第5話 これって棚ぼた、それとも・・・

 交番に入ると、

「じゃあ好きなやつ選んで準備してて、今、お湯沸かしてくるから」

 そう言って双葉は給湯室に消えていった。

 残された2人は事務用のテーブルの上に袋を置き、カップ麺を並べていく。

「樹は何にする?」

「えっと、香味とんこつ味噌カレー」

「あ、ボクもそれ欲しい。2つある?」

「ちょっと待って」

 樹がレジ袋の中をごそごそと見渡す。

「ごめん、1つしかない。あの、よかったらこれ・・・」

「じゃあ、半分こする?」

「え?」

「これ一緒に食べよう。いい?」と、王子様は袋の中から割り箸を2つ取り出した。

「うん」王子様の思わぬ提案に、樹は嬉しくなっていた。

 そして王子様は、カップ麺の蓋を開け中から小分けされた袋を取り出すと、を次々に破り容器の中に入れ始めた。

「え?それ、違う」

「え、なに?」樹にそう言われ、彼女の手が止まった。

「そのスープは、お湯を入れた容器の蓋の上で温めて、食べる直前に入れるんだよ」

「え、そうなの?」

「なに、どうしたの?」樹の声に驚いたのか、ヤカンを持った双葉が慌てた様子で給湯室から出て来た。

「いえ、その、すみません」樹が謝りながら事情を話すと、双葉はなかあきれた様子で王子様を見た。

「気にしないで樹ちゃん。この子、昔からこうなの。・・・あ!、そういえばほむらが怒ってたわよ」

「え?兄貴が?なにを?」王子様が慌てた様子で聞き返す。

「なにって、あなた今日、晩ご飯の当番だったでしょ?」

「うん。ちゃんと作ったけど」

「ちゃんとって、火に掛けた鍋に水と食材ぶち込んで、‶今夜は水炊きだから適当に食べてね″って言い残して家を飛び出してったって聞いたけど」

「だから、ちゃんと水炊きを作って・・・」

「大根、輪切りにしただけで皮も剥いてなかったって言ってたわよ」

「・・・あ!?」

「まぁいいわ。昨日の今日だし、事情が事情だから、私がみんなに話しておくわ」

「ありがとうございます。神さま仏さま双葉さま」

 王子様はそう言いながら両手を合わせ、双葉を拝むような仕草をしていた。

「もう、調子いいんだから」双葉がそう言いながらカップ麺にお湯を注いでいく。

 ‶ぐぐぅ~~っ″

 その時、またしてもお腹の鳴る音がきこえた。

 樹と王子様がを見ると、顔を真っ赤にした双葉がお腹を押さえていた。

「お腹減ってるの?」と王子様。そして樹は、

「あの、よかったら一緒に食べませんか?」と、言いながらレジ袋に戻したカップ麺を再びテーブルに並べようとしていた。

「あ、いいのいいの、今ダイエット中だから」

「え?ダイエット?双葉さんそんなに細いのに?」

「ま、ありがとう樹ちゃんてなんて良い子なの」

 樹に言われた思わぬ一言に双葉は小さくガッツポーズをしていた。

「あ!?もしかして」王子様にそう聞かれ、

「そうよ、のせいよ」と双葉が壁を指さした。

 樹がそちらを見ると、そこには、

『城台市、市政10周年記念行事、城台祭りコスプレ解放区。参加者募集中』

 と書かれたポスターが貼られていた。

「ああ」

「あ、樹ちゃん、知ってるの?」

 感慨の声をあげた樹に双葉が訊ねた。

「はい、5月の連休に商店街が駅前通りをホコ天にしてやるお祭りの・・・」

「そう」樹の言葉を双葉が引き継ぐ。

「今年は5日の歩行者天国をレイヤーに開放するの。事前に申し込めば誰でも参加OK、去年までは駅裏のホールでやってる同人誌の即売会の会場内のみコスプレOKだったんだけどね」

「で、それとダイエットとどんな関係があるんですか?」

 と、樹が訊ねると、

「警備よ」と双葉がため息まじりに答えを返した。

「え?警備?」

「誰でも参加自由じゃ何が起こるか分からないでしょ?

