第9話 とうとう犯罪者になってしまいました!

 周囲の警戒や魔物との戦闘に全く参加できないとなると、ただただ馬車に揺られているしかなくなるわけで、どうしてもルーリオたちに裏切られた時の事を思い出して、暗い重い気持ちになってしまう。


 もしも再び馬車が襲われるようなことがあれば、気分転換や八つ当たり的な発散を兼ねて、なし崩し的に手伝ってしまおうかな。


 ――そう思ってはや数日、何回か魔物に襲われたのだけど、サクヤ達の手際の良さに私が割り込む隙を見つけることはできなかった。発見から討伐までが早すぎる。冗談抜きであの盗賊たちはどうやって彼女たちの隙を付いたのだろうかと疑問に思うほどだ。


 そんな事を繰り返していたら、端に座っていたカイ君が私を見てクスリと微笑み楽しそうにしていた。


「ど、どうかしたの?」

「ふふ、ティーナお姉ちゃんって面白いね」

「え?」

「だって、さっきから外の様子を見ながら笑顔になったり落ち込んだりで、まるで演劇でも見ているみたい」


 ――ぉぅ。


 カイ君の言葉を聞いて急に恥ずかしくなってしまう。恥ずかしくて赤くなった顔を隠すために慌てて視線をそらしたけど、多分耳まで真っ赤になってしまっているんだろうなあ。


 ……次からはなるべく平静を装うように気をつけようと心にしかと刻みつける。




 結局、あれから一度も私の出番を見いだせなかったので、今は護衛の支援を半分諦めておとなしくしていた。先程も暇だったせいで嫌なことを思い出してしまった。でも「静かにしていると暗い気持ちになるので、適度に暴れさせて欲しい」――とかは間違っても言えないので、もう我慢するしか無いよう。しくしく。


「あと二時間ほどで関所につきますよ」

「あ、はい。……とうとう関所、か」


 ルーリオ達に放り出されたときに、私は全く方向性を見失ってしまっていた。まさかそれがたった一度の出会いでこんなことになるなんて思ってもみなかった。ついつい成り行きでこういった形になってしまったけど、……私の選択は間違えていないよね?


 そうやって誰に問いかけるでもなく、自分の頭の中でただただ反芻する。幼い頃から長い間暮らしてきた故郷。もちろん良い思い出ばかりではないけど、こうやって思い出すのは楽しい記憶ばかりだ。


 懐から宣誓紙を取り出して、くしゃっと握って丸める。


 ――お父様、お母様、どうかお元気で健やかに暮らしてください。私の好物をいっぱい作ってくれた料理長や、ずっと身の回りの世話をしてくれていたメイド達もどうかお元気で……。


 しばらくの間、私が考え込みながら涙を流す様を、皆は見ないふりをしてくれた。ちょっとした優しさが嬉しい。




 馬車が国境付近の最後の関所に到着した。


 ここを抜けてしばらく進めばキンドリッツ王国の領土ではなく隣国アイオーン共和国の領土となる。ん、最後の関所?


「ティーナ様、どうされましたかな?」


 ふと思い出した重大な関心事。首をひねっていると、ヨーカさんが私の様子を見て問いかける。もしかしたらヨーカさんも忘れてしまっているのかもしれない。


「あ、いえ。えっと、ヨーカさん。そういえば私、このまま関所を抜けられるんでしょうか?」

「と、申しますと?」

「隣国へと向かう道程の関所ですよね? こういった場所って、通り抜けるにはなにか特別な書類がいるんじゃないんですか?」


 もともと隣国に所属する商隊はともかく、私は皆とは違ってこういった関所を抜けられるような、書類の類なんてものは一枚も持ち合わせては居なかった事に思い至る。というか、皆があまり気にしている様子がなかったので、今の今まで全く考え付きもしなかった。


 改めて考えてみれば、許可なく勝手に国外へ出奔する事は私のような貴族の娘には許されていないはず。こういった事には疎いので確信は得られないのだけれど、むしろ犯罪として扱われる可能性のほうが高いかもしれない。


