第6話 そう言えば・・・

 夜明けの町はまだ静かで、商店街のシャッターもまだほとんど開いていなかった。

 カラスやハトや猫がエサを求めて目覚める前の町中を彷徨さまよう中、牛乳配達をするおじさんやお店の前をほうきで掃くおばさん、ジョギングする人たちと挨拶を交わしながら2人は並んで歩いていた。

「樹、その、ごめん」

「え?なにが?」王子様に突然謝られ、その理由わけも分からず樹はきょとんとした表情でそう言い返していた。

「その、今頃謝るなんて遅いと思うんだけど、メガネ壊しちゃって・・・」

「あ!!」

「本当にごめん。ちゃんと弁償するから」

 王子様はそう言いながら頭を下げた。

「いや、あの、謝らないで」

「でも」

「3回も命を助けてもらったのにそんなこと、それには伊達メガネだから・・・」

「え?そうなの」

「そう。両親がメガネしてるから小さい頃から憧れてて、それで掛けてるだけで度も入ってないし、お小遣いで買った安いやつだし。

 ・・・それに、は事故だから・・・」

「でも、それじゃあボクの気が済まないから、・・・新しいのプレゼントさせて」

「え?」思いがけない提案に、樹が思わず横を歩く王子様の顔を見ると、向こうもこちらを見つめていた。

「いい?」

「・・・うん」

「ありがとう」にこっと笑った、その笑顔のあまりの破壊力に樹は思わず視線を逸らしていた。

「そうと決まったら早い方がいいよね?その、今日ヒマ?」

「え?」

「その、実はもう1つ伝えるのを忘れてたことがあって、なんだけど」彼女はそういいながら樹の前にスマホを差し出した。

「なに?」

「保健の先生からのメール」

「え!保健の先生とアドレス交換したの?」

「うん。それでね、読んでみて」

「うん」

 樹は王子様からスマホを受け取ると、メールを読み始めた。

 そこには、2人の教科書やワークや体操服を職員室で預かっていること。

 土日も部活があるため学校内に入れるし、職員室にも当直の先生がいるので取りにきてほしい旨が書かれていた。

「あ、忘れてた」樹は‶やってまった″と思った。

 まさか自分が、そんな大切なことを失念していたことが信じられなかった。

 まあ、その原因は目の前にあるのだが(笑)

