第8話 やっぱり疲労が溜まっていたんだなあ

 ヨーカさんと話し終えたサクヤ達が焚き火にあたりにきた。カトリとキトリが少しだけ寒そうにしている。近くに来た三人は私の顔を確認すると大きく頭を下げた。


「改めて礼を言わせて欲しい。ティーナ、仲間を救ってくれてありがとう」

「いや、さっきも言ったけど、こういうのはお互い様だから気にしなくていいって。そんなに感謝されてしまうと逆に恥ずかしいし」


 お互い様だと言う私にサクヤは首を横に振った。


「すまない、それでも感謝したりないんだ」

「ええ、今回は本当に死ぬかと思ったよ。ありがとうね」

「姉さん、そういう言い方は恩人に失礼ですよ。ティーナさん、本当にありがとうございました」

「本当に良いですから」


 サクヤに続いてカトリとキトリからも感謝の気持ちを伝えられた。カトリは口調が軽かったせいかキトリから小言を言われる。私は別に構わないんだけどなあ。


 キトリはカトリに振り回されてそうに見えて、ちょっと苦労しそうな性格に思えて苦笑してしまった。


「とりあえず座って座って」

「ありがとう」


 焚き火を囲む輪に三人が加わり、少しの間話しながら焚き火で温まる。やはりキトリの苦労話が多かったような気もするけど、私にとってはとても楽しい会話だった。


 サクヤ達は冷えた体を温めたあと、少し離れたところで焚き火を起こした。火起こしは、カトリが魔法を使ったのであっという間だった。ちょっと火力が高かったような気もするけど、それだけ魔力が濃いということなのかな? もしかしたら恩恵だったりするのかもしれない。――いや、聞かないよ? 聞いたら絶対に私の恩恵の話にもなっちゃうし。


 サクヤ達は、ヨーカさん達と同じ食事は食べないで、自分たちが用意した食材を使って食事を済ませるみたいだ。既にここに料理があるんだから、一緒に食べれば良いのに……。


 私的にはサクヤ達とも話しながら食べたかったけど、護衛を受けた三人のポリシーなのだから仕方がない。まあ、ヨーカさんとカイ君との話も楽しいので、サクヤ達とは後でゆっくり話せば良いかな。


「しかし、女性の一人旅とは珍しい。一人では何かと危な――いや、盗賊を撃退できるのでしたな」

「あ、あはは、サクヤが居なかったらどうなったかわかりませんよ。一応はそれなりに鍛えていますから簡単にはやられるつもりはありませんけど」


 確かに一人だと周囲を警戒しながら休まなければいけないから、夜にしっかりと熟睡はできない。多分、長く旅を続ければ疲労が蓄積していくのかもしれない。それでも聖女巡礼の旅に比べれば、街道を歩けるだけでも破格の安心を得られる。


「そうですか。そういえばティーナ様はどちらへ向かわれているのです?」

「んー、特に目的地があるわけではないです。ただ――」


 そう言いかけてから思いとどまった。これ以上話題を掘り下げると、どうしても恩恵に関して触れることを避けにくいからだ。この人達は悪い人ではないと思う。でも、もし拒絶されてしまったらと思うと言葉が続かない。


 そんな私の葛藤を汲み取ってくれたのか、ヨーカさんが優しい顔で微笑む。


「ふむ、なにか訳ありのようですな。そういうことであれば、無理にお話していただかなくても構いません」

「すみません」

「いえいえ、謝らないでくだされ。命の恩人に不快な思いをさせるようなことはいたしませんので」


 そうしてヨーカさんが少しだけ考える素振りを見せる。私に向いていた視線がカイ君やサクヤ達に順番に向けられた。みんな不思議そうにしている。


「――もし、ティーナ様さえよろしければ少し私どもとご一緒しませんか?」

「えっ?」


 突然の申し入れに一瞬、頭が追いつかなかった。


「実は私どもの商隊は、この国での取引を終えて隣の国へと戻る最中なのです。この後は、関所を抜けて国境を越え、隣の国のとある都市へと戻ることになります。ティーナ様がお悩みの事はわかりませんが、一旦環境を変えてみて先のことはそれから考えるのも良いのではないでしょうか」


