第1295話 お縄

 違います。

 このエッセイのネタがカツカツなので、「旦那を縛ってみました☆(キャハ」とかじゃなくて。そういうタイプのお縄の話じゃなくて。

 

 あの、逮捕的な意味の『お縄』なんですけど。


 あっ、違います。

 いよいよもって私の奇行が何らかの罪に問われたとかそういうことでもなく。


 じゃあ何なんだよ、って話なんですけど。


 いや、こないだですね、職場で。


 万引き犯を捕まえまして。


 いいえ、私が捕まえたわけじゃないです。

 捕まえたのは店長さんです。一応、パートはそういうのをしちゃいけないってことになってるんですよ。危ないから。


 盗ったところを目撃したら社員に報告、ということになっております。で、店の中では捕まえられません。完全に外に出ないと駄目。あのーもしもーし、鞄の中見せていただけますかー? みたいな、そんな感じで。


 で、その、『盗ったところを目撃』したのが私だった、と。


 ずーっとね、マークしている人だったんですよ。その人が来たら、インカムで従業員全員にお知らせ――なんですけども、皆が皆イヤホンをつけているわけではなくて、なんていうんでしょうね、マイクみたいな感じで使ってる人もいるわけです。タクシーの無線みたいな。だから、近くにいる人にも普通に聞こえちゃう。


 なので、


「例のお客様来ました!」


 とか言えないわけです。

 まぁ、この『例のお客様』というのもまだまだ濁した感じです。本当はもっと直接的な名前、例えば『リポDおばさん(毎回リポDを盗っていっているらしい)』や『シクラメンマダム(堂々と未会計のシクラメンの鉢を抱えて退店した)』などで呼びたいのです。上記のはもちろん仮名なんですけど、それくらいマークしている『お客様』がいるものですから、一口に『例のお客様』と言っても、「どのお客様かな?」となるわけでして。


 というわけで、マークしているお客様がいらっしゃると、とりあえずその場に社員さんを呼びます。出来れば店長が好ましいでしょう。


 もうかれこれ2年近く追い続けている『お客様』でしたので、店長もピンと来たようでした。ただ、運の悪いことに別の接客も入っていたため、


店長「宇部さん申し訳ないんですけど、応対が終わるまで見張っててもらえますか」

宇部「わかりました」


 そんな経緯で、私一人です。


 まぁどうせ今回も私の下手な尾行に気が付いて何も盗らずに(まぁ、既に盗っているかもしれないけど)帰るんだろうな。そう思いつつ。


 その『お客様』――いつも特徴的なでっかいバッグを持って来るので、『ビッグバッグおじさん(仮名)』と呼ばれておりました――を棚の陰からジィっと見つめます。商品を手に取りました。あっ、あれは3000円くらいするやつ! クソッ、3000円以上の商品は数が合わないとイチイチ報告しないといけないんだぞ! いますぐその手を捻り上げたくなりますが、さすがに色々と無理です。


 しばらくの間、ビッグバッグおじさんはその商品を持ったまま通路をうろうろしていました。いつもなら見られているのに気付いてそそくさとそれを戻し、店を出るんですけど、今日はなかなかしぶといです。もしかしたら今日こそやるかもしれない。前はあと一歩のところで逃がしてしまったから、今回こそは! 

 

 ちなみに前回逃した時は、


①手に商品を持っていた

②一瞬目を離した隙になくなってた

③もしかしたら別の棚に置いたとかそういう可能性もあるかもしれない

④でも彼のルートのどこにもその商品はない

⑤ということは盗られた?

⑥念のため在庫をチェック

⑦やっぱり数が合わない!


 っていう感じだったので、まぁ盗ったんだろうな、とは思うものの、決定的な瞬間を見ることが出来なかったので、今回もそんな感じかと思ってて。でも、これくらいの疑わしさでも次は声をかけます、ということになっていたので、そういうつもりだったんですよ。


 が。


 いままで、警察24時的な番組でしか見たことのない生万引きです。鞄を持ち直す振りをしつつガバッと入れてました。何か、「うわ、本当に鞄の中に入れるんだ!」とか思いましたね。いや、鞄に入れるから万引きなんですけど。

 

 そこから急いで店長さんを呼んで、合流して、こそっと「○○盗りました! 鞄に入れるところ見ました! お願いします!」って伝えて、ですよ。


 それで、無事、お縄となったわけですけど、何かもうしばらくはずっと膝が震えてましたね。なんていうか、「自分が見てしまったせいでこの人は犯罪者になったんだな」みたいなのがあって。いや、盗ってる時点で犯罪ですし、私は間違ったことをしてないと思うんですけど、何かそんな感じに思えちゃって。おじさんというか、結構おじいちゃんでしたし。


 ただその翌日、店長さんから、ウチのお店だけじゃなかったことを聞いて、私の罪悪感を返せと思いましたね。

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