第23話 貴方が私の手を掴んだんじゃない!

 突然、私の目の前に降ってきた男性に驚いてしまい言葉が出てこない。そうして不可抗力的に男性と見つめ合うこと少し、ようやく思考が追いついてきた。


 どうやら驚いているのは男性側も一緒のようで、時折右手を動かすことしかできていないみたい。そろそろ気がついて、自分からどいてもらえないだろうかと声をかけようとすると、おもむろに男性が口を開いた。


「な、何のコスプレ?」

「……その、コスなんたらがどれだけ大事な言葉なのかわかりませんけど、そろそろやめてもらえませんか?」

「……何を?」


 多分、男性は未だに思考が追いついていないみたい。だから、ここから先は正当防衛だよね。


「いったい、いつまで胸を触ってるのよ!」

「なぶっ!」


 空いていた右手を振りかぶり、男性の頬を全力で引っ叩く。叩かれた勢いで横に崩れるように倒れ込んだ男性は、仰向けになって呆然とする。


「何だよ、これは……?」

「何だよじゃないでしょ!? 女性の胸を触っておいてなんて言いぐさよ!」

「え、あっ、決してそういう意味じゃ」

「だったらどういう意味よ!?」

「ここは、いったい何処なのかなあ、なんて?」

「は?」


 一瞬ごまかそうとしているだけかとも思ったけど、慌ててこちらを向いて手を振る男性が見せる困惑の表情は真に迫っていうように見えた。そう言われてみれば、この見たことのない服を着ている男性は一体どこの誰なのか?


 月明かりに照らされて見える、黒い髪の毛に黒い瞳。昼間に見たら違う可能性はあるけど、多分間違いない。私の知識の中で一番近いのはサクヤだろうか? でも、服装は似ても似つかない。貴族の男性が身につける服装みたいに上等な生地に見えるけど、そのデザインは見たこともない。


 勢いで私の家の庭だと応えてしまいそうになったけど、多分この男性が求めている答えは違っている、そんな確信があった。


「ここは、アイオーン共和国のメイアースという町よ」

「……聞いたこともない国に町、か。マジで勘弁してくれよ」


 ――やっぱり。


 目の前の男性は、この町の住人ではない。それどころか、この国の国民ですら無い。私もこの国の人間ではないけど、この男性はそんなレベルですら無いのかもしれない。


「貴方、いったいどこから来たの?」

「どこって、東京だよ。日本の首都東京、って言ってもわかるわけ無いか。こんなビル一つ無い景色、どこのど田舎だって話だよな」

「田舎って……」


 男性は諦めたような口調で呆れたことを言い始めた。夜だからわかりにくいかもしれないけど、これだけ賑やかな町はそんなに多くない。それをどうやって説明したものかと悩もうとした矢先に、少し離れた場所から誰かの声が聞こえてきた。これは、まずいかもしれない。


「近所の誰かが騒ぎに気がついたみたい。ひとまず騒がずにこっちについてきて!」

「なんで俺がついて行かないと――」

「貴方、捕まってもいいの?」

「マジかよ。あ、ああ、わかった」


 捕まるという言葉が効果てきめんだったのか、男性は私の言うとおりに家の中に入ってくれた。こんな夜中に男性を自宅に招き入れるなんて私もどうかしていると思うけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 それにさっき引っ叩いた時に感じた印象。多分、この人私よりもものすごく弱い。絶対に襲われない自信がある。




 ひとまず客間へと通して適当な椅子に座ってもらう。……宿から引っ越しておいてよかった。


 お茶を入れて客間へ戻ると、男性は所在なさ気にキョロキョロと部屋を見渡している。何か物珍しいものを見るような、そんな感じ。


「お茶入れたわ。どうぞ」

「あ、ああ、ありがとう」


 時間が経つに連れて不安が増してきているのか、男性はさっきよりも少し礼儀正しくなっていた。お茶を置いて男性の対面に座る。


「私はティーナ。貴方は?」

「俺は、紘汰。最上紘汰。えっと、最上が姓で紘汰が名前」

「家名があるってことは、何処かの貴族?」

「ああ、やっぱりそういう世界か」

「世界?」


 妙に納得したような顔で男性が天井を見上げた。


「……多分、俺は異世界から来たんだと思う」

「異世界って……」


 馬鹿げてる。そう答えようとしたけど、少し冷静に考えてみればそうは言い切れない。確かにこのコータと名乗る男性の言うことにも一理ある。


 何もない空間から現れた男性。あの瞬間、もしかしたら異世界と繋がっていたのかもしれない。だとしたら、コータがここに来てしまったのは――。


「もしかして、私のせい?」

「あんたのせいってどういうことだよ?」


 私のつぶやきを聞いて、コータの言葉に薄っすらと怒気がはらむ。どうしよう。


「そ、その。何か胸騒ぎがして外に出たら月が赤く光ってて、魔力を込めて手を伸ばしたら変な空間に手が入って――って、貴方が私の手を掴んだんじゃない! びっくりしたんだから! しかも胸まで触って!」

「そ、それは不可抗力だ! 俺だって急に真っ白な空間に放り出されて必死だったんだよ」

「真っ白な空間?」

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