第7話 うん、私は何も聞かなかった

 少年はおじいさんの姿を確認するなり大きく安堵のため息を吐いた。極度の緊張からようやく開放されたんだと思う。だから少年がもう少しだけ安心できるように――。


「盗賊は全員拘束したから、もう安全だよ。ほら、あっちに縛り上げたのがそう」

「お、お姉ちゃんが僕たちを助けてくれたんですか?」

「うん、私とサクヤでなんとかね。でも間に合ってよかったよ。もう少し遅かったら助けられなかったかも」


 実際に盗賊に斬られていたから、私が間に合ったのは本当に運が良かっただけだと思う。普通はこんな場所で都合よく助けてもらえるようなことはあまりないだろうから。


「よ、よかった。ありがとう、ございます。う、うぅ」

「うん、頑張ったね」


 ようやく助かったことに思い至ったようで、少年は瞳を潤ませて声をつまらせる。きっと怖かっただろうなあ。そんな震える小さな体を抱きしめて、落ち着くまで泣かせてあげる。可愛らしい男の子のこういう姿はとても可愛らしく感じる。ちょっと、約得。


 しばらく抱きしめていると、すやすやと寝息が聞こえてきた。泣き疲れて寝てしまったみたい。旅の途中でこんな大きなトラブルに遭遇してしまったのだから、体力も結構失っていたのかも。次に起きたときにはもう少し元気になるよ。


 サクヤを見ると私と同じように小さく笑ってる。少年の無垢な仕草には場の雰囲気を和やかなものにする力があるみたい。起きてしまわないようにそっと寝かせてあげると、無防備なかわいい寝顔を見せてくれた。


 他の全員が無事に目覚めるまでには時間がかかりそうだったので、近くで野営の準備をすることにする。野営の準備自体は慣れているんだけど、私が彼らの荷物を勝手に触ることはできない。だから、サクヤに一つ一つ確認をしながら手伝ってもらって準備を始めることにする。本当はサクヤも勝手に触っちゃいけないんだと思うけど、今回は緊急事態ということで納得してもらうしか無い。


 なんとか日暮れまでには設営を完了したかったのだけど、日が暮れるまでに私とサクヤの二人で全部の準備を行うことは難しかったから少しだけ焦った。でも、若い男性達が一人、また一人と目覚めるにつれて人手が増えていったから、少しずつ作業は捗っていく。途中誰かが目をさます度に説明をしたり感謝されたりしたけど、最終的には想定よりも早く終わらせることができた。


 そして、全員が目を覚ましたので食事の準備などを行い、今は数人で焚き火を囲んでいる。日中は暑くなってきたけど、この時間はまだ少し冷える。


 私の目の前には野菜がごろごろ入った温かなスープや、食欲をそそる香りのついた燻製肉など、聖女巡礼の旅では序盤にしか堪能できなかった食材がふんだんに使用された料理が並べられている。


 恥ずかしながら、食事の準備を待っている間、何度かお腹の音がなってしまったのだけど、誰にも聞かれなかったかなあ。香りからしてものすごく美味しそうなのよね。


 ちなみに、嬉しいことに食料はすべて相手持ちだったりする。私も途中の町で買った保存食を多少は持っている。でも、味はいまいちだし持てる量にも限りがあるので、こういったお誘いは正直とても助かる。


 すぐにでも食べたいところだけど、さすがにそれははしたないので我慢。そんな私の視線を知ってか知らずか、目の前に座る老人が深々と頭を下げる。


「――改めて、本当にありがとうございました。あなた様が通りかからなければ、私達は皆殺されていたことでしょう」

「気になさらないでください。こういうときはお互い助け合うものですから。でも、皆さん無事で良かったです」

「はい。孫のカイも無事でした。――ああ、すみません話が長くなってしまいますな。ささ、どうぞお召し上がりくだされ」

「ありがとうございます。いただきます」


 少年のおじいさん、ヨーカさんはこの商隊の責任者だったようで、私ももう何度目になるかわからないくらいに感謝をされ続けている。なんとなく居心地が悪くなってしまうほどだ。旅でのトラブルは互いに助け合うのは当たり前のことだと思っているので、あまり感謝されすぎるとこちらが困ってしまう。


