第5話 支援術士だからって、なめないでよね!
走りながら後ろに手を回して、腰につけた筒から一本の短い棒を抜く。そして手に握った棒に魔力を込めると、棒の長さが変わり愛用の棍へと姿を変える。
支援魔術師が一人向かったところで何もできないかもしれない。でも、私だって長い旅の中で成長したという自信は多少ある。それに自分でもよくわからない正義感に突き動かされて立ち止まる気が起きない。
すぐに丘を駆け上がりきると、数台の馬車が十人程の武装した集団に襲われていた。盗賊にしては一人だけ身なりが少し妙だけど……いや、今はそれどころじゃないでしょ!
改めて馬車の周りを見ると、戦っているのは女性が一人かな? 片膝を付いてる。そして既に数人が倒れているように見える。若い男性が数人、その近くに老人と武装した若い女性二人、そして――小さな子供。今も戦っている女性が最後の一人だ。
「――良かった、全員まだ生きているみたい。でも、身体を包む光がだんだん弱くなってきている」
おそらく私だけに見える光。聖女巡礼の旅が始まって間もない頃から、少しずつ訪れた変化。はじめは気のせいだと思っていたけど、意識すればはっきりと見えることに気がついた。この身にまとった光が強ければ強いほど高い身体能力を発揮する。そして光が完全に失われたとき、永遠の眠りが訪れる。多分だけど
そして、その生命力の光が今まさに失われようとしている。
焦りを覚えながら棍をくるりと回し、中空に魔法陣を描く。そしてその魔法陣を地面に叩きつけて魔力を少量流し込んだ。
「間に合って! ライフ・エンハンサー!」
私が注いだ魔力が呼び水となり、地脈から大きな魔力が放出される。描いた魔法陣はその魔力を吸収して輝いた。
視界の先で馬車を取り囲む一団が驚き狼狽する。それはそうだろう、倒れた人たちを守るように魔法陣が生まれたのだ。それも急に。
一団の一人が慌てて周りを見る。忙しく頭を動かして――ちがう、そっちじゃないよ。こっちこっち。
まだ余裕があるみたいなので、先程の魔法陣に加筆する形でもう一つの魔法陣を描くことにする。
「もう一つ追加で、プロテクト・ガーディアン」
すると、倒れている者たちの真下で魔法陣の色が変わる。これで、生半可な攻撃は通らない。
「さて、と。問題はあの盗賊らしき一団がこれで引き下がってくれるかどうか」
「あの女だ!」
「相手は女一人だ。こいつらのついでにやっちまえ!」
――私の淡い希望は見事に裏切られる事になったみたいだ。
「君、危ないから逃げるんだ! くっ!?」
標的を切り替えた盗賊たちを見て私のことを心配したのか、武装した女性剣士が大きな声で逃げるよう叫んだ。
「でも、支援術士だからって、なめないでよね! フィジカル・ブースト!」
距離を詰められる前に最低限の支援魔法を行使する。私の体内から普段にはない力が湧いてくる。
剣と盾を持つ前衛とは異なり、支援術士は高度な戦闘能力は持ち合わせていない。でも、だからといって全く戦えないというわけでもない。
私だって伊達に棒術を習ったわけじゃないしね。聖女巡礼の旅では支援術士だからといって周りの魔物は優しくしてなんてくれないし。だから私は自分の身くらいは自分で守れるように、お父様に叩き込まれていた。
このままおとなしく待っているのもバカバカしい。そう思って丘を駆け下りることにした。盗賊もまさか私が逃げずにまっすぐ向かってくるとは思っていなかったみたいで驚いている。これはチャンスだ。
駆け下りながら前方から丘を駆け上がって来る盗賊の動きを観察する。足運びを見た限りでは大した腕前ではない。これならいけるかも!
