第29話 どうして私が緊張しないといけないのよ?

 しばらくコータが頭を捻って考える素振りを見せる。何かを説明しようとする度に、新しい疑問が生まれてしまいそうだと思っているんだろうなあ。


 確かに、私がコータに魔法のことをしっかりと理解できるように教えるとしたら、基礎の基礎まで掘り下げないとダメだと思うから納得はできるかな。なんと言っても異世界ってくらいだし、常識の基礎になるところも大きく違うのかも。


 そこまで考えた時に、頭の中にひらめきがあった。


「ねえ、コータ」

「ん、ちょっと待って。もう少し考えさせて」

「それでも良いんだけど、良いアイディアを思いついたよ! これがうまく行けば悩みは全部解決間違いなし」

「本当かあ?」


 コータは半信半疑と言った様子で半目でこちらを見る。さっきからすぐに質問しちゃってたから信用されていない……。ううう、ちょっと落ち込むけど負けない。


「えっと、ヒントはコータの借金!」

「うっ、ちょっとその言い方は止めて欲しいかも。奨学金だよ? それに、それなりに成績は良かったから、半額の返済で良いやつ」


 コータが狼狽えながら弁解をする。それだけこだわりのある話だったのかな? でも――。


「うん、それは前に知ったから。今はその話は良いよ」

「……は、話を振ったのはティーナじゃないか」

「確かに振ったけど大事なのはそこじゃなくて」

「そこじゃない? ……あっ!?」

「ふふ、わかってくれた?」

「あ、あれかあ」


 ようやくコータも気がついたみたいで目と口を大きく開いた。だから私が言うべき言葉はこれ。


「ねえ、コータ。冷蔵庫を私に見せてよ?」


 ちょっとだけ楽しみになってきたので、片目をつぶり口角を上げる。すると、それを見たコータがなんだか嬉しそうな嫌そうな複雑そうな顔を見せる。


「え、もしかして……嫌だった?」

「い、嫌じゃないけど……」

「ならどうしてそんな顔してるの?」

「そ、それは……」


 確かに嫌そうな顔ではないけど、歓迎しているような顔でもない。なんともどっちつかずな表情。でも私の言葉に少しどもりながら目を泳がせる。


「あれはちょっと、き、緊張するからさ」

「まあ、そうね。確かに前回成功したからって、今回も成功するかどうかはわからないしね」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「なら、どうして緊張するの?」

「ティーナはどうして緊張しないんだよ……」

「どうして私が緊張しないといけないのよ?」

「マジか……」


 私の返答が予想外だったのか、コータは額に手を当てて天を仰いだ。


 え、今のは私が悪いの!?


「(ティーナの顔が近すぎるんだよ)」

「え?」

「いや、わかった。うん、わかった」


 コータが小声で何かを口にしたけど、あいにく私には聞き取ることができなかった。でも、コータは何か諦めるような素振りをしながら納得してしまった。だから、一体何なのよ……。




 コータの同意を得られたので、前回と同じように椅子を動かして対面に座る。


「それじゃあ、お願い」

「あ、ああ」


 目をつぶって深呼吸をするところも前回と同じ。そして目を開いてコータと視線を交わす。


「私の肩を掴んで目を合わせて。そして冷蔵庫ってやつのことを強く思い浮かべてみて」

「お、おう。冷蔵庫……冷蔵庫……冷蔵庫……あっ!?」


 何故かコータは前回とは違い、ぶつぶつと何度も冷蔵庫と口にする。肩を掴む手にも力が入ってしまっているみたいでちょっとだけ痛かった。――でも、しっかりと見えた。もしかしたら肩を掴む力には関係がないのかもしれない。


 私に見えた光景は、児童養護施設の中で台所のような場所。そこに置いてある冷蔵庫を開いて、嬉しそうな顔で中を覗き込んでいる子供の姿。そして、その光景を見たことで、私の頭の中に、ある知識が流れ込んでくる。


「これが、冷蔵――」

「ああ!? それは俺が買っておいたプリンだろ!」


 コータが叫んだ瞬間、見えていた景色がかき消えて元の視界に戻ってしまった。


「あっ!」

「えっ、きゃあ!」


 突然叫んだコータが、私の肩を掴んだまま椅子から立ち上がっていた。つまり――私が座っていた椅子がそのまま後ろにひっくり返ってしまうわけで……。私も慌てて耐えようとしたけど、コータに両肩をしっかり掴まれていたせいで身体をひねることもできなかった。


 大きな音を立てて床に倒れ込んだけど、幸い頭を打つようなことはなかったみたい。でも、流石にお互いにどこも痛くないということは無く……。


「い、痛たたた。ご、ごめん」

「うー、コータぁ。もうちょっと気をつけてよぉ」


 痛みに堪えながら片目を開けると、コータが私に覆いかぶさるように手をついていた。同じように目を開いたコータは私と目が合うと、あからさまに顔を赤らめる。そして――。


「何の音だ!? 大丈夫――ほう?」


 何やら慌てた様子のサクヤが部屋に飛び込んで来た。


「へ?」

「ちょっと忘れ物をしたから戻ってみれば……。コータ、お前はそこでいったい何をしているんだ?」

「え、何って……。あっ!? いや、これは誤解だ!?」


 コータが慌てて私の上から飛び退いて両手を体の前で振って弁解する。でも、それを見たサクヤは満面の笑みを浮かべたまま口を開いた。


「コータ、一回死んでおくか?」

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