第14話 こういう関係って羨ましいなあ
外へ出た若者が戻ってくるまでにそれほど時間はかからなかった。息を切らせながら戻ってきた若者の後ろでは、一人の男性が困惑した様子で立っていた。
目鼻立ちのとても整った美形で、痩せすぎない程度にすらっとしていて姿勢も良い。控えめに言ってもすごく格好いい。そして金色の髪の毛は少し薄い落ち着いた艶を見せている。……ルーリオとは少し違うけど似た金色。ほんの少しだけ気持ちが暗くなってしまった。
そうやって男性に視線を向けていると、男性がこちらへちらりと視線を向けた。一瞬、目があってしまい驚いてしてしまう。こちらがじっと見ていたみたいで恥ずかしい。いや、確かに見てたけど……。すると男性の視線はすぐにガガン爺さんへと向けられた。
「一体、これは何ですか? 私も暇というわけはないんですが」
口調は少し厳しく聞こえなくもないけど、特に怒っている様子はなかった。逆におじいさん達の雰囲気につられたのか、柔らかい表情へと変わる。
「話の前に、――君下がっていいぞ」
「は、はい!」
ガガン爺さんは男性を連れてきた若者を下がらせると、再び男性へと視線を向ける。
「セシリオや、右肩の調子はどうかね?」
「ガガン爺も知っているでしょう? 私の右手はもう上げることはできません。もう剣を振ることはできませんよ」
セシリオさんは、右の肘を左の手でつかんで持ち上げる。……そうか、動かせないんだ。
「ふむ、そうだったのう」
「要件はそれだけですか? それでは私は仕事に戻りますので」
「まあ、慌てるでない。トトメばあもおるんじゃ、少しゆっくりしていきなさい」
ガガン爺さんに促されて、男性はトトメおばあちゃんに視線を向けてから一つため息を付いた。トトメおばあちゃんはそんな男性の事を嬉しそうに微笑みかけている。
「……仕方がないですね。それで、本当の要件はなんですか?」
「要件があるのはそこのお嬢さんでな」
「お嬢さん?」
再び男性の瞳がこちらを向く。
「ティ、ティーナといいます。えっと、おじいさん、この方ですか?」
「ああ、セシリオやこれから話すこと、起きることに関しては他言無用だ。良いな?」
「……よくわかりませんが、私が誰かに吹聴するとお思いですか?」
「いや、心配はしておらん」
ガガン爺さんから見て、セシリオさんは信用に値するということなのかな。……確かに責任感が強そうな雰囲気だし大丈夫、だよね? どちらにしてもここで拒否する事にメリットは無さそうだし。明日からの私の生活のためだ。よし!
「こちらの方を治療すれば良いんですか?」
「ああ、頼むよ」
「ガガン爺、私の傷が治っているのは貴方も知っているでしょう?」
セシリオさんの言っていることも間違えてはいない。確かに表面的な傷は無いし、もちろん身体の中にも傷は見当たらない。ただ、右肩のあたりの生命力の循環が滞っていて、ものすごく淀んでいる。
「セシリオや……」
トトメおばあちゃんが遠慮がちにセシリオさんへと声を掛ける。それを見たセシリオさんは眉を下げて困ったような顔を見せた。二人の関係は知らないけど、互いに大事に思っているということは伝わってきた。
そういうことなら、私が取るべき行動は一つだけ。
「セシリオさん!」
「な、なんですか?」
「お願いします。今から私に治療の時間をください!」
一歩前に出て、セシリオさんを見上げるように見つめる。少し驚いた様子のセシリオさんだったけど、ガガン爺さんやトトメおばあちゃんを交互に見てから一つため息を吐いた。
「……仕方がないですね。わかりました。それで、私は何をすれば良いんですか?」
「ありがとうございます。それでは、あちらのベンチに横になってもらってもいいですか?」
さきほどトトメおばあちゃんに治療を行ったベンチ、地脈の強い場所を指さしてセシリオさんに移動してもらう。セシリオさんは渋々ではあるけど、素直に話を聞いてくれる。これなら治療も行いやすいかな。
「仰向けですか? それともうつ伏せですか?」
「仰向けでお願いします」
そういえば、トトメおばあちゃんのときには聞かれなかった。まあ、良いや。
「これで良いですか?」
「はい、大丈夫です。それでは今から治療を始めますので、慣れないことがあっても動かないでくださいね」
「わかりました」
改めて、セシリオさんの症状を覗き見る。――やっぱり、右肩の辺りだけ
ううん、気にはなるけど、今は後で良い。
一旦集中し直してから、セシリオさんの右肩を包むように手を当てて、ゆっくりと魔力を練る。
「――
先程トトリおばあちゃんに行ったように、地脈から生命力で満たされた魔力を吸い上げる。そして吸い上げた温かい魔力をセシリオさんの肩へと導く。
「これは……、とても温かい……」
「このまま、じっとしてくださいね」
言わなくても動かないとは思うけど、ついついお願いしてしまう。セシリオさんは表情を緩めて、とてもリラックスしている。そうして魔力を導いていると、先程トトリおばあちゃんを治療したときとは異なる反応が起こった。
「え?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
なんと、セシリオさんの右肩から黒いもやのようなものが漏れて、そのまま霧散してしまった。もやが消えた事で、セシリオさんの右肩の状態は、トトメおばあちゃんの症状に近いものになった。
黒いもやに関しては、ガガンおじいさん達からの反応は無いので、私の目にだけ見えるのかもしれない。
「――お疲れ様です。もう動いて大丈夫ですよ」
「わかりました……。こ、これは!?」
「おお!?」
セシリオさんとガガンおじいさん達が同時に感嘆の声を上げる。その視線の先にあるもの、それはセシリオさんの右肩。治療前は、反対の手で支えないと右腕を上げることはできなかった。それが、ゆっくりとわずかではあるけど右腕の力だけで動かすことができるようになっていた。
「……右腕が動く?」
「まだ、ほとんど動かないとは思いますけど、今日の様子なら多分半月くらい毎日同じ治療をすればもっと改善します。訓練次第では滞りなく動かすことができるようになって剣も握れるようにって、え!?」
今後の治療に関する説明を行おうとしてセシリオさんの顔を見つめる。そして、目に写ったものを見て、つい驚きの声を上げてしまう。
――セシリオさんの両の瞳から涙が溢れていた。
「す、すみません。人前では泣かないと決めていたのですが……」
「セシリオや、良かったねえ。ううっ」
そして、同じようにトトメおばあちゃんの瞳からも大粒の涙が……。二人の関係性はよくわからないけど、喜んでくれている事はよく分かる。私の居場所を失わせた恩恵だけど、こうやってきちんと誰かの役に立つこともできるんだなあ。
二人の様子を見て、このまま話を進めるのは無粋に思えた。だからしばらくの間、二人をそっとしてあげることにする。
……こういう関係って羨ましいなあ。母国を出た私にはとても眩しく見える。もう私の手の届かない、故郷の人との温かいつながり。いつかこの国でも作ることができると良いなあ。
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