 だから私たち警察官もコスプレして警備に当たるの」

「え?なんで?制服のほうがカッコいいのに」

「私たちもそう思うんだけど、市長が「それじゃあ参加者が楽しめないから」って」

「そうかな?制服のお巡りさんがいてくれた方が安心すると思うんだけど」

「でしょ?さすが樹ちゃん話が分かる。あの市長、ほんと頭が固いんだから」

「で、コスプレのためにダイエット?」

「しかたないでしょ、仕事なんだから」

「写真が警察や商店街の広報とかSNSに載るかもしれないから、だろ?」

「うるさいっ」王子様の的を得たツッコミに双葉はそう言い返すしかなかった。

「双葉さんは何のコスプレするんですか?」

 樹は目を輝かせ興味津々の様子で訊ねた。

「それが、まだ決まってないのよ」

「え?決まってない?決めてないじゃなくて?」

「だって、1人じゃ何のキャラやろうか定まらないわよ。

 誰か一緒にやってくれる人がいてくれると助かるんだけど・・・」

 と言いながら、彼女は王子様を見た。

「だから、ボクはダメだよ、マンガとかアニメとか詳しくないし・・・」

「あんたヒマさえあれば稽古してる格闘バカだもんね」

「バカって言うな、熱心って言ってよ」

「はいはい」双葉は呆れた様子で樹を見た。

「こんな格闘オタクは放っといて、樹ちゃんはどう?やらない?」

「ちょ、ちょっと双葉、樹を巻き込むなよ」

「あら、あなたも可愛い彼女と一緒ならやるんじゃないの?どう?樹ちゃん」

「え?あ、あの、私・・・」

「樹、イヤなら断っていいから」

「あなたは黙ってなさいよ」

「樹が困ってるだろ」

 樹の前で睨み合う2人。

 すると、

「ごめんなさい」

 と、樹が立ち上がり頭を下げていた。

「え?」

「それ、どっちに謝ってるの?」と2人が訊ねると、樹は申し訳なさそうに話し始めた。

「いえ、その、あの、私・・・もう申し込んでます、それ」

「え?え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」と、驚く王子様に続き、

「そうなの?早く言ってよ」と、双葉も驚きを隠せない様子だった。

「ごめんなさい。言い出すタイミングが・・・」

「コスプレだけ?」

「いえ、その、サークル参加もします。ていうか、前から参加してます」

「あ、そうなの?ジャンルは何?あ、もしかしてBL?」

「え?いえ、その・・・BLじゃないけど、そんなに過激じゃないやつです・・・」

 樹は頬が赤く染まり、しどろもどろになっていた。

「なに?サークル参加とかBLって?」1人話しについていけない王子様が双葉のそう訊ねた。

 が、

 彼女は「それはおいおい説明するわ」と言葉を濁し、勝ち誇ったような表情で王子様を見た。

「これで決まりね、コスプレ」

「え?でも」

「でももヘチマもない。いいじゃん、2人で恋人キャラやれば」

「こ、恋人!?」と樹の声が裏返った。

「ねぇ、樹ちゃんからもお願いしてよ」と、今度は双葉が両手を合わせ樹を拝んでいた。

「あ、あの、よかったら・・・」樹はそう言いながら、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。

「もう、ずるいよ双葉」

 王子様は観念したかのように2人を見た。

「じゃあ、いいわね?」最終確認を促す双葉に、

「うん」王子様がそう返事すると、

「やったぁ~~っ、ありがとう樹ちゃん」

 よっぽど嬉しかったのか、双葉はそう言いながら樹に抱き着いていた。

「で、樹ちゃんはこの子に誰のコスプレさせたい?」

 突然振られた話題だったが、樹になかではもう答えは決まっていた。

「『ロスタイム~と漆黒のディスティニアス~』(*注)のミカヅキ様」

「だよね~、樹ちゃんもやっぱりそう思う?」

「はい。彼女がコスプレしたら、間違いなく‶ホンモノのミカヅキ様キタ~~っ″て、みんな驚くと思います」

「でしょでしょ!!」

「やっぱりそうなるのか」2人の反応を見てそう呟く王子様に、

「ね?唯ちゃんの言った通りだったでしょ」と双葉が返していた。

「え?唯ちゃんて誰ですか?」と樹が訊ねると、

「あ、唯ちゃんはね、2週間ぐらい前からウチの道場に通ってる中1の女の子で・・・」と王子様が教えてくれた。

「その唯ちゃんもず~~~っと言ってるの、この子がコスプレするならミカヅキしかいないって」と双葉も押しまくる。

 それに謙遜けんそんするように

