第三章 《季節》祟り
第十七譚 黄金の焔と《春》のなきがら
翌朝になると、雪はやんでいた。
昨晩が激しい吹雪だったとは思えないほどに晴れていたが、気温は低く、細かな雪が腰あたりまで積もっていた。窓から眺める風景はすべて、雪に覆われている。石畳もいまは洗いたての布を敷きつめたようだ。屋根はたっぷりと雪を乗せ、煙突からぽくぽくとあがる煙まで綿雪にみえた。
積雪に慣れた町の
ハルビアに連れられて、セツは町の北端までむかった。
北に進むほど気候は暖かくなり、長が暮らすという洞窟の前まで至ると、春のような暖かさだった。このあたりは、雪がほとんど積もっていない。黄金の焔が雪を積もる側からとかしていく。だから、いかに激しい吹雪に襲われても、洞窟が埋まってしまうことはないそうだ。
洞窟の側には革の鎧を着た若者がいて、ふたりで警備にあたっていた。
警備の若者は旅人の姿をみるなり、警戒して立ち塞がる。
「おふたりとも、寒いなか、お疲れさまです。旅人さんが長さまにご挨拶をしたいと。長さまに取次ぎをお願い致します」
ハルビアが前に進んで、要件を伝える。
警備の若者は顔を見あわせて、眉を曇らせた。
「旅人の謁見はできません」
「なぜですか。長さまに伺ってください。きっと了承してくれるはずです」
ハルビアが抗議する。若者は首を横に振る。
「ハルビア嬢の頼みとあっても、それだけはちからになれません。黄金の焔をよそ者の目に触れさせるわけにはならないのです。ただでさえ、昨今焔が衰えていますから。それにいまは」
若者はなにかを言いかけて、言葉を濁す。ハルビアが表情を曇らせた。
「会議でもなさっているのですか? そのような連絡はなかったのですが」
「あ、いえ、臨時の集まりでして、会議ではないのですが」
「それでは終わってからでも、長さまに掛けあって」
「あのぉ、もうだいじょうぶですよぉ」
セツが声をかけた。
「無理を言ってしまい、お詫びいたします。町に滞在させていただいているお礼を兼ねてご挨拶を、と思っただけですので、どうかお気になさらず。ハルビアさんから、長さまに要件だけをお伝えいただければ幸いです」
残念だが、謁見は諦めたほうがよさそうだ。
ハルビアはなやんでいたが、渋々頷いて、あらためて若者に向きなおす。
「私だけならば、構いませんよね」
「え、あぁ、ハルビア嬢はいつもどおりで構いません、だよな?」
警備の若者はもうひとりに尋ねる。
「ああ、それは、なにも言われていないが」
ハルビアは若者のあいだを進み、振りかえる。
「すみませんが、セツさんは宿屋で待っていてください」
そう言い残して、彼女は洞窟のなかに消えていった。
残されたセツは広場までの道をひき返す。警備の若者に喋りかけてみようかとも考えたが、旅人は歓迎されていないのだから、会話が続きそうにもない。それによけいなことを言って、疑われては後々に響きかねなかった。長から許可がおりても、さすがにいまからは出掛けないだろうが、町を散策していて連絡が行き違ってはいけない。ひとまずは宿屋に帰るべきだ。
雪を踏みながら、セツはつぶやいた。
「あれは、鉱物なんかじゃありませんねぇ」
長に謁見するというのは建前で、実は黄金の焔の実態を確かめたかったのだが、ここまで近寄れば、直接見るまでもない。
「ね、言ったでしょ」
「ええ、黄金の焔は《春》そのものだ」
鉱物の熱とはあきらかに違っていた。
「けれど、いまは魂だけみたい」
「あるいは魂と、なきがらか」
季節は生き物だが、人や獣とは、命の質が違う。よって拠りどころとなるものがあれば、魂だけで留まることはできる。死後も魂だけを縛りつけ、加護を強制することもまた。どちらも季節は、凄まじい苦痛を強いられるだろうが。
「これは、見逃せませんねぇ」
セツが傷ましげに眸を細めた。
「果たして誰が、春を死後も縛りつけているのか」
急に凍えるような旋風が巻きあがる。セツは雪氷を吸い込んでしまい、
洞窟から遠ざかり、また寒気が戻ってきたのだ。洞窟のちかくがどれほど春の息吹に満ちていたか、あらためて実感する。睫毛が凍りそうな寒さにさらされながら、セツは橋を渡り、雪が残る広場の石畳を踏んだ。
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