駆け下りる勢いを利用して棍を突き出す。眼の前の盗賊はまだ距離感がつかめていなかったのか、その一撃を無防備に食らってくれた。眉間を突かれた男は、そのまま後方に一回転して倒れる。そして棍を引きながら身体を翻して左にステップし、回した棍で別の敵の足元をすくい上げる。
転倒した盗賊が立ち上がらないように、後頭部に一撃を入れる。これで残り八人。
動揺する盗賊達は一瞬互いに顔を見合わせた後、表情を固くしてこちらを睨みつけてきた。私に対する脅威度を上げたんだ。――でも、それじゃあ足りない。
「女一人に手こずるな!」
「――もう一人いることを忘れては居ないか?」
「えっ、ぐあ!?」
「な、なんでてめえが動けるんだ!?」
彼らの意識の外、後方から音もなく近寄った者。それは先程まで馬車の近くで片膝を着いていた女性剣士だった。
実はさっき、自分に身体強化をかけたついでに、女性剣士にも支援魔法をかけておいたんだ。ライフ・エンハンサーとの相乗効果があれば間に合うんじゃないかって。狙い通りに女性剣士は戦線に復帰、素早い動きで敵の背後を捉えてくれたというわけだ。
回復系の魔法は得意ではないから、生命力回復や身体能力を上昇させることで無理やり動けるようにしただけだから、さすがに全快とはいかない。でも盗賊たちへのサプライズとしては十分だったみたい。
盗賊たちは女性剣士の復活に驚いたことでさらに混乱し、満足に連携できなかったのかその後の鎮圧事態はそれほど苦労するようなこともなかった。
盗賊の鎮圧後、倒れている人たちを一通り介抱して安否を確認することにする。負傷者が多いから、女性剣士には悪いけどもう少しだけ頑張ってもらう。
ひとまず全員を近くの木陰に運んで寝かせる。そのついでに慣れない回復魔法を使って一人ひとりの怪我を治していく。聖女巡礼の旅に間に合わせるためにギリギリで覚えた魔法なので、どうしても使う際には時間がかかってしまう。旅では結局私の回復魔法はほとんど使わなかったから大して練度も上がっていない。
それから時間はかかったけど、ひととおり回復魔法を掛け終わり全員が重篤な状態を脱したので、ほっと一息つく。
「うん、皆大丈夫みたい。良かった」
「ありがとう、本当に助かった。君はとても強いんだな」
「ううん、私一人だともっと時間がかかってたと思うし、あなたが動けるようになってよかったよ」
「ああ、あれは驚いた。そういえば名乗るのが遅くなってしまった。申し訳ない。私はサクヤ、この商隊の護衛をしている。あっちで寝ている二人も私の仲間でカトリとキトリ。二人の目が覚めたら改めて紹介させて欲しい」
「私はティーナです。でも、間に合って本当によかったです。サクヤさんも――」
「私のことはサクヤと呼んでもらって良い」
「じゃあ私のこともティーナでお願い」
「……わかった。それじゃあティーナと呼ばせてもらおう」
「うん、そうして。あ、サクヤも傷が完全に癒えたわけじゃないから、少し休んでね」
「私はまだ動ける――いや、お言葉に甘えさせてもらうよ」
サクヤと名乗る女性剣士。漆黒の長い髪の毛は艷やかで、透明感の白い肌を引き立てている。軽装の革鎧を身に着けていて、腰に下げた剣は独特の持ち手になっているのも印象深い。
彼女は満身創痍になりつつも一人奮闘していた。この人が抵抗し続けてくれたおかげで間に合ったんだろうと思う。きっと、カトリとキトリの両名も頑張ったんだろうとは思う。
「でも、サクヤの動きを見たけど、どうしてあの程度の盗賊に遅れをとったの?」
「そうだな。……我ながら情けない。実はあの男たちの中の一人は、私達と同じ護衛の冒険者だったんだ。……だけど」
「えっ、どういうこと?」
「いや、盗賊を手引きしたんだ。私達も待ち伏せしていた盗賊に気を取られた瞬間に、急に後ろから襲われて結果あのザマだ」
サクヤはそう言いながら自嘲気味に笑顔を浮かべる。
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