第13話 悪気が合ったわけじゃないし
いきなり診るなんて言ったにもかかわらず、おばあちゃんは私の事を嫌に思わないで話を聞いてくれる。普通は初対面の他人相手なら警戒されてもおかしくないから、ちょっと嬉しい。
ちなみに先程までの椅子ではなく、わざわざベンチに移動してもらった理由はこのベンチのある場所が周辺で一番地脈の力が強いからだったりする。
寝転んだおばあちゃんの傍らに膝立ちして、両の手のひらをおばあちゃんの額とみぞおちにあてる。そして、ここから先は繊細な魔力操作が必要になるから、間違いがないように精神を集中する。
「――
地脈から漏れる生命力で満たされた魔力を吸い上げて、その魔力を少しずつおばあちゃんの体内に導き、一番近い右肩の患部へと向かう流れを作る。次第におばあちゃんの体内を流れ始めた暖かな魔力が、少しずつ患部に溜まっていく。そして――。
「おぉ、これは温かくて気持ちいいねえ」
「少しの間じっとしていてくださいね」
「――お疲れ様です。もう動いて大丈夫ですよ」
「もう、良いのかい?」
「はい、ゆっくり起き上がってくださいね」
「どれ、よっこいしょ。おぉ、なんだか少し痛みが和らいだ気がするよ」
おばあちゃんは、私に言われたとおりにゆっくりと体勢を変えた後、驚いた様子で右肩を擦る。
「流石に一回ではそれほど大きく改善はしないですけど、何回か続ければもう少し良くなっていくと思います」
「これは驚いたねえ。長生きはしてみるもんだあ」
慢性的な問題が少しでも解消する事がとてもうれしそうなのか、おばあちゃんは目尻を下げて微笑む。初対面の私に優しく話しかけてくれたせめてものお礼だったのだけれど、それを見て私も嬉しくなってしまった。
「もし良かったら、また明日以降にここでお会いした時にでも――」
「是非ともまたお願いしたいねえ、……だけど、あまりお金がなくてね」
「お金はいらないです。色々とお話を聞かせてもらいましたから」
「そういうわけにはいかないよ。ああ、そうだ。ちょっとこっちへおいで」
お金をもらうつもりは元々なかったのだけれど、それを聞いたおばあちゃんはとんでもないと申し訳なさげに少し悩む仕草を見せる。そして、何かを思いついたようで手招きしながら奥へと歩いていってしまった。
慌ててついていくと、おばあちゃんはとある老人へと近づき声を掛けた。
「どうしたね。そんなに嬉しそうに」
「ガガン爺さん、ちょっとお願いがあるんだけどね。明日からあの一角をこのお嬢さんに貸してもらえないかい?」
「え、私に!?」
急な話に驚いて、眼の前で会話する二人を交互に見る。ガガン爺さんも少しだけ目を見開いて、視線を私に向ける。何やら不審者を値踏みするような、そんな視線に居心地の悪さを感じる。それはそうだよね。私だったら、お前、誰だよって思うだろうし。
「トトメばあが言うなら別に構いやせんがね。まあ、誰も文句なんぞ言いやしないだろう」
ちょっと気難しそうな顔を見せたので、てっきりなにか嫌味でも言われてしまわないかとも思ったけど、とくに反対をすることはなかった――のは良いのだけれど、このおじいおじいちゃんってそんな権限もってるの!?
「それにしても、トトメばあが言い出すなんぞ珍しいのう。それで? 嬢ちゃんはあんなところで何をするんだね?」
「な、なんでしょうね?」
「ん、どういうことだ?」
急に話を振られてもよくわからない。でも、その様子をみたガガン爺さんが怪訝そうにトトメおばあちゃんを見る。
「そこで、ちょっとした治療院をひらいてもらうのさ」
「え、治療院ですか!?」
そういえば、初対面の私にさえ話しかけるおばあちゃんのコミュニケーション力を忘れていた。さっきの治療行為の口止めをする暇もなかった!
