第6話 御免こうむる
サクヤの言葉を聞いて、そういえばカトリとキトリの二人は後ろや横から斬られていたことを思い出す。まず最初にその二人が狙われたのかも……。不意を突かれて戦力が大幅に低下してしまったら、皆を守り切ることは難しいよね。それに……。
……裏切り行為。それを聞いたことで、ルーリオ達の顔が思い浮かぶ。
「裏切り……。そんなの許せない!」
「あ、ああ。一緒に怒ってくれるのは嬉しいよ。でも裏切りというよりは計画的な犯行だったんだろう。はじめから仲間でもなかっただけだ」
仲間じゃない、か。あれ、そういえばつい先程、サクヤは三人パーティだと紹介してくれた。となると、その裏切り者は……何者?
「護衛はサクヤたちだけじゃダメだったの? さっきの動きを見ただけでもサクヤが強いのはわかったよ? どうしてそんな男が一緒に護衛することになったの?」
護衛対象はそこそこ多い。だけど、私が見た限りではサクヤたちだけがいれば十分に思えた。
「もともとは私達だけが護衛を受けていたんだ。でも、事情があってねじ込まれてしまった。依頼主が了承してしまった以上は私達では覆すことはできないし、その程度で依頼を断るという選択肢もありはしないさ」
「じゃあ、そのねじ込んできたって人が今回の黒幕ってこと?」
「……そうなるな。本来であればそれも含めて護衛を遂行しなければならなかった。我ながら情けない話だ」
サクヤは裏切り者達に怒りの感情をもってはいるものの、自分の失態を恥じてはいるのか、強い批判の言葉を口にすることはなかった。もしかしたら冒険者という立場上、こういったことはよくあることなのかもしれない。
私がルーリオたちから受けた裏切りとは違うけど。冒険者といえばあの旅のような危険と隣り合わせな日々が待っているということだよね。さすがにそれは想像したいとも思わないなあ。……冒険者ってこわいなあ。
軽く想像してしまった事で、ちょっとした身震いがする。
「でも、ティーナはものすごく強いんだな」
「そ、そんなことないよ」
「あれだけ立て続けに支援魔法を使っても、全然疲れた様子がなかったからな。あれには相当の熟練が必要なはずだ」
「あはは、結構疲れてはいたよ」
もちろん嘘だ。多分、強いのは私自身じゃなくて私の持つ恩恵が原因だと思う。
【覗き】の恩恵。字面的には、駄目な方向に全振りしたパワーワードに見えるのが難点。だけど実際の能力は、その不名誉な名前からは簡単に連想できないくらいにすごかったりする。
例えば、先程の戦闘中に皆の身体が薄っすらと光って見えたのも、その恩恵のもたらす能力の一端に過ぎない。そして実際に私が使っている支援魔法だって、私の魔力ではなく地脈から吸い上げた魔力で発現していた。それができるのも、この目の力で地脈の流れが見えるようになったからだしね。
地脈の流れを【見て】、支援魔法を駆使して地脈と私達をつなぐ。地脈と接続される事で自身の限界を超えた力を行使できるようになる。それが私達が最も深き森を旅することができた最も大きな要因。
自分の魔力を呼び水程度にしか使っていないから、魔法の使いすぎで精神的に疲労するといったことはないし、その質も大幅に向上しているというからくり。
そう思って話をごまかしていると、サクヤがじっと私の目を見つめる。
「ど、どうしたの?」
「やっぱり、ティーナも同業者か? きっとランクも高いんだろうな」
もしかして冒険者だと思われてるのかな? 実際のところは絶賛無職中なのだけど、サクヤは私の置かれている現状を知らないので仕方がない、か。
「もしかして冒険者?」
「ああ、私は冒険者をやっている」
「うん、それはさっき聞いた。もしかしたらサクヤの副業かなにかの話かと思った。いや、冒険者とか怖くて私には無理無理」
「それはもったいない! ティーナなら多くのパーティから引く手あまたなのは間違いないだろう」
