第1862話 自信満々だったのに

 これはあれですね、先にTwitter(現X)の方で騒いだ(言うほど騒いでない)やつですね。


 仕事中の話なんですけど、なかなか良い感じのオチが付いたな、っていうのがあったものですから、どうにか薄く薄く伸ばして――じゃなかった、詳しく書いて1話分に仕立て上げようかなって思ったわけです。


 ある日のことです。

 資材館縄張りのパトロールをしておりますと、インカムで先輩に呼ばれました。宇部さんいま聞いても良いですか、と。どんと来い。資材館の商品のことならお任せください。そんな気持ちで応答しますと、その先輩――Aさんとしましょうか――は既に近くまで来ておりました。ならばいちいちインカムでやり取りするまでもありません。小走りでやって来たAさんの後ろにはゆっくりとついてくる高齢女性の姿が。


Aさん「宇部さん、『ふんじんスプレー』ってわかる?」

宇部「ふんじん? スプレーですか?」


 ふんじん?

 

 その響きで浮かんだのは『粉塵』です。粉塵のスプレーとは何ぞ。逆に聞きたいわ。粉塵を噴出するスプレーってこと? そんな迷惑なパーティーグッズみたいなスプレーが存在するのか? セメントの補修の際に吹き付けると強度が増すとか、乾ききる前の塗装面に吹き付けると何か良い感じのアングラ感が出せるとかそういうやつ? あるの? そんなスプレーが。


 するとAさんはさらなるヒントをくれたのです。


先輩「お客様が、ラベルを剥がす時に使う『ふんじんスプレー』って言ってて」

宇部「ラベルを剥がす……ふんじん……」


 ここでピンと来ました。


 ラベルを剥がす。

 そして、『ふんじん』です。


宇部「『風神』って名前のラベル剥がしがあります!」


 この仕事で最高に気持ち良い瞬間です。何だそれ暗号か? それとも隠語か? みたいな単語から正解を導き出すこの瞬間が最も気持ち良いのです。たぶんドーパミン的なものが出てる。


宇部「こちらです!」


 もう最高にハイな気分でご案内です。

 Aさんもきっと私のことを見直してくれたでしょう。

 やっぱり資材館関連は宇部さんにお任せね、と。

 そう思ってくれたに違いないのです。


 私は意気揚々と売り場に向かいました。

 Aさんは「ラベルを剥がす『ふんじんスプレー』なんて本当にあるの?」と半信半疑の表情です。そんな、まだ私は頼りないですか? 勤続8年如きではまだペーペーでしょうか?!


 なので私はAさんを安心させようと歩きながら言いました。


宇部「ラベル剥がしのスプレーで『風神』って商品があるんですよ!」

Aさん「成る程、『ふんじん』じゃなくて『風神』ね」

宇部「そうです」


 さて、売り場到着です。

 オイルスプレーやグリース、それからシリコンオイルなどを陳列している棚の前に立ち、やけに特徴的なイラストの描かれたスプレー缶を探し当てました。私くらいになれば、無数にある商品の中から目当てのブツを探し当てることなんて一瞬です(誇張)。私はもうこの売り場を約8年も任されているのです。この棚を作った(新商品が発売されたりすると商品の移動作業が発生する)のも私です。どの辺に何があるかなんてばっちりわかってます。


宇部「お客様、こちらです!」


 それはそれはもう得意気にその商品をババーンと提示してやりました。


 指先をピンと伸ばし、自信満々に示したその商品は――


 ラ ベ ル 剥 が し   !


 風神じゃねぇ!

 雷神じゃねぇか!


 風神ではなかったのです!


 このイラストよく見たら雷神じゃーん! 雷太鼓背負ってんじゃーん!


 惜しい! 似てはいるけど、ウチの店にあるのは風神ではなく雷神の方だったのです。嘘でしょ! 何!? これどっちが間違ってるの? お客様が間違えて覚えてたの? それとも実際に『風神』も存在してて、たまたまウチで扱ってるのが『雷神』の方だったの?! だったら両方置けやぁ!

 

 幸い、お客様の方では「ああこれこれ」と納得いただけたので良かったのですが、めっちゃ恥ずかしかったですね。風神じゃないんかーい、の気持ちでした。きっとAさんも「やっぱり宇部さんだったか」と思ったことでしょう。なぜビシッと決められないんだ私は。


 ちなみに調べてみたところ、やはり同シリーズで『風神』の方もありました。何がどう違うのかまではわかりません。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る