第24話 貴方にも見えたの!?
気になるキーワードがあったので、改めてコータの話を事の始まりから聞かせてもらうことにした。初めて聞くような単語も多かったけど、コータがシャチクとかいう身分ということはなんとなく理解できた。
始まりからとは言っても、不思議な現象に関しては結局直前の事までしかわからなかったけど、大まかには話を把握できたと思う。
結論としては、真っ白な空間に放り出された原因には全く心当たりが無いみたい。もちろん私にもわからない。共通するのは満月だけ。
「……異世界、かあ。雲を掴むような話ね」
「だよなあ。俺、帰れるのかな……」
「それは、現状ではなんとも言えないわ」
「なんとも、か」
多分、彼にとっては聞きたくない言葉だと思うけど、詳しいことがわからない以上は楽観的な言葉を投げかけても無責任なだけ。それがわかっているからコータも苦い顔はするけど悲観もしていないんだと思う。
最終的に真っ白な空間から救い出したのは、私の恩恵という偶然。もし私が気が付かなかったら、コータは元の場所に戻れたなんて保証はまったくなかったから。
「ティーナさんは――」
「私のことはティーナでいいわ」
見た感じは同じくらいか年下に見えるけど、醸し出している雰囲気的にさん付けは違和感を覚えてしまう。
「じゃあ、俺のことは紘汰でいい」
「うん、わかったわ。それで、さっき言いかけたのは?」
「ティーナは、どうやって俺を引っ張り出したんだ? もしかしたらその方法を使えば元の世界に戻れないか?」
「……多分ダメね。さっきはたまたま気がついて手を入れられたけど、もう何処にも歪みは見当たらない。それに、見えたところで良くて真っ白な空間に戻すくらいしかできないと思うし」
「だよな……」
「ご両親も心配するでしょうね」
突然、異世界に放り出されて困惑しているように、向こうの世界に残された人たちだって必死にさがすと思う。……私もお父様とお母様を悲しませただろうから他人事みたいには思えない。
「ああ、親はとっくに死んでるからそこは問題ないよ」
「あ、ごめんなさい」
「別に謝らくていいよ。親は居ないけど家族みたいな人たちはいるから」
「帰れないと、向こうの人達も困るでしょうね」
「そうだよな――って、ああ!?」
「ど、どうしたの? もう少し静かに、ね」
直前までしみじみとした雰囲気だったのに、突然コータが叫び声を上げる。あまり大きな声を出すと、隣家の住人に先程の件と結び付けられてしまう。
「ご、ごめん。でも、それどころじゃないんだよ。俺の借金はどうなるんだ?」
「貴方、借金なんてしているの?」
「そ、そんな軽蔑するような目で見るなよ。奨学金ってやつだよ」
コータがそう言って必死に弁解する。なんでも奨学金というものはしっかりとしたところが管理している借金で、悪い類のものではないみたい。孤児院みたいなところの施設長さんがその借金の保証人になっているらしくて、彼が返さないと大きな迷惑が掛かってしまうということだった。
話しているうちに興奮してきたのか、慌てて椅子から立ち上がり私の両肩を掴む。
「どうにかして俺を元の世界に帰してくれよ!」
「ちょ、ちょっと痛いってば」
手にはかなり力が入っていて必死さが伝わってくる。それだけ所長さんのことを大切に思っているんだと思うけど……。落ち着かせるために言葉を選びながら、私の心配する気持ちが伝わるようにコータの目を見つめる。
「さっきも言ったけど、私だってどうすればいいか――って、え?」
「え!?」
次の瞬間、コータの目に吸い込まれるように視界が変わった。見たこともない景色を俯瞰しているような感覚。巨大な灰色の箱のようなものがそびえ立っていて、どこを見渡してもほとんど木々が生えていない。無機質という言葉がとてもしっくりくる。これは、町?
そして視界は少しずつ降りてきて、とある施設の中へと入っていく。そこには朗らかな様子の年配女性とそれを幸せそうな顔で取り囲む子どもたち。その光景を見た瞬間、私の頭の中にとある知識が入ってくる。
「……何だ今のは? 施設長に、ガキンチョ達も――」
「貴方にも見えたの!?」
「ティーナにも見えたのか!?」
「え、ええ。よくわからないけど、急に見えたのよ。こんなの初めてだわ」
あの異質な世界にあった朗らかな空間。コータの反応を見る限りでは、あれが彼が育った場所。同じ物を見たと言うなら――。
「貴方が借りたっていう奨学金が無くなっていた。いえ、貴方という存在自体が失われたことに対して、なにか無理やり補完されているように感じた」
「……俺が異世界に来たから?」
「よくわからないけど、私もそう感じたわ」
異世界へと渡るということは、向こうの世界にとってもそれだけ大きな出来事だということなのかもしれない。だったら、こっちの世界にもなにか影響が?
「はは、参ったな。でも、所長に迷惑掛けていないのならそれで良い、か」
そう言ってコータは安心したような、でもどこか悲しんでいるような、そんな複雑な顔で微笑みを浮かべていた。
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