第603話 夢を描く女

 さて、昨日は息子の絵の話をしましたけれども、やはり兄が毎日描いているのを見ているからか、ある日を境に娘ちゃんももりもりと絵を描くようになりました。私の遺伝なのか、それとも環境か。


 娘ちゃんの絵は大変可愛らしく、いかにも「女の子が描きました!」って感じで、とにかく登場人物が可愛い女の子です。頭部がハートの形をした『ハートちゃん』ブームは過ぎ去ったようで、人間の頭を持つ人間を――ってそれが普通の人間か、を描いています。


 娘が生まれた時、何せ旦那の家系は男の子ばっかりで、さすがに旦那のお父さんの方にはお姉さんとかいるわけですけど、生まれてくる子が軒並み男、みたいな、そんな感じだったものですから、お姑さんも含め、「女の子がどういうものかわからない」状態。

 それに対して私の家系は、まぁたぶん男子の方が多いんだろうけど、それでもぽつぽつ女が生まれてくるというか、何ならウチの母親はなかなか男の子が出来なくて「やべぇ、私、長男の嫁なのに」と焦りまくったという。そんなレベルで女の子が誕生する家系。


 なので、「女の子のことは松清さん、ばっちりよね?」みたいな雰囲気だったんですけども、いやー、いまだに女の子のことさーっぱりわかりませんて。

 なので、娘の描く絵が、女の子なら当然描く類のものなのかがわからないわけです。


 何でこの子、こんなに間取りばっかり描いてるんだろう、とかね。

 あと、最近は『自分が寝ているところ』を描いてました。


 私一応、心理学系の学部卒業してるんですけど(ただしFラン)、さーっぱりわからねぇの。その絵からなーんにも読み取れねぇ。もっとちゃんと勉強しときゃ良かったですね。えーと、とりあえず、眠いのかな?


 そんな「この子もこの子でなかなかに個性爆発させてんな」と思っていたある日のこと、


「ママ、わたし、ママの夢を描いてあげる」


 夢?

 寝ている時の? と思いましたが、どうやら違うようです。将来なりたいものとか、やりたいこととか、そういう系の『夢』の方。えー? ママ、アナタに夢とか聞かせたこととかあったかしら? ママ個人の当面の夢は書籍化なんですけど?


「娘ちゃん、ママの夢知ってるの?」

 

 ドキドキしながらそう尋ねますと、娘はもう、ふんす、と鼻息も荒く、


「知ってる知ってる~」との返答。うっそ。


 そして、待つことしばし。「でーきたー」の声と共に、私の夢を持った娘ちゃんがやって来ました。


「はいっ、これ、ママの夢!」


 そんな宣言と共に差し出されたその絵は――――!



 ヴィーナス誕生みたいなでっかいホタテ的な貝の中に座っている、(推定)人魚の私でした。ちゃんと貝殻のブラジャー的なやつもつけています。そうね、人魚ったらホタテ的なブラジャーしてるもんな。海で生活するにあたって、その貝のブラジャーが本当に必要なものかはさておいて、人魚ったら当たり前に貝のブラジャーみたいなところある。


 えっ? 私、いつのまにそんな異種族になる夢持ってたの?!


「ママ、人魚になりたかったデショ?!」


 娘の目は澄んでいます。

 やめて、そんなまっすぐな目で見ないで。

 ママは泳げないので、確かにあんなにすいすい泳げたら良いなとは思ったりするけども。


 でもね、言うっきゃないわけです。

 乗っかるっきゃないわけです。壊すな、子どもの夢。いや、これは私の夢なのか。


「そうなのー! ママったら、人魚にずーっとなりたいなーって思ってたんだー! エー、娘ちゃん、すっごーい、何でわかったのー?」

 

 精一杯演技しますと、娘はもう得意気です。つやつやほっぺをぱんぱんに膨らませて言うのです。


「わかるよー! もう、ば・れ・ば・れ!」


 バレバレレベルで!!


 私そんな普段から人魚になりてぇなって思考を駄々漏れさせてたんか……。

 

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