 一瞬、冗談や社交辞令かと思ったけど、ヨーカさんは微笑みを浮かべながらも、決して冗談では言ってないことがわかる。


 ……隣の国、か。もしかしたら、それも良い選択かもしれない。方角からすれば隣国はアイオーン共和国だったはず。確か昔は王政だったのだけど革命によって廃止され、現在は共和制へと移行した国。この国に比べれば領土面では比較にもならないくらいに小さいけど、私の知る限りでは経済規模は結構大きくて、この国との関係も決して悪くはないはず。


「あ、僕も賛成! お姉ちゃんも一緒に来てよ」

「これ、カイ! 命の恩人に何という聞き方だ」

「わ、私は平気ですから構いませんよ。……その話、一晩考えさせてもらっても良いでしょうか?」

「ええ、もちろんですとも。ゆっくりとお考えいただいて構いません」


 とは言ってみたものの、私の中では大体の気持ちは、先程のやり取りの中で決まっていた。このままこの国をさまよい旅をしたとしても、ひっそりと暮らしていける安住の地が見つかる保証はない。その点、隣国であれば一度全てのしがらみを整理することだってできる。


 多分、私が選ぶことのできる選択肢は多くない。


 その後、久しぶりに入ったお風呂を楽しみながら、ゆっくりとその思いを反芻する。――あまりの気持ちよさに、考えながら寝てしまいそうになったのは内緒だけど。カイ君に声を掛けてもらえなければ危なかった。


 風呂から出た後は、私のために用意されたテントに戻ってからごろんと寝転がる。心地よい静寂。誰にも邪魔されることのないプライベートな空間。ついつい伸びをしてリラックスしてしまう。


「今日は……ぐっすり……眠れそう、かな……」


 ルーリオ達に追い出されてからは一人で行動していたので、どうしても熟睡することはできなかった。誰かが一緒にいるということが、こんなに安心感があるものと改めて実感してしまった。


 ――それから、私の意識が遠のくのにそれほど時間は必要無かった。




 翌朝を迎え、久しぶりの熟睡のおかげかスッキリと目をさますことができた。支援魔法でこまめに回復していたつもりだったけど、やっぱり心の方に疲労が溜まっていたんだなあと、しみじみ感じてしまう。


 身だしなみを整えてからテントを出ると、もうほとんど皆が起きていたので用意された朝食をいただくことにした。


 少し食べてから、一旦器を置きヨーカさんの目を見つめる。昨日はあっという間に寝てしまったので、ゆっくり考えることすらしていない。短い時間だけど、どれだけ考えてもやっぱり答えは変わらなかった。


「ヨーカさん。昨日のお話に関してですが、とてもありがたい話なのでお受けようと思います」

「おお、それはきっとカイも喜ぶと思います」


 そのカイ君といえば、既に朝ごはんを食べ終えていて、少し離れたところで朝食の用意に使った料理道具を洗っている最中だった。料理ができる上に、片付けまで……。本当に良い子だ。いっその事、私の嫁に来てくれないかしら。まあ、冗談だけど。


 その後、戻ってきたカイ君にも私が同行させてもらう事を伝えたところ、ものすごく喜んでくれた。癒やされる笑顔だ。


 商隊の馬車に揺られ街道を進む。護衛や御者として手伝おうと思って話を切り出したのだけど、ヨーカさんからは客人扱いさせて欲しいというように言われてしまった。体力的には楽だけど、気持ち的にはちょっと落ち着かない。


 聖女巡礼の旅に出る前は、日常の殆どに関しては両親が下働きの人を雇っていたので、自分で何かをするということはなかった。でも旅に出ることが決まってからは厳しくしつけられたので、昔からやっておけばよかったと後悔したことは記憶に古くない。


 それでも自発的に行動を起こしたくなるようになったのは、聖女巡礼の旅で身についてしまった癖のようなものかもしれない。

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