「あー、えっと。私、回復魔法はそれほど得意ではないんですけど……」
「回復魔法じゃなくて、さっきの温かいやつだよ。あれは良い。おかげで肩が少し軽くなったからねえ」
ですよねー。でも、おばあちゃんも悪気が合ったわけじゃないし、今回は私が悪い。
「すみません、あれはできればあまり大ぴらにはしたくないんです」
「あれま、これはすまなかったよお。今話してしもうた」
「……まあ、聞いてしまったものは仕方あるまい。別にわしが誰にも話さなければよかろう」
「で、できればお願いします」
ガガン爺さんは、そんなに口が軽そうに見えるのかと言いたげにしているので、もしかしたら大丈夫かもしれない。
「そうしたら治療院は無理かねえ」
「すみません……」
「嬢ちゃん、ちょっと良いか?」
「あ、はい」
トトメおばあちゃんに謝っていると、ガガン爺さんから声がかけられた。振り向くと、真剣な眼差しでこちらを見られていた。ちょっと圧が高い。
「その治療行為とやらを弱めに使って、一般的な疲労回復のようなものはできたりせんかね?」
「弱くする分には問題ないです。一応、支援魔術師なので普通の魔法にうすーく混ぜることもできますよ」
「……そうか、ふむ」
ガガン爺さんが腕を組んで目をつぶる。じっと何かを考え込んでいるみたいで、少しだけ場の空気が重く感じる。――そしてひとつ頷くと目を開き私を見た。
「明日から、あそこの一角で客の疲労を回復させてやってはくれんかね? それほど忙しくはならんように配慮するし、給金もわしが出そう」
「良いんですか?」
「ただし一つ頼みがある」
ガガン爺さんが声のトーンを少し下げて言葉を続ける。
「嬢ちゃんの情報に関して秘匿は約束する。ただ、貴重な力を持っているのであればそのまま寝かせておくのは勿体なくはないか?」
「でも、あまり悪目立ちはしたくないんです」
「そこで頼みなんだが、時折で良いからわしが頼んだ患者の治療を内密に行ってほしい」
「内密に、ですか?」
「そうだ」
話している最中、ガガン爺さんの眼差しは真剣そのものだった。決して冗談で言っているわけじゃない。
「わかりました。私としても誰かのお役に立てるならうれしいです」
「ふむ、ならばここでの嬢ちゃんの待遇は保証しよう」
なんだかよくわからないうちに、裏稼業みたいな治療院を開業することが決まってしまったみたい。確かにトトメおばあちゃんとさっき話した時に、さしあたって仕事がないことも話たけど……。
まあ、手持ちのお金だと心配なのは確かだし、これからこの町で暮らしていくなら、おばあちゃん達のお言葉に甘えさせてもらうのもアリなのかもしれない。
「――さっそく一人、治療を頼みたいんだが良いかね?」
「あ、はい。構いません」
「それじゃあ、少しだけ待ってもらえんか、今から人をやって呼んでくるでな」
てっきりガガン爺さんを治療するものだと思っていたら、患者さんは別の人だったみたい。ガガン爺さんが右手を挙げると、少し離れたところから若者が駆け寄ってきた。ガガン爺さんが声を掛けると、若者はかしこまった様子でそれを聞き、慌てて外へ出ていってしまった。
本当にこの人は何者なんだろう?
そんな私の思考を感じ取ったのか、ガガン爺さんは小さく笑うと、再びこちらを見つめる。
「驚かせてしまったようだの。改めて紹介させてもらう。わしはここの温泉を経営しておる。ガガン・スロットだ」
「元執政官様だよお」
「その肩書は使っておらん」
さっきから聞いていて、結構な権限を持っていそうに思っていたけど、まさかここの責任者だったとは……。しかも元執政官、ってあれ? 執政官ってどんなお仕事だっだっけ? 執政官、執政官……あっ!
――このおじいさん、この町で一番偉かった人だ!
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