第25話 そんなの言えるわけないでしょ!
今のコータにどのような言葉をかければいいのか思いつかない。
長い付き合いの友人であれば何か気の利いた言葉をひねり出すこともできるのかもしれないけど、今日初めて会った男性にかけてあげられるような言葉なんて何も浮かんでこない。
だから私はそっとしてあげることしかできなかった。
「――なあ、さっきのやつをもう一回やってもらえないかな?」
「え?」
長い沈黙の後、コータがポツリと言葉を口にした。
「もう一回だけ見せてほしいんだ。その一回で気持ちに区切りをつけたい」
「見せてあげたいのはやまやまなんだけど、私自身どうやってやったのかわからないから、もう一回できるかどうかはわからないの」
「それでもいいから試してみて欲しい」
コータはそう言って、真剣な眼差しでこちらを見つめている。遠く離れてしまった故郷に対する想いは私にもよく分かる。
「……うん、わかった。やってみるわ」
「ありがとう」
さっき、あの光景が見えた時に私達はいったい何をした? 思い出して。どんな状況だった?
あの時、コータが立ち上がって両肩を掴んできて――目を見つめた時に吸い込まれるように景色が変わった。多分、だけど立ち上がったのは関係ないと思う。両肩を掴んだ事による接触も条件? 彼の想いは?
「ちょっと椅子をこっちに持ってきて」
「ああ、対面でいい?」
「ええ、まずはさっきみたいに対面で試しましょう」
「わかった」
さっきみたいに立ち上がらなくても良いように、膝が当たるか当たらないかくらいの距離に対面に座れるように椅子を置いて、二人で対面に座る。少し緊張しているので、気持ちを落ち着かせるために目をつぶり大きく息を吐く。コータも私の真似をして大きく息を吐いているのか、音が聞こえてくる。
そして、ゆっくりと目を開けるとコータと目が合った。
「それじゃあ、私の両肩を掴んで目を合わせて。そしてあの施設のことを強く思い浮かべてみて」
「これで見えてくれよ……。あっ――」
コータと見つめ合うこと数秒、再びコータの目に吸い込まれるように視界が変わった。成功した!?
先ほどと同じように無機質で巨大な箱が立ち並ぶ景色。そこから視点が切り替わり、これまた同じように施設内へと移動した。そこには施設長とそれ囲むように座る子どもたちの姿があった。
「施設長……」
コータの声が目の前の近くから聞こえてくる。多分、これは実際に目の前に座っているコータの声だと思う。
「どれだけの時間見れるのかわからないからね」
「あ、ああ、わかってる」
コータも私の声が聞こえたことで驚いているみたい。あまり邪魔になってもいけないから、これ以上は声を出さないように気をつけないといけない。
それから少しの間、施設長と子どもたちが楽しそうに歌を歌っている光景を見つめる。聞いたこともないけど、温かい気持ちになる歌だった。
「今までありがとうございました」
歌を聞き終わって、コータが感謝の言葉を口にする。そして――。
「時間切れ、かな?」
「……そうみたいだね。ありがとう」
最初に目に写ったのは、コータの両目から流れる涙だった。あまりじっと見てはいけない気がしたので、椅子から立って視線をそらす。
「お茶、入れ直すよ」
「ありがとう。ってなんだかお礼を言ってばっかりだ」
「気にしないで」
椅子を元に戻して、入れ直したお茶を飲む。コータが落ち込んでいないか心配だったけど、それは杞憂に終わったみたい。さっき、感謝の言葉を口にしたことで彼の気持ちは多少なりとも整理がついたんだと思う。
「でも、さすがは異世界だね」
「ん、何が?」
「いや、別世界を見ることができるなんて凄すぎるなあと思って」
そうやってしみじみと言いながら、コータは一人で納得したような素振りを見せる。異世界だからと言われると、そういうわけでもないような気はするけど、確かに私も驚いたのは事実だった。
「それは私もびっくりしてるわ。こんなの賢者様の大魔法でも無理なんじゃないかな」
「やっぱり魔法があるの!?」
「えぇ、そこ? もしかしてコータのいた世界には魔法が無いの?」
「無い無い。もし魔法なんて使えたらテレビで引っ張りだこに――いや、世界中から狙われて監禁されて実験されそうだ」
「なにそれ、すごく怖いんですけど」
確かにコータの反応を見る限りでは、本当に魔法がない世界なんだろうと思う。その行き着いた結果が、あの無機質な世界……。正直、あの景色にはあまり温かみは感じなかったけど、施設の中はとても気持ちが温かかった。確かに人々が暮らしていた。
魔法のない世界、か。
「――でも、魔法じゃないならいったいなんだろうね」
異世界の事に思いを巡らせていると、おもむろにコータがもっともな疑問を口にする。確かに疑問に思うだろうと納得してしまった。
「……多分、私の持っている恩恵だと思う」
「恩恵? 魔法だけじゃなくて他にも特別な力があるのか。ちなみにどんな恩恵なの?」
「あ……」
完全に油断していた。
「えっと、私の恩恵は……その……」
【覗き】ですとか、そんなの言えるわけないでしょ!
ど、どうしよう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます