第二章 この地に《春》は巡らない

第八譚 白い朝と《冬》の町

 久し振りに屋根のあるところで眠り、町に着いてはじめての朝を迎えた。

 客室には寝台ベッドがふたつあったが、クワイヤがひとりでは寝つけないと駄々をこねたので、セツが添い寝をして、結局は一緒の寝台ベッドで眠りに落ちた。疲れが濃かったからか、夢も見ずに眠り続け、目覚めた時にはすでに廊下から車輪の音が響いていた。

 窓をのぞけば、朝日を受けて広場に積もった雪がきらきらと輝いていた。夜はあんなにも降り続いている気がしていたのに、明けて確かめれば、ほうきける程度の積雪だ。

 豪雪地帯とはいっても、毎晩のように大雪が降るわけではなく、偶の大雪が残り、積み重なるのだとは聞き及んでいたが、実際にそうなのだとセツは実感する。

 一晩中暖炉の火を絶やさないので、室内は朝でも暖かい。

 急いで服を着替え、クワイヤに外套がいとうをかぶせて、朝食には間にあった。

 朝食は、寒い地域でも収穫できる穀物を練って焼いたものだった。まるい生地はもちもちとしていて腹もちがよさそうだ。食べ物にも飲み物にもたっぷりと蜂蜜を垂らすのが、この地域の朝の日課だと教えてもらい、実践する。セツからすれば、少々蜂蜜をかけすぎていて、朝から胸やけしそうだったのだが、あまいものが大好物のクワイヤは上機嫌だった。

 食事を終え、落ち着いてから、セツはハルビアにあることを頼んだ。


「ノルテがどのような町なのか、是非ともあなたに案内していただきたいのです」

「それは……構いませんけれど」


 ハルビアは思いのほか、快諾かいだくとはいかなかった。


「旅人さんに喜んでいただけるものはなにも」

「いえいえ、観光地をみたいわけではありませんので、そのあたりはお気遣いなく。この町の人々がどのような暮らしをしているのか、知りたいだけなのですよぉ」


 にへらと笑いかけて頼み込むと、ハルビアはセツの意を理解して、頷いてくれた。

 数十年に渡り、外界との繋がりが絶たれてきた町がどのように暮らしているのか。なにを考え、終わらない冬を臨んでいるのか。それを理解することがこの地に春をもたらす手掛かりになると、セツは考えていた。


「それでは出掛けましょうか」

「よろしくお願いしますねぇ」

「あの、ところでセツさん、その格好は寒くありませんか?」


 ハルビアが遠慮がちに尋ねてきた。確かに、町の者が着ている織物の服にくらべて、礼服の生地はずいぶんと薄かった。見るからに寒そうだ。


「外套のなかにも、暖かいものを着られたほうがいいのではないでしょうか?」

「実は、僕の服も外套も、特殊な繊維で織られているんです。なので一般の旅人の服より遥かに丈夫で、どんな気候にも適しているんですよぉ。夏はすずしく、冬には暖かい、というやつですねぇ。だから、だいじょうぶです。気に掛けていただいて、ありがとうございます」


 話しながら、セツは手際よく外套を巻きつける。


「それはよかったです。あ、あと、お弁当の配達を兼ねても構いませんか?」

「もちろんですよぉ。荷物は僕が持ちましょうか?」

「日課なので、だいじょうぶです。それに腕が塞がっていらっしゃるでしょう?」


 セツに抱きあげられたクワイヤをみて、ハルビアが微笑ましげに瞳を緩めた。

 町に繰りだす。

 予想していたよりも寒くはない。

 流雪溝に掛けられた歩数にして三歩程度の橋を渡り、宿屋の敷地から広場に渡る。

 ちょうど緩慢な轟音ごうおんをともなって、屋根に積もっていた雪がすべり落ちた。慣れていないセツは思わず振りかえるが、落ちた雪はまとめて流雪溝りゅうせつこう雪崩なだれ込んでいった。


「案外と暖かいですねぇ。流雪溝の恩恵でしょうか」

「昔から町のなかは暖かいのです。《黄金の焔》が護ってくださっているから」

「黄金の焔、ですか?」


 ハルビアは頷いた。


「町の護り神です」

「えっと、それはこの土地の信仰ですか?」


 セツは尋ねれば、ハルビアは笑って、てのひらを横に振った。


「いえ、そういうものではないのです。黄金の焔とは燃え続ける鉱物のことなんです。冬が終わらなくなった頃から燃えていて、どんな吹雪がやってきても、その焔が絶えたことはないそうです。この町の、どこの暖炉にある火も、もとは黄金の焔から譲り受けたものなのですよ。だから町の護り神と言われています」

「へえ、それはいったい、どこに」

「長さまのところにあります。後ほど案内致しますね」

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