「そうかなぁ、アニメ見たけどそんなに似てないと思うんだけど・・・」と不用意に口にした王子様のその一言に対し、

「なに言ってるの?」と双葉に、そして樹にも、「私も生き写しかっていうくらい似てると思います」と猛烈な勢いで反論され、彼女は何も言えなくなってしまっていた。

「で、そうなると、樹ちゃんはカエデよね?」

「・・・はい、そうなりますね」そう言う彼女の頬がまたしてもぽっと赤く染まった。

「じゃあ、決定ね」

「決定ねって、じゃあ双葉はなにやるんだよ?」

「ぎくっ、どうしよう?樹ちゃん、ロスタイムで誰かいいキャラない?」

「アラストールの着ぐるみでいいじゃん」

 困り果てた様子で樹に助けを求める双葉に、王子様はまさに他人事の様子でそう言っていた。

「できるかっ」

「いえ、今はなんでも擬人化するのが流行はやってますから、イケるかも」

 意外にも、に乗ってきたのは樹だった。

「え~~っ、他に誰かいないの?」

 さすがに被り物はイヤらしく、双葉が切望の眼差まなざしで樹を見る。

「あとは、回想で出て来たジャンとミリーのお母さんとか・・・」

「出番が一瞬すぎる」

「でも、その回想でお父さんとの結婚式のシーンがあったよね?焔兄ぃとやれば?」

「け、結婚式!?う、ウエディングドレス・・・う~ん。でもそれだと半端ないダイエットしないと衣装負けしそうな・・・」

「そういえば、衣装とかどうするの?」

 結婚式と聞いて、まんざらでもなさそうな双葉にそう水を差したのは王子様だった。

「え?あ、そう言えば・・・どうしよう?」双葉は助けを求めるような目で樹を見た。

「樹ちゃんはどうするの?」

「私は自分で作ります」

「え?作るの?」

「はい。売ってるのは高いし、そもそも私、小さいから合うサイズがなくて・・・」

「すごい!!」王子様が感心しきりの表情で樹を見た。

「え?でも、家庭科の授業の応用だから・・・」

「なに言ってるの樹ちゃん、この子なんてね、雑巾ぞうきんも縫えないのよ」

「それを言うなら双葉もだろ」

「だから樹ちゃん」そう言いながら双葉は樹に向かって両手を合わせた。

「お願い、この子の衣装も作ってあげて」

「え?」

「双葉、なに言ってるの?」

「そうよね、驚くわよね。本番まで一ヶ月切ってるし、でもお願い・・・って、さすがに難しい?原稿もあるんだよね?」

 樹からの返事が一向に返ってこないため、双葉は閉じた目を片方だけ開いて彼女をみた。

「あ、はい。やります」

 それに対して樹は、少し慌てた感じでそう返事していた。

「ホント?ありがとう」

「いや、無理なら断って。こんなの急に頼む方が悪いんだから」

 と、2人にほぼ同時に感謝と困惑の気持ちを伝えられた樹は、

「ううん、今、頭の中でスケジュールを計算したんだけど、2人分ならなんとか大丈夫」と答え、

「本当にいいの?」と念を押す王子様に、

「うん。逆に嬉しい」と満面の笑みで返していた。

「え?」

「ミカヅキやカエデの衣装も作ってみたかったから」

「ありがとう。ほら、ラーメン伸びるわよ。早く食べなさい」

「は~い」

「2人は小さなテーブルで向かい合いながら、1個のカップ麺を一緒に食べ始めた。

 すると、

「あっ」と、突然王子様が小さな声をあげた。

「?」

 樹が視線を上げると、箸でつまんだメンマを見つめる王子様の姿があった。

「樹、メンマ好き?」

「え?う、うん」

 突然そんなことを言われ、樹が戸惑っていると、

「じゃあ、あげる。あ~んして」と、王子様が箸でつまんだメンマを彼女の前に差し出していた。

「え?」

 樹は思わず声をあげていた。

 さっきのコーヒーは昼間にこぼしてしまったペットボトルのお詫びとお返し、そしてこんな寒い中を来てくれたことへの感謝の気持ちから自然に差し出していた。

 が、

(これって間接キスより濃厚なプレイなんじゃ?)などと考えてしまうと、‶相手は女の子なんだから全然普通″と思っても、もうダメだった。

「あなた子供じゃないんだからメンマぐらい食べなさい」と双葉が叱る。が、

「そういう双葉だってニラが食べられないじゃん」と相手にせず、

「樹、食べて、お願い」と懇願されていた。

 樹は、王子様が知り合ったばかりの自分にそんな表情を見せてくれることが嬉しかった。

「もう、しょうがないなぁ」樹がそれをぱくっと食べると、

「もう、樹ちゃん甘いんだから」と言う双葉の小言に照れるように麺をすくった。

「あ!」

