて目を合わせず採寸を続けていく。

「次は腹囲ね」

 そう言いながらの少し上、俗に言う腰のくびれて最も細い部分にメジャーを巻き付けていく。

 そんな樹の目に飛び込んで来たのは、アスリートのように極限まで鍛え抜かれ、それでいてネコ科の猛獣のようにしなやかさも併せ持つ立夏の腹筋だった。

「・・・」

「樹っ」

「え?」

「おへそをあんまりじろじろ見ないで、恥ずかしいから」

 そう。樹はまたもやフリーズしていた。

 だが、それも無理なかった。

 こんなに美しい腹筋はアニメやマンガの中でしか見たことがなく、思わず見とれてしまっていたのだ。

「ご、ごめん。つ、次は下腹囲ね」

 慌ててメジャーを緩め、今度はおへその下、下腹の最も太い部分に巻き付ける。

「次は尻囲」

「え?尻囲って?」

 立夏がそう言い終わる前に、緩められたメジャーは、ボクサータイプのショーツの上から、お尻の最も大きい部分に巻き付けるようにあてがわれていた。

 そして、その目盛りが指し示した数字を読むために、メジャーの重なる部分を‶じ~っ″と見つめる樹に、立夏は困惑していた。

 いくら採寸とはいえ、ショーツを、つまりは股間を、こんな近くから凝視されたのは初めてだった。

 だが、立夏が耳まで真っ赤になっていることなど知るよしもない樹はメジャーを緩めると、

「次は股下と太ももを測るから」と言いながら、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

「どうしたの?」

「股下を測るのにいる長い定規を探してるんだけど、どこに置いたんだっけ?」

 立夏も立ったまま辺りを見渡してみるが、物がありすぎて見つかる気配すらない。

「それがないと測れないの?」

 とたずねる立夏に対し、

「ううん、そんなことはないよ。それがなくても測る方法はあるんだけど・・・」

 と、樹は何故か歯切が悪い。

「じゃあ、そっちで測っていいよ」

「え!!いいの?」

 立夏からの思いもよらぬ提案に、樹は驚きの声をあげていた。

「うん」

 屈託のない笑顔でそう言う彼女に樹は、

「じゃ、じゃあ、脚を‶ぴたっ″と閉じて動かないでね」と言いながら、メジャーの先を彼女のショーツの、股間に重ねて縫い付けられた布、クロッチの部分に押し当てていた。

「!?」

 そして、を起点に真っ直ぐ下に伸ばしたメジャーを、くるぶしの中心に当てがう。

(え!?えぇぇ?)

 それは、立夏にとって衝撃的な出来事だった。

 しかも樹は、股下の長さを正確に測ることに夢中で、その目と意識はくるぶしの中心、いわゆる内果点に集中していた。

 そのために、‶ぴん″と伸ばしたメジャーの先が、立夏の股間にぐいぐい押し付けられていることなど全く気付いていなかった。

 立夏は驚き過ぎて声も出ず、樹の、

「脚、長っ」

 と言う声も上の空だった。

「もうすぐ終わるから、次は大腿部を測るから」

 そして、その衝撃も冷めやらぬうちに、樹はメジャーを彼女の太ももの付け根に巻き付けていた。

 が、お尻側に回したメジャーをこちら側に引っ張り出すには、当然のことながら太ももの間に、つまりは股間に指を入れねばならず、その指は、やはりと言うか、立夏の股間や太ももの内側に触れていた。

「っ、ん」

 その瞬間、立夏は両手で口を塞ぎ、思わずこぼれそうになった声を、慌てて噛み殺していた。

「・・・」

 恐る恐る視線を下げていく。

 だが、その先の樹は脇目もくれずに採寸を続けていた。

「もう少しだからね」

 そう言いながら緩めたメジャーを膝上に当て、続けて膝下、ふくらはぎと測っていく。

(ほっ)立夏が思わず胸を撫で下ろした。

 その時だった。

 足首を測り終え、立ち上がった樹の頭が、ほぼ不意打ちの形で、下から立夏の視界に突然あらわれたのだ。

「わっ!?」

 驚きの連続に困惑していたところに不意を突かれた立夏は、それを本能で後ろに反ってかわし、そのままバク転する体勢に入っていた。

 は、試合中に後ろに倒れて受け身をとった後に、押さえ込みに入られるのを防ぐため、バク転しながら相手のあごに向かって蹴りを放つ、一瞬で防御から攻撃に転ずる彼女の戦法だった。

 だが、次の瞬間、キツネにつままれたような、信じられないことが起きていた。

 立夏は樹に抱きしめられていたのだ。

(え!!なに?何が起きた?)

 それは、文字通り一瞬の出来事だった。

「あ!!あぶない」

 立夏が後ろの本棚にぶつかると思った樹は、思わず彼女の手を握り、自分の方に力いっぱい引き寄せていたのだ。

「!?」

 立夏自身信じられない気持ちだった。

 バク転するためにカーペットを蹴った自分が、力ずくで引き寄せられ抱きしめられていたのだから。

 しかも、自分より小さい、素人の女の子に・・・。

「ごめん、大丈夫?」

「・・・うん」

 2人は互いを抱きしめ、身体を密着させたまま、息がかかるほどの超至近距離で見つめ合う格好になっていた。

 だが、立夏はそんなことにはお構いなしの様子で、

「でもスゴいね。どうやってボクを引き寄せたの?」と興味津々の様子で樹に話し掛けていた。

「え?」何を言われているのか分からず戸惑う樹に、

「この技をこんなふうに力ずくで破られたの初めて。ねぇ、どうやったの?」

 と、興奮冷めやらぬ様子で、畳み掛けるように言葉を浴びせていく。

「え?わからない。気が付いたらこうなってて、・・・火事場の馬鹿力かな?バイトのおかげかも?」

「バイト?さっきの引き寄せる力はそれで身につけたの?そういう鍛え方もあるんだ?」

 立夏は、今にもバイトに申し込みそうな勢いで目を輝かせていた。

「で、でも危険だよ。骨折とか大ケガをすることもあるかもしれないし、・・・操さんが絶対ダメって言うと思う」

 そんな彼女を、樹は必死にたしなめる。

「え?母さん?・・・確かに母さんは反対しそうな気がする」

「そうだよ、危ないよ」

 鼻の頭がくっつくぐらいの距離で、困り顔の立夏を下から覗き込むように見上げながら、そう説得する樹。

 だが、その顔を見た立夏が思わぬ反撃に出た。

「じゃ、じゃあ聞くけど、樹はどうやって家族を説得したの?」

「え?」

「ねぇ、あのバイトやるとき家族に何て言ったの?」

「そ、それは、その・・・」

 さっきまでとは打って変わり、今度は樹が追い詰められていく。

 その時だった。

 ‶ジャララララっ、ジャララララっ、ジャララララっ、ジャララララっ、ジャララララっ″。

 突然大音響で鳴り響いたに驚いた2人は、抱き合ったまま‶びくっ″と跳ね上がり、そのままバランスを崩してもつれるようにベッドに倒れ込んでいた。

 そして、それとほぼ同時に音楽は鳴り止んでいた。



                               〈つづく〉



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