第341話 オーケイ、わかった

 息子がまだ小さかった頃のお話です。


 小さい頃の息子はですね、まぁとにかく難しい子でしてね。言葉が遅かったっていうのもあるのかもなんですけど、いや、言葉云々の以前から難しい子でした。何かこう……陶芸家みたいなやつ。ちがーう! ガシャーン!! みたいな気難しさ。もう生まれた頃から芸術家肌だったんでしょうか。でしょうか、って母親の私が聞いてどうする。


 幼児ですからね、ほら、おもちゃとか落としたりするじゃないですか。そしたら、あらあら~、って拾うじゃないですか。そりゃ拾うじゃないですか。母だもの。


 怒るんですよ。

 どうしてママがひろうの! ぼくがひろうのに!!(タップダンスばりの地団太)ってね。


 ごめんごめん! って謝って渡しても駄目、そんじゃもっかい置くから、ね? TAKE2、ね? ってやっても駄目。ぎゃんぎゃん泣かれてもうどうしようもないわけです。当時はいまみたいに旦那の仕事も融通利く感じじゃなかったですし、近くに頼れる義母もいませんし、専業主婦ですから保育園にも預けられませんしね。さぁどうするどうするって悩みに悩んだ末編み出したのがこれね。


 洋画とかで人質をとった犯人と対峙する刑事のやりとり風のやつ。


「(両手を上げつつ)オーケイ、わかった、こうしよう。その床に落ちたぬいぐるみだが……、ああ、わかってる。落ち着け。何もおかしなことをしようってんじゃあない。それを、いまから、俺が、拾う。わかるか? もう一度言おう。それを(ぬいぐるみを指差す)、俺が(自分を指差す)、拾う(拾うジェスチャー)。ここまで理解出来たか? 拾ったら直ちにお前に返す。そう、返すんだ。すぐに返すさ。約束する。良いか? 良いか? 拾うぞ? 拾うぞ? ……っはぁ~い、拾った。拾ったよ、はい! はい! ほら! すぐに渡す。すぐに渡したでしょ? ね? ね?(両手を上げてアピール)」


 途中から刑事でも何でもなくなりましたけど。


 とにかくまぁさんざんに身振り手振りでアピールしてから拾うわけです。すると「まぁ、ママがそこまで言うなら?」みたいにちょっと待ってくれるんですよね。いやぁ、これを見出すまでが長かった。


 で、私、もともと母親に似てちょっと耳が遠いものですから、気を抜くと声が大きくなっちゃう(普段は意識して声を小さくしてる)んですけど、そのせいでまたどんどん声が大きくなっちゃってですね。家の中ならまだしも外だとちょっと恥ずかしい、という。


 いまでも少々気難しいところはありますけどね、まぁ、人を傷つけたりしなければ良いかな、と。自分をしっかり持っててくれればそれで良いかな、ってね。


 ただその刑事風のやりとりがすっかり定着しちゃったもんで、もうそこまでしなくても良いはずなのに、


「オーケイ、わかったこうしよう。いまから俺がこの手本を見せる。良いか?」


 みたいなことやっちゃう。何でこういう時ってエセ外国人みたいな感じになるんでしょうね。でしょうね、ってやってるの私だけか。


 いや、育児してるとですね、我が子必勝法みたいなの編み出したりするもんなんですって。ウチはそれがエセ外国人風のオーバーリアクションだった、っていう。


 あ、ちなみに娘の時はオネエ系がウケました。あらー、おきゃわたんな女の子来たわぁ~、どこの子~? やぁっだ、ウチの子じゃないぃ~、って。


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