第10話 断じて無理だと思う

 それから先は特に大きなトラブルに見舞われることもなく、無事に国境を越えてアイオーン共和国に入る事ができた。更に言ってしまえば、その後の関所も特に何事もなく通過できてしまったわけで……。


「ねえ、おじいちゃん。なんか、ティーナお姉ちゃんが落ち込んでるよ」

「ほっほ、今はそっとしておいてあげなさい」

「心配だなあ」

「大丈夫、きっとすぐに元気になるよ」


 うう、誰のせいで落ち込んでいると思っているのよ。いや、確かにルーリオ達に追い出されてからは、行く宛もなかったのは間違いないよ。だから、こうやって新しい道を提案してくれたことも本当に助かってる。今の私にとっては渡りに船だったのは間違いないしね。


 ――ごくごく自然に、さらりと犯罪が行われていなければ。


「はあ……」




 国境を越えてからは商隊の移動速度も上がり、目的の町まで到着するのにそれほど日にちはかからなかった。今、私達の視界の先には大きな町と大きな森が見えている。


 アイオーン共和国の中でも一二を争う規模で経済の中心となっている都市、メイアース。最も深き森にほど近い場所に作られたというのに、キンドリッツ王国における最果ての町とは比べようもないくらいに堅牢で大きい。


 私の母国であるキンドリッツ王国とは領土の広さが異なるため、王国とは異なってこういった都市が最も深き森の近くにある事は珍しくないのかな。


 この都市が最も深き森の近くにあるのにはもう一つ理由があるみたいだけど、ヨーカさん曰く自分の目で見て回ってみてはどうかと勧められた。確かに、今ここで全部聞いてしまうのももったいないかもしれない。


「さて、改めて。ティーナ様、ようこそおいでくださいました」

「あ、はい。まだ不思議とあまり実感がわかないですけど、防壁の作りとかは少し違って見えますね。町に入ればもっといろいろなものが違うんでしょうね。」

「多少の違いはありますが、文化的な話で言えば王国とはとても親しいので、きっとティーナ様もすぐに慣れることでしょう」

「そ、そうですか? でも、確かに私としても早く慣れたい気持ちは大きいです」


 これからしばらくはこの町に住むことになると思うから、早めに慣れるに越したことは無い。もちろん町の人達とも仲良くしていかなきゃだね。うん、ちょっとやる気が出てきた気がする。


「ティーナお姉ちゃん、落ち着いたら僕が町を案内してあげるよ」

「本当!? 嬉しい!」


 君は天使か。カイ君が無邪気な笑顔を浮かべながら、まっすぐに私の顔を見て嬉しいことを言ってくれる。このまま大きくならなければ良いのになあ。でも、きっと将来は有望だよ。




 多くの人達が列を作っていたので多少時間は掛かったけど、無事に町の中に入ることができた。ヨーカさんの商会は結構顔が通っているのか、荷の検査も簡易的にさらっと行われるだけだった。


 さて、町に到着したので、サクヤ達の護衛任務はここで終了になる。


「ティーナと旅ができて楽しかったよ」

「うん、私も楽しかった」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ああ、そうだ。しばらくはこの町から離れないつもりだから、困ったことがあったらなんでも言ってくれ。冒険者ギルドに来てもらえれば連絡はつくから」

「そうそう、私達にも遠慮なく言ってね? キトリも良いよね?」

「もちろんです」


 サクヤ達は普段、この町をホームグラウンドにして活動しているらしい。今回はたまたま指名依頼でこの商会の護衛を受けたって言っていた。


 私としてもこれからこの町で暮らしていく中で、他愛もないものから大事なものまで、悩ましい事柄はいっぱい生まれてくると思う。そんな時に、知り合いは一人でも多いに越したことはないに決まってる。


 でも、まず私が気になったのは――。


「うーん。じゃあ、どこか美味しいお店紹介して欲しいな」

「いいね、そういうことなら是非とも任せてくれ」


 サクヤが自信満々といった様子で自分の胸を叩く。やっぱり、見知らぬ町に来たらまずは食べ歩きだよね。きっとサクヤなら素敵な良いお店知ってそうだし――って、あれ?


 サクヤの肩越しに見えるカトリとキトリの表情が、何やら微妙な雰囲気を醸し出している。


「カトリ、どうしたの?」

「あ、いえ。その、なんと言ったら良いか」

「姉さん、黙っててもすぐに分かることだから、先に言っておいたほうが良いと思う」

「そうね……」


 ……何を?


 カトリとキトリの両名が気になる言い回しをするので、ちょっと嫌な予感がしなくもない。そんな不安を胸に抱いていると、意を決したようにキトリが口を開く。


「サクヤは激辛好きだから、お店選び任せてたら大変な事になるよ。悪いこと言わないから、お店なら別の人に頼んだほうが良いよ」

「えっ!?」

「大丈夫だ。ティーナなら一度食べてもらえたらその魅力に気がついてくれる」

「あ、いや、か、辛いのはちょっと苦手かなあ……なんて」

「大丈夫だ」


 いや、断じて無理だと思う。少しだけ辛い程度ならともかく、激がつくほどの辛い料理は全部を食べ切れる自信がない。というよりも一口で死んじゃう。私はどちらかといえば甘党だ。


 でも、サクヤの黒い瞳が獲物を狙うように怪しい光を放って見える。これはいけない。


 ――それから少し時間はかかったが、前のめりなサクヤをなんとかなだめる事に成功した。カトリとキトリが助けてくれなかったら、近い将来に大変なことになるところだった。


 ちなみに美味しい店はカトリが詳しいみたいで、人気のお店をいくつか見繕ってくれることになった。ちなみにキトリは甘党らしい。サクヤとキトリを足して半分にすれば丁度良いのに。




 サクヤ達はヨーカさんから依頼完了のサインを貰うと、ひととおり皆に挨拶してからギルドへ報告に向かった。またすぐに会う約束はしたものの、こういった瞬間はちょっとさみしくなる。


 ルーリオ達に追い出されてからのこの数日間で、私は自分がこんなにも寂しがりやだったんだなあということを痛感させられた。


 さて、ひとまずはこの町で生きていくための、活動の中心となる拠点を定めなければいけない。いや、まだ何をやるのかも決まっていないけど……。この町にたどり着くまでの間に色々考えたんだけど、結局何にも浮かばなかったし。


 そうやって少し悩んでいたけど、ふとヨーカさん達を見ると荷物の整理をし始めていた。建物の中からも数人の若い男性が出てきて手伝っている。そういえばここはヨーカさんの商会の建物の前だった。今日まで色々とお世話になったからこれくらいは手伝いたい。


「あ、手伝います。これはどこに運べばいいですか?」

「いえ、そういうわけには……」

「いえ、せめて少しくらいは手伝わせてください」


 このまま手伝わなくても誰も怒るようなことは無いと思う。これは単純に私のわがまま。だって、食料やお風呂を提供して貰った恩には報いるべきだと思うから。

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