閑話 召喚の儀1

 待ちに待った運命の日。この謁見の日にこれまでの苦労がすべて報われるはずだった。それさえ乗り切れば私は特別な幸せを手に入れることができる。そう信じて疑わなかった。


 ――話が違うよ。


 これまでまったく想像もしていなかった話を聞かされて、まず浮かんだのは困惑だった。慌ててルーリオに視線を投げ掛けたけど、返ってきたのは私と同じ困惑の表情だった。彼も知らない?


 待って。聖女の役割はただの平和の象徴じゃなかったの?


 言葉に出したわけではないけど、元老院の偉い人は私の困惑を察したのか、申し訳なさそうに頭を下げる。


「誠に申し訳ございません」

「え、いえ、どうか頭を上げてください!」


 国家としての重大な機密を含んでいるらしく、聖女候補にすら伝えられていない話なのだと聞かされた。無事に巡礼の旅を完遂し聖女となることで初めて知らされるのだと。ルーリオ達がこの場で聞くことを許されたのは聖女を守護した者だから。


 次に訪れる満月の夜に、異世界から救世主を召喚するための儀式を執り行う。


 異世界から救世主を召喚するなんて言われても、いったい何をどうすればいいのか想像もつかない。元老院の偉い人が言うには、巡礼の旅を終えた聖女には【救世主を迎え入れる】力が宿るらしい。


 そこまで話を聞いても、私はまだ事の重大性を理解していなかった。続く言葉を聞いて初めてその重大性に思い至る。


 召喚の儀には国宝である賢者の杖に貯められた膨大な魔力が使用される。つまり召喚を行うことができるのは一度切り。そこで行使される異世界召喚魔法に合わせて聖女の力で救世主を迎え入れなければならない。


 やり直しは効かないのだと……。




「――そんなの無理に決まってるじゃない。ルーリオ、助けて……」


 誰もいない部屋の中で一人、消え入りそうな声でつぶやく。


 謁見を終えた私はルーリオ達と再び分けられて別室へと通された。だから今の私に手を差し伸べてくれる人はいない。


 元老院の偉い人から授けられた【聖女の守護者】という称号、そんな特別な栄誉を告げられたルーリオ達だけどその表情には喜びは一切見て取れなかった。


「ルーリオ……」


 特別な物を何も持っていない私に手を差し伸べてくれた優しい男性。私にとって彼が特別なように、彼も私のことを特別と言ってくれた。あの偶然の出会いに私は運命を感じた。


 でも、私がルーリオと出会った時にはすでに、彼の隣にはティーナという女性が居座っていた。絵に描いたように裕福で太陽のような女性。特別な人生を歩んできた彼女はあまり人を疑うことを知らなかった。


 私が望んでも決して手に入れることができない物を全部持っている、そんな彼女の事が大嫌いだった。だから、ルーリオからあの計画を聞かされたときには二つ返事で承諾したし、あの長い旅の中で万が一にも悟られないように心の奥へと押し込めた。


 彼女を追い出すことができたあの日。絶望に包まれた彼女の顔を見た時に、あの長かった苦労がすべてが報われた気がした。


 ようやく、ようやく幸せを掴んだはずだったのに……。




 ――今の私に提示されている選択肢はたった一つだけ。近く行われる召喚の儀を成功させる。それ以外の選択肢は存在しない。


「何が何でも成功させないと……」


 でないと、重大な機密を知ってしまった私には破滅の道しか残されない。ううん、私だけじゃない。多分ルーリオ達にも……。


「それだけは絶対に駄目!」


 私がなんとかしないといけない。


 元老院の偉い人は【救世主を迎え入れる】と言った。それなら聖女に宿る力はそれを行うための物のはず。


 あの女に授けられた女神様の恩恵。【堕落の指輪】によって汚された恩恵に付いた名前は【覗き】。


「――何かを覗く? 恩恵の本当の名前は何?」

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