第119話鍛錬その1

 俺は買った島に来ていた。目的は鍛錬だ。彼の魔術を使用しながらの鍛錬。音域が足らない為、完璧な状態で使用することは不可能だが。歌がなくとも一応使用はできる。彼は最早歌すらいらなくなっていたが。



 俺には無理だろう。理論も使用術式もある。効果範囲は相撲の土俵程度だろうか。使用してみよう、話はそれからだ。



 周囲に何の変化も無い。当然だ、そういう魔術なのだから。しかし、俺の体は別だ、急に体が重くなり、全身が動かしにくい。ダメだ、倒れる。前に倒れた、受身も上手く体が動かないので、取れなかった。痛い。



 人間はどれだけ魔力に依存していたか、今なら分かる。きっと、動物は無意識下で、魔術を使っている。前の世界でも同様だろう。




 自分の体を動かす電気信号、それの補助の役割があると言われても、今なら信じる。今試しに手を動かすが軽く握ったつもりが、痛いほど強く握っている。加減が上手くできない。



 結局この日は、この魔術を解除するまで、手での力の加減を覚えるだけで限界だった。




 翌日仰向けになりながらまた、あの魔術を行使する。次は腕と足の指。更に翌日と続いていく。結局立ち上がるのに、10日、這うのに、15日。よぼよぼとだが歩けるまでに1月。まともに歩けるまでにもう一月。



 駆け足が出来るまでに更に1月だ。この魔術の開発者である、彼の敵は初見でこの中を動いて見せている者もいた、化物か? それとも彼が一番動きやすい、程度に調整したのだろうか?



 どちらにしろ、俺には無理だ。キーである歌が俺には歌えない。従って0か1しかできない。それでも、この中で、ある程度の格闘が出来るようにならないといけない。この中ではスキルもステータスも意味が無い。ただ、修練で慣れ、馴染ませるしかないのだ。



 駆け足をするようになって、怪我が絶えない。少しでもミスを犯すと、足が絡まる。ポーションが無ければまずい傷も少しでは済まない。



 ここまでして、何故この魔術を使うか、答えは彼、いや、アリアが示している。アリアは素晴しい魔術師だ魔術才も非凡だし、運動能力も同じだ。それでも勝てない者はいくらでもいる。



 魔術で勝てない者、運動能力で勝てない者。いくらでもいた。上を見ればキリが無いのが世界だ。そして彼の結論は、魔術で勝てないのなら、運動能力で競い、運動能力で適わないなら魔術で競うというやり方だ。



 相手の長所を潰すのは当然だ、それを体現したのが彼の戦闘スタイルだ。それを駆使しても尚届かない化物もいるようだが、例外中の例外だろう。



 要するにだ、格上を倒すための魔術だ。俺が使いこなすのにはまだまだ時間が掛かるが、この世界を生き抜くならば必要だと思う。



 力と権力で回ってるような、野蛮な世界にしか見えないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る