「うん、ボクもメール貰うまですっかり忘れてた」そう言いながら王子様も気まずそうに笑う。

「そう言えば私、自転車も学校なんだ」樹は更に追い討ちを掛けるような事態に、自己嫌悪気味に呟いた。

「だから、家で一休みして、お昼過ぎぐらいに一緒に学校にいこう。よかったらその後でメガネを買いにいかない?」

「・・・うん」王子様の提案に樹はそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。

「よかった。・・・あ、それから・・・」

 王子様の口調がまた神妙になったのを感じ、樹は慌てて彼女を見た。

「なに?」

「さっきのコスプレのことなんだけど。・・・一ヶ月もないのにこんなこと頼んじゃって、もしダメなら双葉にはボクから言っておくから・・・」

「あ、そのこと」

 すまなさそうな王子様に対し樹は笑顔だった。

「それなら大丈夫。まだ一ヶ月近くあるし、それに本当に作ってみたかったんだ、ミカヅキ様の衣装」

 その屈託のない笑顔に王子様はホッとした様子で、

「ありがとう」と笑顔で返していた。

「ううん」

「それで、衣装作りってどうやるの?」胸のつかえが下りて余裕ができたのか、王子様はさっきまでとは打って変わって興味津々の様子で樹にそう訊ねていた。

「え~っと、まず採寸して・・・」

「そこからやるの?すごい本格的」

「まぁ、ある意味究極のオーダーメイドだから」

「へ~、すごいな」まさかそこまでやるとは思ってなかったらしく、王子様は感心しきりの様子で樹を見つめる。

「え~、それほどでも」そんな王子様に樹も照れ気味みに答える。

「で、どこで採寸するの?」

「家にメジャーがあるから、あれさえあればいつでもどこでもできるよ。

 なんなら今からでもいいよ。いつがいい?」

「・・・じゃ、じゃあ、今からでもいい?」

「え?」王子様のあまりに突然の言葉に樹は驚きを隠せなかった。

「その、どうせなら早い方がいいよね?なら、迷惑じゃなかったら・・・」

「ううん、私は全然大丈夫。でもいいの?徹夜で疲れてない?」

「それを言うなら樹の方が疲れてるだろ?ボクはただ走ってただけだから・・・樹こそ本当にいいの?」

「うん、採寸するだけだから大丈夫」と心配そうな王子様に笑顔で応える。

「じゃ、じゃあ、お願いします」

「こ、こちらこそ」

 と、互いに深々と頭を下げ、

「「ぷっ」」と2人とも吹き出していた。

「なんか変」と樹。

「うん、なんか変」と王子様。

 2人はくすくす笑いながら商店街を抜け、郊外へと歩いていく。

 そこで樹はあることに気付いた。

 話しながら歩いているので最初は意識していなかったのだが、王子様は、樹が「この角を曲がって」と案内するより前に道を曲がっているのだ。

 大通りの歩道橋を渡り、その先の郵便ポストの角を右に曲がり、タバコ屋の角を左に曲がるのも、彼女は樹が案内するより先に動いていた。

(え?え?えぇ?)

 樹はキツネにつままれたみたいにワケが分からなかった。

 が、が続くうちに彼女は1つの仮説にたどり着いた。

「・・・あの」

「なに?」

 言うか否か迷ったが樹は思い切って話し始めた。

「間違ってたらごめんなさい。もしかして、私の家の場所知ってる?」

「え?えぇぇぇぇぇっ」と、王子様の顔にあからさまに動揺が走った。

 そして気まずい沈黙の後、

「「ごめんなさい」」

 ‶ドゴっ″

 凄まじい轟音と共に、またもや2人の頭が激突していた。

「いったぁ~~」

 王子様は頭を押さえながら涙がにじむ目を開けた。

 すると、に飛び込んできたのは、口から泡を吹き白目を剥いて倒れる樹の姿だった。

「ちょ、ちょっと!!大丈夫!?」

 王子様は慌てて駆け寄ると樹を抱き起し、両肩を掴んでガクガクと揺すった。

 すると、樹は出し抜けに覚醒した。

「あ、はい。大丈夫です」

「本当に?」王子様が心配そうに樹の顔を覗き込む。

「うん。一瞬、異世界の入り口が見えたけど無事生還しました」

「え?異世界って?」

「あ、・・・いや、あの、その、異世界っていうのは例えで・・・本当に大丈夫だから」

 そう言うと樹はそそくさと立ち上がり再び歩き始め、それを王子様が追いかける。

「ねぇ、本当に大丈夫?」

「うん」

「・・・家、通り過ぎたけど・・・」

「え?」

 そこで樹は、自分の家の前を通り過ぎていたことに初めて気付いた。

 彼女は王子様に異世界ネタを振ってしまった恥ずかしさで気まずくなり、慌てて歩き始めたのだが、自分でも気付かないうちにその動揺が身体に現れていたらしい。

 樹は大慌てで道を戻ると玄関の前に立った。

 ‶ガチャ″

「やっぱり知ってたんだ」

 樹はカギを開けながら振り返り、王子様を見つめながら話し掛けた。

「え!・・・それは、その・・・」と今度は王子様が明らかに挙動不審になり視線が泳ぐ。

 その時、家の前を1台の車が通った。

 それは偶然にも王子様の母、操と同じ車種だった。

「・・・あっ!!そう、車」と王子様が必死の形相で話し始めた。

「昨日母さんに車で送ってもらったでしょ。そのカーナビの履歴を見たんだ」と見ぶり手ぶりで話すその慌てぶりに、それがウソだということがすぐに分かった。

 でも、しどろもどろになりながら必死に話す王子様が可愛くて、樹はその顔をじ~っと見つめていた。

「・・・ごめん、ストーカーみたいなマネして、・・・でも樹が心配で」

「ううん、ありがとう」そういいながら樹は‶ガチャっ″とドアを開けた。

「え?」

「入って、コーヒーぐらいしか出せないけど」

「・・・ありがとう」

 2人はそんな会話を交わしながら家の中に入っていった。



                                〈つづく〉








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