「だ、大丈夫かな」

「ご心配せずとも大丈夫ですよ」


 私の心配を他所に、ヨーカさんは何事もないかのように言い放つ。そしてヨーカさんは一人で馬車を降りてしまった。


 少し様子を眺めていると、ヨーカさんが兵士にゆっくりと近づいて、ポケットから小さな袋を取り出す。そしてそっと兵士の懐に手を伸ばした。兵士は少しだけ驚いた顔をしたように見えたけど、袋を受け取ってヨーカさんと一言二言交わすと、すぐにその表情を消して奥へと戻っていった。え?


 それから間もなく、先程の兵士が数人を引き連れて馬車へと向かってきた。兵士たちの表情からは特に情報が読み取れない。……これってもしかして、なにか不味いことになってない? ここで捕まってしまったら、王都に住む私の両親にも迷惑が掛かってしまいかねない。


「ど、どうしよう……。今更どこかに隠れる場所もないよ」

「お姉ちゃん、大丈夫だよ?」


 カイ君は私に落ち着くよう言っているけど、私的にはどうしてもに不安のほうが勝ってしまう。とはいえ、慌てて隠れる場所を探したけど、馬車の中には隠れることができそうな場所は見当たらない。しかも正面から兵士たちがこちらに向かってきている以上、このまま外に出ることもできないし……。


 ついに兵士たちがこの馬車まで近づく。ついつい両手を握りしめて祈ってしまう。聖女巡礼の旅で女神様への祈りを捧げた私だけれど、しかし、今更慌てて祈ったくらいで状況が良い方向に向かうはずがないということはよくわかっている。


 そして薄っすらと目を開けると、とうとう一人の兵士と視線が合ってしまう。も、もうだめだぁ。


 ――しかし、兵士のすぐに視線を外して馬車の中を覗き込んで色々と確認を始めてしまった。その後は、ただの一回も誰一人として私に視線を向けるようなことはなかった。……あれ?


 結局、何事もなく関所を通過して、現在は国境付近を進んでいたりする。……どうにも解せない。


「……どうして兵士さん達は私を無視したのかなあ」


 どうにも理解できない事が起きてしまったので、私が独り言を漏らしてしまったのも仕方がないと思う。でも、ヨーカさんから帰ってきた言葉は、私の予想外のものだった。


「そうですな。よくはわかりませんが、私達は商隊でございます。交易制限のある商品を運んでいないか。それを確認する仕事に専念するあまり、気が付かなかったのではないでしょうか?」


 いやいや、そんな都合がいい話がある訳が無いでしょう。そう言いかけてふと、とある可能性に思い至ってしまう。比較的重大な犯罪行為を目の当たりにしてしまったことに気がついてしまった事で、抱いていた困惑がそのまま衝撃に変わってしまった。


「も、もしかして、賄賂ってやつですか?」

「さて、こういった商売をしていますと、色々と不思議な事が起こるものですな。ですからお気になさらないよう」

「不思議だねー」


 ヨーカさんに同調するように、カイ君までが無邪気な笑顔で言葉を放った。あれ、カイ君の笑顔の印象がさっきまでとは少しだけ違って見えるような気がする。


 ……もしかしてブラックなカイ君を見てしまった? ううん、多分だけど私の天使、カイ君はそういった事は知らないんだ。そう信じよう。


 そういえば、何気にサクヤ達からも何の指摘もなかった。改めて視線を向けてみれば特に思うところは無いようで、そのまま視線をそらされてしまう始末だった。なんだか私一人でドキドキしていて悔しいかも。


 さて、想定外の出来事はあったけど、この王国を無事に抜けることに成功したわけで……。これからどうやって――日々を生きていこうか。


 これから先はどうやって生きていくのかを考えないといけない。




 ――お父様、お母様。私、とうとう犯罪者になってしまいました! どうか、どうかこの親不孝者をお許しください!

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