第32話 冒険者って大変そうだなあ

 結果から言ってしまえば、私が食べることができたのは二口、三口程度だったよ。まあ、私のことは割とどうでもいいかな。あの翌日は身体の調子がおかしくなってしまって、仕事を一日こなすことがまるで試練みたいだったし……。多分、私はあの店にはもう行かない。


 ただ、私のトラブルは忘れてしまっても良いくらいに安心できる出来事も合った。サクヤもコータもギガハデスヒートを見事に完食。互いの健闘を称え合って非常に満足そうにしていた。


 勝負の行方をずっと見てて、途中からは根性があるというよりも二人は味覚に問題を抱えているんじゃないだろうかとか失礼なことを考えてしまったほど。でも、あの店のお客さんの比率から言えば、味覚がおかしいのは私のほうかもしれない。


 それはそれとして、二人の距離感がほんの少しだけ近くなったみたいで、ちょくちょく二人で激辛店巡りをしているって嬉しそうに話してくれた。ちょっとだけ羨ましいなあとか思ったり思わなかったり。私はコータとは秘密の一部を共有しているだけで、むしろ共犯者に近い間柄だから――って考えると若干悲しくなってしまう自分がいた。




「大変、大変、大変だよ!」


 普段ではあまり見ないような慌てっぷりで、カトリが仕事場に飛び込んできた。キトリは一緒じゃないみたいだ。ちょうど客足も途切れたタイミングだったので、そのまま近くの椅子に座ってもらうことにする。


「ど、どうしたのカトリ?」


 私が問い返すと、右手をこちらに伸ばして待ったをしながら肩で息をしている。カトリの様子を見る限りでは緊急性が高いトラブルなのかもしれない。最悪の自体を想定していつでも助けに出られるように気持ちを引き締める。


「さ、サクヤが……」

「サクヤがどうしたの!? 怪我? 病気? それとも……」

「なんか知らない男と一緒に歩いてた!」


 ――ああ、そういえば今日も激辛店巡りするって言っていたような気がする。しっかりと聞いていなかったからよく覚えてないけど……。もしかしたら違う人ってこともあるし。


「そ、そんなに驚かなくても。サクヤって美人だし、言い寄ってくる男はいっぱいいそうだけど?」

「いやいやいや、あれはちょっとどころじゃないよ。私、サクヤが帯剣もせずに男と歩いているのを見るの初めてだし」

「うーん、長旅に出ているわけでもなくてこの町を拠点にしているんだから、ずっと帯剣しているのもおかしい気はするけどね」


 私自身、この町で暮らし始めてまだそれほど経っていない。確かに町中が絶対に安全かと言われれば違うと思うけど、だからといって常時帯剣しなければならないほど危険な町でも無いと思う。冒険者が特別なのかも……。


「サクヤは冒険者としては目立つから、何かと目の敵にされることも多いんだ。もちろん私とキトリもね」

「そっか、そういう事もあるんだね。冒険者って大変そうだなあ」

「その分、実入りもいいからね。じゃなくて、そういう理由でサクヤが帯剣していないってのは珍しいんだ。しかも一緒に歩いていたのが、線の細い弱そうな男でさ」


 線の細い弱そうで決めつけてしまうのは心苦しいけど、多分コータのことで間違いないと思う。


「えっと、髪の毛が黒い男の人かな?」

「知ってるの!?」

「知っていると言うかなんというか、一応私の遠縁の親戚でコータって言うんだ。私とは全然似ていないんだけどね」

「え、親戚? 面影は全然なかったけど、まあティーナが言うんだからそうなんだろうね」

「あ、あはは」


 ちょっとわざとらしかったかもしれないけど、カトリはすんなりと信じてくれたみたい。いつか話せるようになったら謝るから今は許して欲しい。


 え、キトリにはどうするのって? 前に話したらサクヤのときと一緒で一発で嘘だってバレたよ。でも、私の様子を見て深追いせずに飲み込んでくれたし、他言もしない約束をしてくれたの。あの時はちょっとじーんと来てしまった。


 その時にカトリには絶対バレちゃダメだよって念押しされたけど……。キトリ曰く、カトリは悪い子じゃないんだけど、気をつけていてもポロッと口を滑らせる可能性がものすごく高いらしい。そのせいで何度依頼を失敗しけかたことか、と。あのなんとも言えない遠くを見るような仕草は実体験を伴うものだろう。


「私と同じで、コータもこの町に来てまだ間もないからサクヤが気を使ってくれてるのかも」

「んー、ちょっと納得はしかねるけど、ティーナ絡みなら無くはないかなあ。友達だし、命の恩人だし」

「恩人っていうのはもう言わないでって」

「あー、そうだったねごめんごめん」


 カトリが舌をぺろりと出しながらウインクする。私にもカトリの艶っぽさの十分の一でもあればなあ。


「でも、そういうことならティーナの親戚のコータが早く町に慣れる事ができると良いよね。よし、私も時間がある時は色々教えてあげられるようにするよ」

「なんだろう、それはそれで不安になる気が――」

「え、何?」

「あ、ううん。なんでもない! 私的にもコータには早く慣れてもらいたいからすごく助かるよ」

「まっかせといて!」


 私もコータを巻き込んでしまったわけで、人のことは言えないよね。こことは違う世界からやってきた人。不安だってものすごくあると思うし、帰りたい思いはもっと強いと思う。


 私の恩恵に問題があるせいで、コータには余計な苦労を掛けてしまっているって自覚はある。でも、私もまだ怖い。せめてもの贖罪ってわけではないけど、少しでもコータの手助けになれるように、私も何かをしないといけないんだと思う。

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