第11話 好きなことを見つけたいです
ヨーカさんは諦めたように困った顔をしてから柔らかく微笑む。
「……ありがとうございます。では、こちらの半分はここに運び入れます。残りは倉庫へ持っていきますので、中へは運び入れずにそのままでお願いします」
「わかりました。よいしょ、って重い!」
「はは、その箱の中身は一つ一つはそれほどではないのですが、さすがに箱のままでは店の若い衆でも二人がかりで運ばないと無理でしょう」
「そういう事は先に言ってくださいよー。でも、それでしたら尚更、私に任せてください」
こういった時こそ私の出番だ。ヨーカさんを含め、こちらの様子を見ていた従業員達もこちらを不思議そうにしている。
少し荷物から離れて腰から棍を外し、そのまま魔力を流して棍をのばす。そして一つ呼吸をしてから、人にぶつからないのを注意しながら棍をくるりと回して魔法陣を描き地面に叩きつける。
地面に叩きつけられた魔法陣は、ゆっくりと回転しながらその数を増やしていく。
「フィジカル・ブースト!」
盗賊と戦った際にも使った支援魔法。身体能力を大幅に向上できるので、こういったときにはピタリと当てはまる。そして、対象は作業者全員。
「うお!? なんだなんだ、荷物が急に軽くなったぞ!?」
「あ、ごめんなさい。一言言えばよかったですね。支援魔法使ったので皆さん楽になると思いまーす」
「おお、これはすげえ! よし、野郎ども! 一気に運んじまうぞ!」
「おう!」
「あ、私も手伝います」
もちろん私自身にもフィジカル・ブーストをかけたので、先程の重たい箱も一人で軽々と――ごめんなさい、ギリギリでした。
支援魔術で後押しして想定よりも大幅に早く荷物を運びきったので、若い人達にもすごく感謝されてしまった。そういうわけで、今はお店の奥にある応接室に案内されて休憩させてもらっている。このお茶、すごく美味しー。
部屋の中には、ヨーカさんとカイ君が対面のソファーに腰掛けて、同じようにお茶を飲んでいる。
あ、そうそう。大事なことを言い忘れてた。
「ヨーカさん、この度は本当にありがとうございました。おかげさまで余計な心配をせずに新しい生活を始められそうです」
「いえいえ、お礼を言うのはこちらのほうです。ティーナ様に助けていただけたのは本当に奇跡的です。それで、これからどうなされるか何か考えつきましたかな?」
「んー、実はまだ何も決まってないんですよね」
つい先日までは全く考え付きもしなかった事だから仕方がない。
でも、そうだなあ。これまでは両親の期待に応えるために、私は色々な事を我慢してきた。ルーリオとの婚約だって、私にとっては使命感のようなものだったし……。別に他に好きな人が居たわけではないけど、今思えば婚約を断って他の道を模索する事もできたのかもしれない。
――うん、そうだね。
「何か……、何か好きなことを見つけたいです。できれば誰かのお役に立てるような何かを」
「それは、とても良いですな」
「自分で考えて、自分で決めて、苦労しても良いから自由に暮らしてみたいです」
「うん、僕もすごく良いと思うよ」
「……ありがとうございます。カイ君もありがと」
「えへへ」
聖女にはなれなかった。両親の期待には応えられなかった。大事な皆に迷惑を掛けないように、生まれ育った国を離れて見知らぬ土地にやってきた。だけど、悲しいことばかりじゃない。こうやって新しい出会いもあった。
ただただ落ち込んでふさぎ込むなんて、そんなの私らしくない。それなら、ここで自由に行きていくのも、きっと楽しそうだ。
「まあ、まだ何も見つけられていないんですけどね。あははは」
「慌てずにゆっくり探せば良いでしょう」
年配者だからなのか、ヨーカさんの言葉はとても私にしっくり来る。
「ですね。でもそうなると、ゆっくり生活できるくらいのお金は必要になってきますね。手持ちのものをいくつか売ってお金にしないとなあ」
「よろしければ私どもが買い取りましょうか?」
「あ、そうでした。ヨーカさん達は商人でしたね。魔物の素材とか骨董品に貴金属は扱っていますか?」
「うちは商売になるものでしたら何でも扱いますよ」
「それじゃあ、お願いしても良いですか?」
「もちろんですとも」
ヨーカさん曰く、この商会はかなり幅広く商売を行っているらしい。……もしかしてヨーカさんって結構な大物だったんじゃないだろうか? そう考えて改めて建物や馬車を思い出す。ぱっと見は質素な作りをしているけど、比較的細かい部分まで便利になるように考えられていて、整備も行き届いている。過剰な贅沢をしているわけではないけど、予算のかけるべき場所がしっかりと考えられている。そんなイメージを受ける。
私が持っている素材は、主に最も深き森で手に入れたものだ。最も深き森では普段では手に入りにくい物が多いのでそれなりの金にはなると思う。
本当は大量に持ち出せたら一番だったんだろうけど、私が持っているバッグには生憎、全ての素材や貴金属を入れられるほど大きさはなかった。一応は両親から貰ったもので、見た目よりも多くの物が入る魔法が掛けられているけど、それでも微々たるものだしね。
手持ちのいくつかの素材を買い取ってもらった結果、結構な金額が手元に残ることになった。珍しいものも多かったみたいで、査定の際にはずいぶんと驚いてたりする。私自身もちょっと驚いたけど、結果的には当面の生活費の心配は無くなったので大助かりだ。
さて、ひとまず当面の生活費用を確保することはできた。このお金が尽きるまでにせめて何かしらの働き口は見つけないといけない。でも多分、これで少しは落ち着いて色々と考えることができると思う。とはいえ、ゆっくりと新しい何かを見つけるにしても、ひとまずは絶対に今からやらなければいけないことがある。まずはそれを早めに片付けなきゃ。
「それじゃあ、私はそろそろ行きます。日が暮れる前に宿を探さないといけないので」
「おお、確かにそうですな」
「え、ティーナお姉ちゃん。僕たちと一緒に来てくれるんじゃないの!?」
「いやいや、流石にそこまでお世話にはなれないよ」
「これこれ。カイ、あまりティーナ様を困らせるでない」
「そんなあ」
「同じ町に住むんだから、すぐに会えるよ」
そんな上目遣いで見たって、流石にここは譲るべきじゃない。可愛かったから、ちょっとだけ決心が揺らいだけど……。ヨーカさんも私の思いを尊重してくれているけど、頼んだら泊めてもらうことは可能だと思う。
多分、甘えるのは簡単だし、これまでの短いやり取りだけど皆優しいから受け入れてくれるんだと思う。でも、それじゃあダメ。
しっかりと一人の大人として、自立してるって胸を張って言いたい。好きな何かが見つかった時に自分で自分を好きでいたいから。
ヨーカさん達と別れて、いくつか紹介してもらった宿屋へ向かう。宿へと向かう道すがら興味を惹くものはいっぱいあったけど、ひとまずは宿の確保が必須だから我慢しないといけない。寄り道したい気持ちをぐっと抑えて宿へと一直線で向かう。
目的の宿はそれほど遠くなかったみたいで、すぐに見つけることができた。二階建ての建物で大きすぎず小さすぎず。外から見る限りでは結構綺麗にしてあって、第一印象はバッチリかも。
扉を開いて中に入ると、内装も小奇麗にしてあるように見える。ただ、人の姿は見えない。奥にいるのかな?
「ごめんくださーい」
「はーい、いらっしゃいませ!」
呼びかけてみると、奥から元気の良いとても通る声が返ってきた。女性だ。そして少し待つと、奥からパタパタと早足な音が近づいてくる。
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