第30話 いったい何を言っているのかな?

 あの後、時間はかかったけど誤解を解いてサクヤをなだめることに成功した。もう少し手間取っていたら、コータの腕の二本や三本は折られていてもおかしくはなかったと思う。まあ、腕は三本も無いんだけど。


 それ以外にも割と間一髪だったと思う。今にも腰から刃物を抜きそうな気配もしたので、とっさに機転を利かせたのが功を奏した。ここ、家の中だからって。あのタイミングでよく言えたと思う。


 サクヤの言っていたデンチュウって言葉の意味はよくわからないけど、刃物の使用はなんとか思いとどまったみたいで控えてくれた。危うく部屋の中が血まみれになるところだったよ。私、そんな事故物件に住みたくない。


 うん、今思い返しても本当によく無事だったものだと感心する。実際にコータが殺されてしまうかと思ったよ。


「痛たたた……。てか、まだものすごく痛いんですけど」

「腕を折ったんだから痛いに決まってるだろう?」

「決まってるだろうじゃないだろ……。誤解って言ったのに……」


 コータが右腕をさすりながら涙目で訴えているけど、サクヤにはどこ吹く風みたい。


 なんとか刃物の使用は控えてくれたけど、その直後には私の上に覆いかぶさっていたコータをねじ伏せて、そのまま右腕をポッキリと折ってしまったのには驚いた。一切の躊躇もなかったし……。


 あれを見た瞬間、サクヤを怒らせるのは絶対にやめようって心に誓ったのは内緒。


「誤解だから腕の一本で済ませてやったんだ。ありがたいと思え」

「ありがたくないし、もっといきそうな雰囲気でしたけど!?」

「まあまあ、骨折は私がある程度治してあげたんだから我慢して。ね?」

「そ、それは感謝してるけど……」

「じゃあ、腕の話はこれでおしまい」

「えぇ」


 本当は骨折の完治くらいなら時間をかけて回復魔法使えばなんとかなると思うけど、さっきの一件はアクシデントとはいえちょっと驚いたのは事実だったから、明日までは痛みが残る程度にとどめておいた。まあ、サクヤに殺されなかっただけ感謝して欲しい。


「まったく、その程度で泣き言を言うとは情けない男だ」

「サクヤもだよ。おしまい」

「む、すまない。ただ、あまりに根性がないと思ってな」

「まあ、痛みに慣れていなくたって仕方がないよ」


 終わりと言いつつもちょっとかばってしまう。


 今までコータが生きてきた世界はすごく優しい世界だったんだから。無機質だけど温かみもある優しい世界。でも、それをサクヤにうまく伝えられないもどかしさ。だからサクヤに納得してもらえるだけの説得力もない。


 サクヤが一つ大きなため息を吐く。


「仕方がないで済ませていたら、このさき生きていけないぞ?」

「コータは冒険者にはならないから、よほどのことがなければ大丈夫だよ。ね?」

「冒険者ってあの冒険者だろ? 多分チートとか無いし、無理無理無理」


 コータがものすごい勢いで首を左右に振る。あの、がどんなものを想像したのかはわからないし、チートとかよくわからないけど、なんとなく理解はしているみたい。


「冒険者をやらないで、お前はこれからどうやって生活費を稼ぐつもりなんだ?」

「いや、冒険者以外にも仕事があるでしょうよ。俺は読み書き計算できるし」

「……そうなのか? なるほど、人は見かけによらないものだな」

「……何気に馬鹿にされてないか?」


 うなだれるコータにサクヤがそのまま頷く。コータには悪いけど、私的にもちょっと意外に感じてしまった。だって――。


「コータはこっちの字も書けるの?」

「こっちの字? それはどういうことだ?」

「え、今私そんなこと言ったっけ?」

「言わなかったか?」

「ううん、言ってないよ?」


 ふと漏らした【こっち】という単語にサクヤが反応する。それを聞いてコータが私に耳打ちしてきた。


「え、普通に喋れるから気にしてなかったんだけど、文字って違うの?」

「……そう言われてみれば、別の世界から来たのに普通に言葉は通じてるね。じゃあ、いけるのかな? まあ、いいけど」

「ちょっとあとで確認させて欲しいかも」

「わかった」


 そのあたりはあまり深く考えてもよくわからないから、また時間があるときにでも確かめればいいか。


「何をこそこそと話しているんだ?」

「な、何でもないよ! コータは根性は無いけど読み書き計算はいけるってことで」

「根性がないとか余計だから。それに俺は戦うことはできないけど、根性は結構あるつもりだし」

「ほう? 腕を折ったくらいで泣き言を言う男が、いったいどう根性があるというんだ?」

「サクヤー、言葉が刺々しいよー」


 コータ的には根性が無いという結論は納得できないみたいだ。腕を組んで胸を張って、ちょっと虚勢をはっているようにも見えるけど、なぜか自信みたいなものも感じられる不思議。


「お、俺は都内の超激辛料理店を全制覇したことがあるぞ! お前たちにその根性があるか!?」

「――ほう、それは私への挑戦と受け取ればいいのか?」

「そう聞こえたならそうかもな」

「いいだろう。その挑戦、受けてやろう」

「……うん?」


 えーっと? この二人はいったい何を言っているのかな?


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