セツが跪き、服従したくなるほど美しく気高いクワイヤさん、それに「季節殺し」という言葉が気になります。
季節が滞るようになった原因とは一体……。
もうクワイヤさんがかわいらしくて魅力的で……。神々しく、威厳があるのに、どこか儚く消えてしまいそうな危うさもありますね。
セツとの互いに想い合う関係がたまらなく素敵ですね。大切に想うのは同じでも、相手を自分の何だと思っているのかは、それぞれ違っていそうですね。
作者からの返信
ありがとうございます。
《季節殺し》を投稿して驚いたのは、クワイヤが思いのほか、皆様に愛でていただけたことです。ほんとうにうれしかったです。傲慢だったりやきもち妬きだったり、くるくると感情が巡る騒がしい少女ですが、彼女の表情や姿の描写は書いていて非常に楽しく、筆が進んだのを覚えています。私は物静かな登場人物を書くことが多いので、彼女のような人物(季節ですが)を書くことはとてもめずらしいです。
松宮さん、いつもほんとうに細やかな感想をお寄せくださり、ありがとうございます。感謝してもしきれません。
第二段落からのクワイヤの描写が素晴らしいです。幼くも、美しい、だけじゃなく同時に、太古の荒ぶる精霊の凄まじさをも感じさせます。「緩い吹雪に髪を遊ばせて」もいいです。「凍りつくほどに綺麗」というのもすごい表現ですしその横顔が「頬づえをつい」ているのもいいです。「無慈悲が、なめらかな頬から滲んでいる」のも常識から隔絶する程の美しさを物語ります。女性としての美しさじゃなくて、大自然の美しさ、ということなんだと思いました。だから美しいけど残酷でもある。でも、最高なのは、この壮絶な美しさからの「あのね、わたしはね」です。最高に可愛かったです。「銀の瞳孔に万華鏡が拡がる」も《視覚的・美術的・映像的な美しさを表現するのに文芸は向いてない》と思っていた僕のつまらない常識を根底から覆す素晴らしい表現でした。ああ、すみません、気持ち悪いですねたぶん・・・。個別に書くと全文を引用しなければならない為、この辺で止めて置きます。声に出して読みたい、そんな魅力ある文章です。
作者からの返信
刈田狼藉さん クワイヤの魅力を語る際にはひと際神経をつかって詞を捜しましたので、そのように仰っていただけて幸甚です。彼女の美しさを表現するにあたって、単なる美少女の形容詞では彼女を表すことができずあのようなかたちになりました。
自然とは美しいものです。されども時に恐ろしいものでもあります。それは、季節もおなじです。
……刈田さんの御推察のとおり、視覚に訴えかける表現というものを小説に取りいれることは、実際には不可能に等しいです。絵画や映像と違って小説というのはあくまでも白の空白と黒の活字、その羅列に過ぎません。読んでくださる御方の時間を頂き、想像をお借りしてはじめてに活字の羅列が視覚に変換されるのです。
ですが小説もまた視覚芸術の一種に分類されているのもまた事実です。しかも時間の経過による動きとその美しさを表現しうるとされる時間芸術にです。これは舞踏、音楽とおなじ分類です。そう考えると小説の可能性は無限に拡がります。
ひとつひとつ、ほんとうにありがとうございます。気持ち悪いどころか、……嬉しくて……感謝の言葉もないほどです。