第31話 すごい匂いだね
多くの人々が行き交う賑やかな通りを歩いてるにもかかわらず、これから訪れる試練に対する緊張から足取りが鈍る。そんな私の視界の先には、ああだこうだと言い合いながらも肩を並べて歩く二人の男女の姿があった。
先程までとは打って変わってやけに上機嫌なサクヤと、これまでの武勇伝を語りながら目を輝かせているコータ。これまで全く共通点がなかった二人の間に突如生まれた強烈な共通点。
激辛好きという、辛いものが苦手な私からすると理解がなかなか難しい属性。それでもなんとなくホッとしている自分もいたりする。
「まあ、二人の関係が険悪になるよりは余程良いよね」
「ん、なにか言ったか?」
「ううん、なんにも!」
サクヤがこちらを振り向いて首を傾げている。
つぶやいた言葉はしっかりと聞き取れなかったみたいなので、私から敢えて伝えたりはしない。意識してしまうことで、二人の距離感が離れてギクシャクしてしまうかもしれないし。
サクヤに案内されるままに、とあるお店の前に到着した。割と新しい店のようで、建物は結構キレイで、看板もとても凝った作りになっていた。もう店先の看板に描かれた料理の絵を見ただけでもすごく辛そう。
「さあ、着いたぞ。ここが今、マニア達に一番人気の激辛料理店、ハデスヒートだ」
「す、すごい匂いだね」
「ここの香辛料は辛さだけでなく、その香りも絶品だからな」
「確かに嫌な感じは無いかな」
なんというか店内から漂ってくる匂いがもう辛い。嫌いな匂いではないんだけど、看板のイラストと相まって私の想像力を掻き立ててくれる。
「ふふ、コータはどうだ? 逃げるなら今のうちだぞ?」
「馬鹿言うなって。こんな最高な匂いを嗅がされて、このまま帰れるわけがない」
「ふむ、それでこそ戦いがいがあるというものだ」
二人共すごく前向きだなあ。
サクヤが言う通り、この店は相当有名なお店だったみたい。通り過ぎる人たちが皆、店先で笑みを浮かべているサクヤとコータを見て、二度見三度見してるし。
「二人共、目立ってるからそろそろ中に入らない?」
「ん、ああ、すまない。それじゃあ中に入るか」
「待ってました! って痛っ」
コータは気持ちが盛り上がっているのか、拍手を始めてしまった。だから目立ってるってば。
「いらっしゃいませー」
「三人だが席は空いてるか?」
「はい、大丈夫ですよー、こちらへどうぞ」
店内に入ると元気よく店員さんが出迎えてくれたけど、客の姿はまばらだった。そういえばまだお昼ご飯の時間には少しだけ早かったことを思い出す。今日は仕事はお休みだったので、朝食はそんなにいっぱいは食べていないから、私もコータもお腹の空き具合はちょうど良いくらいだと思うけど……。
「そういえば少し時間が早いけど、サクヤはお腹空いてるの?」
「ああ、それなら大丈夫だ。辛いものは別腹だからな」
「そうそう」
「お、コータもわかるか?」
「もちろんだ」
ごめんなさい。私にはちょっと難しそう。でも、特に問題がないってことは伝わったよ。
丸いテーブルを三人で囲んで座ると、店員さんがメニューの説明をするために声を掛けてきた。でも、サクヤはそれを手で制して店員さんに笑顔を向ける。女性の店員さんなんだけど、頬が少し赤くなったように見えた。
「メニューはわかっているから大丈夫だ。注文はギガハデスヒートを二つ。そちらの女性には店で一番辛くない物を頼む」
「辛くない料理の名前は覚えていないのね」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「ああ」
「それではご注文を繰り返します。ギガハデスヒートを二つ、ハッピーヒートを一つでよろしかったでしょうか?」
「ああ、それで構わない」
「かしこまりました。それでは今しばらくお待ち下さい」
注文の確認が終わって、店員さんが奥にオーダーを伝えにさがる。
「一番辛くないのに料理名にはヒートって付いてるんだね」
「この店には辛くないメニューはないからな」
「そ、そうなんだ。私大丈夫かな?」
私は辛いものが苦手だから、一番辛くないとは聞いても心配になってしまう。
「ハッピーってくらいだから大丈夫なんじゃないかな」
「そう祈るしかないよねー」
「でも、ギガハデスヒートとか名前からしてやばいな。ちょっと楽しみになってきた」
コータは自分が食べることになるであろう未知の料理に思いを馳せているみたいで、私の心配ごとに関しては軽い返事をするのみだった。
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