第十六譚 だから季節は《殺》される
「殺されるんです」
セツは繰りかえす。
「季節は、人に殺されてしまう程度のものなんですよ」
急に服のすそをひかれて、セツは視線をさげた。
ちいさな指が上質な絹を握り締めていた。
暖炉の側で
「意外でしたか? 季節が、殺されるだなんて」
「意外、というよりは想像もしていなくて……まだ、想像がつきません。ごめんなさい」
ハルビアは
「それでは質問を替えましょうか」
セツはみずからの相棒を膝に乗せる。
「彼女ならば、どうですか?」
質問の意が汲めず、ハルビアは呆然と瞬きを繰りかえす。
「クワイヤ――僕の相棒は、季節です」
「え……それは」
「嘘じゃありませんよぉ」
言いながら、彼は相棒の外套を脱がせた。
「彼女が、季節……そんな」
ハルビアはあらためて、目の前の綺麗な少女を眺めた。
人形のように
神の
外套を着ている時とはあきらかに違った。素顔が隠れているわけでもないのに、外套を着ていると存在感が霞む。騒いでいても、
なのに、外套を脱げば、急に神々しく輝きだす。
彼女が季節であるという根拠はそれだけではなかった。他人を恐れ、にんげんを嫌うその言動。ただの綺麗な少女ではないことは明白だ。セツがハルビアの立場ならば、疑いなど持ち続けてはいられない。だがそれは、季節にかたちがあるという常識を踏まえてのことだ。
「ほんとう、なんですか? ほんとうに彼女が季節なんですか」
「誰にも言わないでくださいねぇ」
人差し指を立てて、セツが細い目をさらに細めた。
寒風に
「ごめんなさい……私はなにひとつ、知らなくて」
「いえ、どうか謝らないでください。ただ、そういうものであることを覚えていてほしいだけなんです。季節は殺せる。僕の故郷が、そうだった」
セツは睫毛を傾けた。細い
「僕の故郷には四季に加えてもうひとつ、他の地域にはない
「朽ちた……」
「言葉通りですよ。大地が朽ち、樹々は腐って根こそぎ倒れ、湖は
感情を移さず、セツは事実だけを語っていく。
口の端にだけは愛想笑いを残していたが、頬があきらかに強張っていた。
「僕は、故郷を失ったのです。だから僕には名乗るべき
ハルビアは唇の端を震わせては、また硬く塞いだ。
掛ける言葉が見つからないようだった。彼女にとっても、故郷とは大事なものだ。それが、朽ちる。どれほどに重い絶望か。彼女は真剣に考えてくれている。悔み、なぐさめることは易くとも、それでは補えない。
春を宿す瞳が
「すみません」
ふっと影を振りほどいて、セツが微笑んだ。
「泣かせてしまいましたねぇ。ちょっと喋りすぎた。すべては終わったことなんですよぉ。ぜんぶが終わっていて、僕は。だから、こまらせるつもりはなかったんです、ほんとうに」
緩んだ語尾と律儀な本音がまざる。
「悲しんでくれて、ありがとうございます」
セツはそういって、頭をさげた。
ほろほろと雫を頬に零して、ハルビアは組んだ指を震わせる。
「悲しいのは貴方なのに」
「いえ」
セツは複雑に笑った。
「ほんとうに悲しいのは僕じゃなくて」
彼はそこから言葉を続けず、かわりに決意するように瞳を瞬かせた。
「なので、僕は季節の循環を望みます。季節が滞りなく、巡っていける環境を護りたい。それは決して、損なわれてはならない大地の理だと、僕は思うから」
どの季節も損なわれてはならない。
それが春であれ、冬であれ。
雪氷を巻き込んだ風が吹きつけて、窓の木枠が騒ぐ。がたがたと壁ごと震える。風がやむのを待ち、一度会話をとめた。暖炉の側にいれば、吹雪の晩だということを思いださなくなる。季節を意識せずに暮らすこともできる。
けれど、それは
「城にいく道があれば、教えていただけませんか?」
ハルビアは考え込んで、ひとつだけ案があると言った。
「ノルテの町は雪の壁にかこまれていますが、牧場や織物の工場などに通じる道の他にも、雪の
「その
「普段は
「お願いします。長さんにもご挨拶させていただきませんとねぇ」
「旅人さんがこられたら、喜ばれると思います」
「翌朝には晴れていたらいいですねぇ」
また強く、窓枠が震えた。暖炉の側ならばいいが、壁際に寄れば寒風が肌を刺す。吹雪は段々と激しさを増している。朝にはどれくらいの雪が積もっているだろうかと思いながら、からっぽになった木製の杯を渡す。
春は、遠い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます