第17話 もちろん断るよ
先程のおじさんの治療で今日のお仕事はおしまい。今日も適度にお客さんが利用してくれたので、充実感は結構感じることができたかな。
仕事に関しては多少の余裕は出てきた。だから、少しずつ他のこともできるようにしても良いのだけど、もうしばらくは町の人達とのんびりとふれあいたい。
「とりあえず、お片付けでもしますか」
本日の営業終了を知らせる立て看板を置いて、ぐっと一つ背伸びをすると背中からパキパキと音がする。ちょっとお行儀が悪い気もするけど、今の私は貴族じゃないしあまり気にしても意味はない。ううん、こういった一つ一つの事に慣れていくのも大事な――訳もないか。
仮設ベッドのシーツを畳み足元のかごに入れて、それを近くで仕事をしているお風呂屋の従業員さんに渡す。こうすると明日には綺麗なシーツを受け取ることができる。
シーツのクリーニングは大口の契約を行っているみたいで、ここの分もまとめて綺麗にしてくれる。この辺りはガガン爺さんが話を通してくれたので、そのまま甘えさせてもらった。
ちょっとだけ申し訳なくは思うけど、私も洗濯はそれほど得意な方ではないので、自分でやらなくていいというのはすごく助かってる。もっと慣れてきたら考えも変わるかもしれないけど、今のところは気にしないことにした。……洗濯ができないわけじゃないからね。
仮設ベッドは折りたたんで、椅子と一緒に壁際に寄せてパーティションを囲むように置いたら、お片付け終了。
「さて、と。今日の仕事も終わったし、いつもの風呂といきますか」
この仕事の一番良いところ。それは、仕事が終わったらすぐにお風呂に入れること。聖女巡礼の旅で長きに渡って制限されていた反動なのかもしれないけど、これが私にとっては身震いするほどに嬉しかったりする。
聖女巡礼の旅で抑制されたことで、その反動が今になって来てしまっているのかなあ。まあ、気持ちいいしさっぱりするから文句は一切ない。お風呂は正義だ。
湯船に浸かり、魂の抜けるような息を吐く。今日一日の疲れがお湯に溶けていっているのかなあ。
「あー、極楽だあ。身体がとろけそう」
「やあ、ティーナ。仕事終わりか?」
気の抜けた言葉が口から漏れた直後に後ろから声を掛けられた。聞き覚えのあるよく通る凛とした声。ちらりと振り向けばやはり予想通りの相手だった。艷やかな黒髪がしっとりと濡れて明かりを反射して、白い肌と相まってとてもきれいに見える。
「ん? ああ、サクヤおかえり。うん、今日の仕事終わりの贅沢」
「はは、ティーナは本当にお風呂が好きなんだな」
サクヤが苦笑いを浮かべる。仕方がないじゃあないか。お風呂は正義なのだから。
「サクヤだって仕事終わりに、よくここに来てるじゃない」
「外で戦えば身体が汚れるから、洗い流すためにここにくるのは当たり前だろう」
「あー、そうだったね」
私と違って、サクヤは冒険者として日々命をかけて戦っている。それも生半可なレベルではない。以前、セシリオさんに聞いた時の予想通り、冒険者であるサクヤ達パーティはよく常設の討伐依頼を受けている。
私も聖女巡礼の旅で経験しているからよく分かるんだけど、最も深き森での討伐は返り血や泥や苔で当たり前に汚れる。水魔法で綺麗にすることはできるけど、町に戻ってこれるのならお風呂屋さんで身体を綺麗にしたほうが気持ちも良い。
だから、もし私が冒険者だったとしたら、間違いなく毎日風呂に入りたくなると思う。私は冒険者やっていなくてもお風呂は毎日入ってるから何の説得力もないけど……。
サクヤはそのまま私の横でお湯に浸かり、心地よさを表すように大きく息をはいた。
「それで、そろそろ冒険者になる決心はついたか?」
「もちろん断るよ」
「……そうか」
「うん」
もう定例化しつつあるやり取り。サクヤ的には私が冒険者をやらないのはもったいないと思ってくれている。評価してくれているのはとても嬉しいけど、私としては冒険者になるつもりはさらさらないので返す答えは変わらない。
「それで、そろそろ私がオススメする激辛店に行く決心はついたか?」
「もちろん断るよ」
「……そうか」
「うん」
「……最近、ちょっと返答が雑になっていないか?」
「あはは、それだけ気安くなってきたってことで」
こうやって二人して笑いながらのんびりとした時間を過ごす。祖国で暮らしていた時はこんなに自然体で話し合える友人は一人も居なかったと思う。もちろん友人は居た。居たけど貴族としての性か、皆どこか壁を作っていたようにいつも感じていた。――でも、この町にはそういうものはない。
「そだねー、そういえばカトリとキトリは?」
「あいつらは風呂に入る前にやりたいことがあるらしい。確かに汚れる度に何度も入るのはもったいないからな」
カトリとキトリはサクヤと同じパーティだけど、町にいる時はずっと一緒に行動しているわけじゃないみたい。互いが互いを尊重している良い関係。
彼女たち姉妹も毎日とても忙しそうだなあ。今度、リラックススペースに招待して疲れをとってあげようかな。
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