 あまり気を使わせてはいけないので、器に波々と注がれた具沢山のスープを、ふーふーしながら飲む。ああ、温かくて美味しい。聖女巡礼の旅でも後半はなかなかまともな食材が手に入らなかったし、一人旅を始めてからは本格的に質素な食生活だったので、こんな天国のような美味しさはものすごく五臓六腑に染み渡る。


 味付けは若干薄めだけど、しっかりと調味料が使われていてスパイスも綺麗に調和している。よくよく考えてみると、野営でこれほどの料理を食べられたのは聖女巡礼の旅を含めても初めてかもしれない。


 実はこの料理、商隊唯一の少年――カイ君が作ったものだったりする。食材をふんだんに使っているとはいえ、この味が出せるというのは将来がとても楽しみだろうなあ。


 それに料理の腕を褒めた時に見せる天使のような微笑みは、ただでさえ美味しい料理の味を更に一段階上に引き上げている。


 それと朗報! 食事の前に確認したんだけど、この商隊ではお風呂に入ることができるらしい! なんでも仮設のお風呂を運んでいるらしくて、毎日ではないけど定期的に使用するんだって! 本当は今日はお風呂の日ではなかったみたいなんだけど、予定を早めてお風呂の日にしてくれたの。


 もちろん、私は既にお風呂をいただく約束を食事の前に取り付けさせてもらった。私は意識していなかったけど、あまりの剣幕だったみたいで、そのあとでサクヤに笑われてしまった。


 それから少しの間、久しぶりの人の温かみに触れて感動していると、辺りを見回っていたサクヤ達が帰ってきた。カトリとキトリも怪我をしていたのだから休むことを勧めたけど、仕事だからと譲らなかったのでサクヤと一緒に見回りに出ていくのを、私は止められなかった。


 カトリとキトリ。二人共が紫色の長髪で、肌の色は少しだけ日に焼けていて健康的に見える。すらっと伸びた足にはちょっと憧れてしまう。実はこの二人、双子の姉妹らしく髪型が左右対称じゃなかったり、服装が同じならきっと見分けをつける自信はない。カトリは魔術師でキトリが僧侶なので、そこのあたりは間違えないようにしようと思う。……姉妹にクトリやケトリは居たりしないよね?


 三人が戻ってきたので、ヨーカさんは手に持った器を置いて立ち上がり、先頭に立つサクヤに向かって歩み寄る。


「皆様、見回りご苦労さまです。それで、どうでしたかな?」

「ああ、この周辺は特に危険はなさそうだ」

「それは何よりです。……この度は本当に申し訳ありませんでした。あの男の同行を許さなければこんなことには――」

「いや、私達も警戒不足だった。あれだけの危険な目に合わせてしまっておいてなんだが、ひとまず今は安心して良い」


 本当は裏切り者を含めての護衛任務だったわけで、その任務については裏切り者に依頼者を斬られてしまった時点で失敗だと、サクヤ達は考えているみたい。逆にヨーカさんは、取引相手から勧められた護衛を断りきれなかったことに責任を感じている。


 お互いに思うところはあるみたいだけど、責任の押し付け合いではなく被害立場の押し付け合いをしているところが面白い。この様子なら、サクヤ達の冒険者としての評価は落ちてしまうような事は無いと思う。


「おそらくは、先日の私達との取引で欲をかいてしまったのでしょう。少し優しめに対応しすぎたかもしれませんな」


 それから四人は少しトーンを落として会話をしているけど、小声で聞こえてくる会話に「あの男にこの責任は必ず取らせる」とか物騒な文言が混ざっていたような気がするけど……うん、私は何も聞かなかった。

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