第18話 なんでもないですよ!

 お風呂屋さんは冒険者達の利用者も結構多い。もちろんカトリとキトリもよく利用していて、そのついでに私の仕事場に通ってくれるからその時に、ってそうそう。


「あ、そうそう。この間、カトリに教えてもらったお店、昨日早速行ってきたよ。パイ生地がサクサクで美味しかったー。後で会ったらありがとうって伝えておいてくれる? 私も後でお礼するつもりだけど、美味しかったって早く伝えたいから」

「ああ、わかった。ところで私のおすすめは――」

「うん、断るよ」

「……そうか」


 人からのお誘いをあまり何度も断っていると、一般的には罪悪感のようなものが湧いて来たりするらしいんだけど、サクヤには不思議と湧いてこない。きっと本能的に身の危険を感じているからだと思う。私、本当に辛いのは無理だから。


 それから少しの間、今日の仕事のことや日常の楽しみを話し合った。暮らしていると新しい気づきもあるし、冒険者であるサクヤはとても興味深い話をよく話してくれる。毎日がとても楽しい。


「――それじゃあ、私はそろそろ出るね」

「ああ、私はもう少しゆっくりしてから上がるようにするよ」

「うん、わかった。じゃあねー」


 風呂上がりに冷たい果実ジュースを買って、ベンチに座り一息つく。芯まで温まった身体を内側からゆっくりと冷ましてくれる。これってちょっとした贅沢だよね。実家で暮らしていたときのような金銭的な贅沢ではなくて、心の贅沢って感じ。


「……多分、今の私の姿を見て、元貴族だったなんて信じる人はいないだろうなあ。お母様が見たら卒倒しちゃうかも。ははは、はは……」


 そう口にしてしまうと、やっぱりあの時の出来事が頭によみがえってしまう。若干、感傷に浸る事はある。でも、悲しい気持ちになることは随分と減ってきた。たった一ヶ月しか経っていないのに、人の記憶というのはうまくできているなあ。


 ……もう少しだけ休憩したら帰ろうかな。




「――ティーナさん、今帰りですか?」

「あ、はい。いつもより少しだけ早いけど、一区切り付いたので」


 外に出て少し歩いた辺りで、たまたま通りかかったセシリオさんに声を掛けられた。この帰り道って結構セシリオさんと会うことが多い気がする。実は私のことを待ち伏せしてたり――するわけないか。調子に乗るな私。


「そうでしたか。あ、家まで送りますよ」

「え、そんなの悪いです」

「そんなに気にしないでいいですよ。それに、荷物持ちは居ないよりは居たほうが良いでしょう?」

「う、それは確かに助かりますけど……、先日は申し訳ありませんでした」


 実は先日、帰りに市場で買い物をして帰ろうとしてた時に、セシリオさんに送ってもらうことになってしまったのだけど、結果的にセシリオさんが荷物持ちをしてくれたんだ。ものすごく助かったのはもちろんなんだけど、私的には申し訳無さがとても強い。


 支援魔法で自分を強化すれば、多少多めに食材を買ったとしても荷物程度なら簡単に運べてしまう。でも、知らない人が見れば怪力女に見えてしまう可能性もある。さすがの私もそれは避けたい。


「でも、今日は知り合いのところにお呼ばれしているんです。晩ごはんを一緒に作る約束してて」

「そうですか、それじゃあそこまで送りますよ」


 ……こんな感じで、多少申し訳なくは思うけど、せっかく送ってくれるという押しに負けてしまって、いつもその言葉に甘えてしまう。確かに女性が独り歩きするよりは、セシリオさんが一緒にいれば安全だし。――あと、目の保養にもなるかな。




 向かった先は、ヨーカさんの商会に併設されている民家。そこにはカイくんがおじいさんであるヨーカさんと一緒に住んでいる。今日はさっきセシリオさんにも言ったように、カイ君と晩御飯を一緒に作る約束をしてたりする。


 これまでも何回か一緒に料理しているのだけれど、カイ君も喜んでくれるので私的には一石二鳥も三鳥も得をしてしまっている。


 今日の食材に関しては、お昼のうちにカイ君が買い出しを済ませてくれているらしい。だから私はお家に遊びに行って、一緒に料理をするだけ。カイ君って料理上手だから、私も色々と勉強になることが多いからとても楽しい。


 閑話休題、セシリオさんとお話しながら歩くと、あっという間にカイ君の家に到着してしまった。初めて会った時はもう少し堅いイメージがあったのだけれど、こうやってお話してみるととても柔和な印象を受ける。


「どうしました?」

「えっ、いや、なんでもないですよ! ただ、すぐに着いたなあって」


 少し長く見すぎてしまったみたい。セシリオさんに首をかしげられてしまったので、慌てて取り繕ってしまった。変に思われちゃったかな?


「ええ、楽しい時間というのは早く過ぎてしまうものですね」


 でも、セシリオさんから帰ってきた言葉は、私が想像していたものとはちょっと違ってた。セシリオさんは少しはにかみながらそう話す。


 ――自分の頬が赤くなるのがわかる。


「きょ、今日はありがとうございました!」


 慌ててセシリオさんに頭を下げ、顔を見られないように家の玄関に走り寄って呼び鈴を鳴らした。

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