Scene4 形而上学的な堂々巡り
❶
もともと僕はスピリチュアルな世界を信じるタイプではなかった。
おそらくそれは、ある程度自分の人生が思う方向に進んでいたからだろうと、今になってそう振り返る。
それが最近、目に見えない世界を身近に感じるようになった。特に秋江が家を出てからというもの、しばしば奇妙な夢を見るようになった。ひょっとして何かの暗示ではなかろうかという不吉な予感に苛まれるようにもなった。自分は何者かに呪われているんじゃなかろうかと。
山野真砂子と再会してからは、夢の色が濃くなっているのを感じる。風景のディテールが徐々に明らかになってきている。
深い竹林に続く道。
僕は1人で歩いている。
どこに向かっているのかははっきりと分からないが、どこかに行こうとしていることは分かる。
だから僕はそれほど怖くはない。不安なのは、自由意志が与えられていないということだ。自動運転の端末のように、ただ運ばれているだけなのだ。
1つだけ断言できるのは、その先にいる正体不明の誰かに引き寄せられていることだ。秋江かもしれないし、山野真砂子のような気もする。あるいは他の誰かという可能性もある。
そんな形而上学的な堂々巡りを繰り返すうちに目が覚める。そうして、決まって、こめかみの辺りがジンジンと
え? これは夢じゃなかったのか?
繰り返し現れる同じ夢。徐々に求心力を増していく。これから僕は、どこかへ運ばれていくのだろうか?
❷
年が明けて、いよいよ入試シーズンに突入した。
本番1ヶ月前を切ってからは、夕薫との会話は再び減少した。ほとんどの時間、自室に閉じこもって受験勉強に取り組んだからだ。
この期間だけは僕も仕事を早めに切り上げ、できる限り夕薫のサポートをしてやろうと意気込んだ。そういう目標があれば、かえって職場で集中するようになり、思いの外、さくさくと仕事が切れていった。おかげで、上司や同僚にあまり迷惑を掛けずに退社することができた。
帰りにいつものスーパーマーケットに立ち寄り、ウエブサイトで献立を検索する。受験生向けのメニューが載っていて、自分でもできそうな料理から順番に作っていくことにする。もしかしてこれが料理の楽しみか、と密かに思ったりもする。
入試の前日、山野真砂子は夕薫に手紙をくれた。
そこにはとても励みになる言葉が連ねられていたことは、夕薫の表情から歴然としていた。僕は、高校最後の全国大会予選の前に山野真砂子からもらった手紙のことを思い出した。
彼女も覚えているだろうか?
もちろん、覚えているはずだ。彼女がそんな大切なエピソードを忘れるはずがない。
2人で水族館へ行ったこともそうだ。
あの時僕たちはバスに乗って、浜田市の水族館に足を伸ばした。あれは2月の終わりで、僕は当時流行っていた厚手のスタジアムジャンパーに首を
高校時代の山野真砂子は、ずっと僕の少し後ろを歩いていた。そうやって僕の姿を少し離れた所から眺めていた。もし僕が手をさしのべれば、彼女はきっと、戸惑いながらも手をつなぎ返していたに違いない。だが僕はそれをしなかった。山野真砂子とそれ以上の仲になろうという気がなかったからだ。
今思えば、僕はじゅうぶんに若かった。
あの時何がしたかったのか、自分でもよく分からない……
❸
結局、夕薫は第1希望の姫路学院高校に合格した。市内でもトップクラスの私立高校だ。
「おめでとうございます!」
山野真砂子はいつも以上に声を弾ませた。
「先生のおかげですよ」
僕は思いのままを返した。
「いやいや、夕薫ちゃんは能力が高いですもん。合格することは分かりきっていました。それより、こちらこそ、橋田さんにはいろいろとお世話になりました」
「俺は何もしてない」
彼女はいつものように、受話器に息を吹きかけるようにして笑った。
「いえ、私は橋田さんにたくさん励まされました。なにより、仕事へのモチベーションが上がりました。ほんとうにありがとうございました」
「お礼を言いたいのは僕の方ですよ。先生には本当に感謝しています。あの子には母親がいないから、その分、先生のことを頼りにしていたんだと思いますよ」
母親の話を出した瞬間、受話器に当たっていた真砂子の息がぴたりと止まったのをはっきりと感じた。
❹
入試が終わると同時に、夕薫は塾を辞めることになった。
高校生になってからは、大学入試向けの予備校に鞍替えするのが、生徒たちの通例となっているようだ。
「正直なところ、かなり寂しいです」
塾の玄関で山野真砂子はうつむいて言った。
「橋田さんには、これからは高校の先輩として、いろいろと相談に乗っていただきたかったんですけど……」
僕はそれについては何も答えず、最後に心を込めて礼をする。
相談に乗ってほしいだなんて、冗談に決まっている。
彼女も社交辞令を覚えたのだ。
玄関を出て、最初の路地を曲がろうとしたとき、振り返ると山野真砂子はまだ立っていた。僕の顔を見て、ぴんと背筋を伸ばし、改めて深々と頭を下げてきた。僕は最後に右手を軽く挙げて応え、そのまま路地を曲がった。
また不思議な夢を見たのは、その夜のことだった。
ついに深い林の道の先にある広場に到着したのだ。
広場といっても本当に何もないただの空き地で、白い着物を着た女だけが座っている。女は一切口を開けぬまま、声にならぬ声で何かを訴えかけてくる。
彼女がいったい何を訴えかけているのかを解読しようとしているうちに目が覚めた。
こめかみの
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