「え?」再び驚きの声をあげた王子様の視線を追うと、その先に、樹の箸につまなれた鳴門巻きのかまぼこがあった。

「樹、それ、好き?」

「え?うん」

「その、ボクもなんだ。で、よかったらちょうだい」

「え?」と樹が驚きの声をあげるより早く、

「子供か!?」彼女の思わぬ提案に、双葉がそうツッコミを入れていた。

「ね、お願い」

「ダメよ樹ちゃん、甘やかしちゃ。しつけは最初が肝心なんだから・・・」

「ボクは子犬か!?」

「ぷっ」

 樹は思わず吹き出していた。

「どうしたの?」

「そんなに可笑おかしかった?」

 そう聞き返す2人に樹は必死に笑いを押さえながら、

「ごめんなさい。だって可笑しくて。2人とも本当の姉妹みたいに仲がいいんですね」そう言葉を返すので精一杯だった。

「え!?そりゃまぁ付き合い長いし、このままいくと義理の姉妹になるし・・・」と口ごもる王子様に、双葉はぴたっとくっつきながら、

「そうよね~、なんと言っても初恋の相手だしね~」と意味深な声で言っていた。

「ちょ。ちょっと双葉、その話は・・・」

「え!?初恋?」

 樹は、王子様の声をさえぎるように大声をあげていた。

「そうなの、この子ね、私にプロポーズしたことあるのよ、ね~~っ」

 と、双葉が王子様にウインクする。

「ぷ、プロポーズぅ???」と動揺が声にまで現れてる樹に、

「いや、聞いて、違う」と、しどろもどろで否定する王子様。

「なに言ってるの?違わないでしょ」と、そんな彼女に追い討ちを掛ける双葉。

「プロポーズって???」

「したわよね?」と双葉が詰め寄ると、

「だからは3歳の時のことだろっ」と王子様が叫んでいた。

「え?3歳?」

「そう3歳」

「ほ、本当なんですか?」と、今度は樹が必死の形相で双葉に詰め寄っていた。

「もう、2人とも焦り過ぎ。本当よ、だから安心して樹ちゃん。

 この子ね、3歳の時に12歳の私にプロポーズしたの。‶大きくなったらボクのお嫁さんになって″って。可愛かったなぁ」双葉はしみじみとそう呟いていた。

「それって、どうゆう状況ですか?」樹はワケが分からないといった様子で聞き返した。

「この子ね、自分のこと男の子だと思ってたの。おちんちんが生えてくると思ってたのよね?」

「それ言う。・・・いや、それは、兄貴や周りにいる男の子たちに試合で勝てなかったから、それは、・・・おちんちんが生えてきてないからだと思って、・・・だって、身体の違いってそれくらいしかないから・・・」

「操さんが出産で入院中に2人で銭湯にいった時、‶双葉もまだおちんちん生えてこないの?″って聞かれたから、‶女の子は生えてこないんだよ″って教えてあげたら大号泣」

「それも言わないで」

 その2人の会話を聞きながら、樹は昨日の朝の彼女の言葉を思い出していた。

 ‶そりゃ、あったらいいな、生えて来て欲しいなって思ってたけど・・・″

(あれは、こういう意味だったんだ)樹はやっと腑に落ちた感じだった。

 ピピピっ、ピピピっ、ピピピっ。

 その時、突然電子音が鳴り響き、双葉が手首を見ていた。

 電子音の正体は、彼女の腕時計のアラームだった。

「あ、もうこんな時間。ごめん、わたしこれから引き継ぎの準備があるから、悪いんだけど2人で帰って。もう夜は明けたけど何が起こるか分からないから、樹ちゃんのこと家までちゃんと送ってくのよ」

「分かってる」そう言うと、王子様は箸を持つ樹の手を握り、その箸の先に挟まれた鳴門のかまぼこを‶ぱくっ″と食べていた。

「あ!!」と驚く樹に、

「ごちそうさま」と彼女は笑顔で返した。

 そして2人はラーメンを食べ終わると、双葉に礼を言い交番を後にした。



                              〈つづく〉



(*注)作中に登場する作品『ロスタイム~金碧と漆黒のディスティニアス~』は、私が「小説家になろう」様に投稿させていただいている小説です。

今回のコスプレに関して何か劇中作品を一つでっちあげようと思ったのですが、作品だけでなくコスプレに合わせて衣装についても細かく設定しなければならず、私にはそんな才能ありませんで、私が唯一完結させている『ロスタイム』を使わせていただくことにしました。    

老婆心ながら補足させていただきますと、『ロスタイム』はジャンルはSFで、全44話・総文字数195、423文字の小説です。もしよろしければこちらも読んでいただけたら幸いです。

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