全力で首を振って否定してみたが、それを見たサクヤがものすごく驚いた様子でまくしたててきた。多分、彼女にとっては他人に自信を持って勧められる職業なんだと思う。私的にも恩恵の力を込みで考えれば、それこそサクヤの言う通り引く手あまたなのは間違いないと思う。
私が知る限りでは、冒険者という職業は市井の中では花形とも言える。特に偉業を成し遂げた高位の冒険者に至っては吟遊詩人が歌う程に有名になる。
私も聖女巡礼の旅を通じて、少しだけ冒険者の真似事をしてきた。苦しい旅だったし、甘いものはほとんど食べられないし、なかなかお風呂には入れないし、直接的な危険もいっぱいだった。でも、終わってみればとても良い経験ができたと思える。
でも、それには重要な前提条件がある。もちろんそれは私達が無事に帰ってくることができたから。ただただ、それに尽きる。旅のさなかに命を落とす冒険者はとても多いのだから。
私には聖女巡礼の旅の時みたいな、覚悟を決めるだけの大きな使命感がないと絶対に無理だと思う。もともと育った環境が恵まれていたのもあるけど、私にとって冒険者という職業はリスクが大きすぎるよ。
「きっと恩恵も授かっているんだろうね」
「え……」
「ああ、すまない。無理に聞くつもりはないんだ。私達みたいな女性三人のパーティは舐められがちだからね。ついつい恩恵の話になってしまうんだ。ちなみに私は【剣術】の恩恵を授かっている」
「そ、そうなんだ」
教えたいのはやまやまなんだけど、さすがに「私は【覗き】の恩恵を授かっている」とかは絶対に言えない。本当にごめんなさい。
「――うぅ」
少し居心地が悪くなってしまったところで、けが人を寝かせていた方から声が聞こえた。
「あ、誰か起きたみたい」
「そうだね、話の続きはまたあとでゆっくりと、ね」
サクヤが木陰に向けた視線をこちらに戻して、一つウインクする。うかつにも可愛いと思ってしまった。漆黒の長髪はよく手入れやれているのか、とても輝いて見える。柔和な表情の中にも凛々しさが伴っていて、ちょっと憧れてしまう。
多分、サクヤってモテるんだろうなあ。彼女にこんなことを言われたらコロッといく人も多いだろうなあ。色々と妄想しちゃうかも。あ、でも、あとでされる話が冒険者の件だったなら御免こうむる。
閑話休題、小さく声を上げたのは少年だった。多分、年齢は十歳程度で、亜麻色の長髪がまるで女の子のようにも見える。さっき介抱した時に確認した限りでは、身なりは割と裕福そうな印象を受ける。きっと大事にされてるんだろう。この集団で唯一の子供だし、若い男性たちの中にこの子のお父さんもいるのかな?
サクヤと一緒に少年の近くに歩み寄って顔を覗き込む。うん、顔色は良いみたいだ。
少しの間見ていると、ようやくまぶたがゆっくりと開いていく。
「……目が覚めた?」
「……ん、うう。……はっ、おじいちゃん!?」
少年は目が覚めるなり、慌てて身体を起こして目まぐるしく身体を動かしておじいさんを探す。少年はおじいさんが切られたところをその目で直接見てしまったのかもしれない。
「大丈夫、おじいさんはあっちで寝てるよ。傷が開くといけないから、もう少し落ち着いて。あとで君のお父さんを教えてね」
実際は回復魔法で治療したから、少し動いたからって怪我が開くようなことはないと思う。でも、急に状況が変わっているからきっと混乱も多いと思う。
「お父さんは……いません」
「あ、ごめんなさい。言いにくいことを聞いちゃって」
「いえ、大丈夫です。僕はずっとおじいちゃんと二人だから」
聞いてはいけない事を尋ねてしまったかと思ったけど、少年の様子を見る限りでは大丈夫みたい。だから少年を落ち着かせるために、できるだけ柔らかい笑顔を心がけながらゆっくりとした口調で話すようにする。
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