閑話 召喚の儀2
数日の間、悩み続けた。
あれだけ頑張って考え続けたのに……、ルーリオとのこれからの為に聖女の力を想像し続けたのに、何一つ見つけることは出来なかった。
城内の書庫に行けば、もしかしたらなにかのヒントが見つかるかも知れない。でも、下手に動き回ってしまえば、私達の抱える秘密に誰かしら感づく人が出てくるかもしれない。結果的に、ただ言われるがままの生活を強いられてしまっている。
そうやって私が隠れて悩み続けている間にも、満月の日は着実に近づいてきていた。
「――聖女様、何かお悩みでしょうか?」
「え!? あ、いえ、明日のことを思うとどうにも緊張してしまうようです」
「明日、ですか?」
「……」
側付きの女性が私の身体を洗いながら、心配そうな顔でこちらを見ていた。自室以外では、ほんの少し考え事にふけってしまうだけで、こういったことになる。まだ何かを言いたそうだけど、これ以上会話をして不審に思われないよう、必要以上に反応することは控えることにする。
この女性は私が負っている重圧は知らない。それだけ聖女という立場が重要視されているってことだ。
……私は考えが甘かったんだと思う。多分、ルーリオ達も。ううん、いまさらそんな事を言っても変わらない。それに目の前に見えてきた幸せをみすみす逃したりはしない。
風呂を出て部屋に戻った。この時間からはようやく私だけの時間がやってくる。邪魔が入らないよう、早々に灯りを落とす。間違っても部屋に誰かが近づかないように……。
「ルーリオ、今どこで何をしているの? 早く会いたいよ……」
月明かりに照らされた部屋の中で、一人愛しい彼の顔を思い浮かべる。謁見の日以降、彼とは一度も顔を合わせていない。聖女には召喚の儀を無事に完遂する義務がある。だから、それまでの間は召喚の儀以外のことは考えなくても済むようにという配慮だった。
召喚の儀の重要性を考えれば当然だとは思う。でも、偽物の私にとっては相談相手を奪われたことになるわけで……。そんな配慮はただの重荷でしか無い。
「だめだめ、そんなことよりも聖女の目のことを考えないと……」
どれだけ目を見開いても、どれだけ目を凝らしても、私に見えるものは何も変わらない。私だってあの教会で祈りを捧げたのに……。私とあの女の何が違うっていうの?
私の頬を一筋の雫が伝う。
「考えないと、いけないのに……」
両手で顔を覆って、小さな声でむせび泣く。
これまで堪えていたものが溢れ出してしまった。私には泣いている暇なんて無いのに……。でも、涙が止まらない。
泣きつかれて眠ってしまっていたみたい。きっと今はひどい顔をしているんだろうなあ。涙で濡れていたはずの手のひらも、もう乾いてしまったみたい。
「こんな薄暗い部屋でも手のひらなら見えるのにね。って、えっ!?」
少しだけ落ち着いた気持ちで手のひらを見ていると、自分の手から薄っすらと湯気のような物が見えた。
「風呂上がりだから? ううん、違う!」
確かに風呂上がりにすぐ部屋に戻ってきたけど、もうあれからは結構時間が経っている。身体も少し冷えてきているくらいなのに。
気のせいかと思って何度も見直したけど、決して見間違いじゃない。やっぱり薄っすらと湯気のようなものは間違いなく見えている。念のために目に魔力を込めながら見ると、ほんの少しだけどはっきりと見えてきたような気がする。
「もしかして、これが……うん。そうだ、きっとそうに違いないわ!」
城内の神殿で毎日お祈りを捧げたおかげかも知れない。
絶望に落ちかけた私に生まれた唯一の希望。この希望を手放さないために、手に入れた感覚を忘れないように洗練しないと。もう寝ている時間なんてない。運命の時はもう明日の夜なんだから。
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