第4話 裏切りと婚約破棄

 足がふらついてしまって近くの椅子に寄りかかっている私を、ルーリオが怖い顔をして見下ろしている。


「――ふざけるな! この不手際、いったいどうしてくれるつもりだ!?」

「わ、私はふざけてなんて、いないよ。実際に恩恵の力も実感できるし。ほら、昨日の戦いでも――」

「そのよこしまな恩恵で、か?」

「あ、いや、決してそういう趣味があるわけではないから! 信じて!」

「お前の趣味の話などどうでもいい」


 ふざけてはいない。ふざけてはいないけど、洗礼紙に記されている文字が旅の失敗を明確に物語っている。……確かにこの旅で得た恩恵は、私の目に関するものだ。女神様の御業としか思えない、そんな力を秘めているのは間違いない。……このおかしな名前さえなければ。


 何かの間違いだと、そう言いたい。でも今、この洗礼紙がここにある以上、私の言葉は皆に届くことは無い。それだけはわかる。そんな私の沈黙を見て、ルーリオが大きくため息を吐く。


「こうなった以上は仕方がない。セリア!」

「はい」


 怒りが収まる様子のないルーリオがセリアを呼ぶ。すると、セリアは決意したような表情でその声に答えた。時折見せる、あの強い表情。


「君がティーナの代わりに聖女をやってくれ」

「そ、そんなこと無理に――」

「ええ、わかったわ」

「確かにそれしかありませんね」

「……だな」


 さすがに無理がある。そう言おうとした私の言葉を遮るように、皆が諦めたような、しかし重い声色でルーリオの意見に同調する。え、どういうこと? 皆、聞き分けが良すぎない? しかし、そんな私の混乱を置いてきぼりにしてルーリオの話は続く。


「確かにセリアも教会で祈りを捧げたことには間違いない。恩恵に関してはなんとかごまかしてみるしかない」

「そ、それなら私も同じだよ。私も教会で祈ったよ」

「……いや、全然違う」


 そう言ってルーリオがもう一つ大きくため息を吐く。その表情にはこれまで私に見せてきたような優しさは全く感じられなかった。まるで、まったく知らない人みたい。


「王都に戻れば必ず恩恵の確認がある。その恩恵をずっと隠し通すことなんてできないだろう」

「それは……」


 確かにルーリオが言うことにも一理あるとは思う。反論したい。反論したいけど、どうしても一瞬言葉に詰まってしまう。


 私が反論できずにいると、ルーリオはそのまま言葉を続ける。


「その点、セリアなら恩恵を授かってはいない分、まだ言い訳はしやすい。例えば恩恵は特殊なようで今は見ることができないようだ、とかな」

「で、でも、そうしたら私はこれからどうすれば良いの?」

「そんなことは私の知ったことではない! だが、そうだな。こうなった以上は、お前をこれ以上同行を認めるわけにはいかない」


 ……同行できない? じゃあ、私は?


「そんな……、婚約者である私を追い出すの?」

「当然だろう。だが、そうだな。こんな邪な恩恵を持ったお前を誰かに見られる訳にはいかない。お前との婚約は今、この場を以って破棄させてもらう!」

「そ、そんな――」


 ルーリオの宣言を受けた瞬間、足の力が抜けていく。まるで目の前が暗くなっていくようだった。床にへたりこんだ私にルーリオが冷めた眼差しで近づく。


「婚約は破棄したのだ。その婚約指輪も返して貰おう!」

「ま、待って。あっ!」


 いくらなんでも急すぎる。でも、震える手で抵抗をしたところで男性の力に敵うはずもなく、彼に送られた婚約指輪はそのまま取り上げられてしまった。自然と目が婚約指輪を追う。


 ――その瞬間、私の目を通して驚くような名前が見えてしまった。【堕落の指輪】、と。


 その名前を見た瞬間、指輪に関する知識が頭の中に流れ込んでくる。一瞬だけ、ずきんと痛みがしたがすぐに収まったが、頭の中の混乱は更に増してしまう。


「堕落? もしかして、その指輪が……」

「ちっ、セリア!」

「リムーブ・カース!」


 ルーリオが舌打ちをして指輪をセリアに向かって放り投げる。そしてそれを受け取ったセリアが慌てた様子で神聖魔法を口に紡いだ。すると、黒いもやのようなものが指輪から静かに吹き出して、指輪はそのまま跡形もなく崩れ去った。慌てて周りを見渡すが、これほど不自然な行動があったにも関わらず、誰一人として驚いた様子は見せていない。どうして!?


「……ルーリオ?」

「これ以上、お前と話すことはない。さっさとどこへでも消えるんだな」

「み、みんな?」

「……」


 もう、誰も私と目を合わせてはくれなかった。……やられた。


 つまり私以外の全員が共犯だったんだ。それも、ルーリオが私に指輪を贈ったときにはもう……。それを察した私は、一気に抵抗をする気力を失った。


 あの不自然な神父もルーリオから小さな革袋を受け取ると、にやけた顔で教会を出ていってしまった。ああ、神父も仕込みだったんだ……。




 ――ルーリオ達が教会を後にした後、私は一人だけ取り残される事になった。


 無理やり皆の後をついていくこともできるかもしれないけど、全力で抵抗されるのは目に見えているし、下手をすれば命の危険もあったかもしれない。なによりそんな気力は微塵も湧いてこなかった。


 ……これからどうすれば良いんだろうか?


 多分、私は旅の途中で死亡したか失踪したなどと報告されるのだと思う。王都に戻れば確実に両親に迷惑がかかるだろうし、おかしな名前の恩恵を得たなどという事情を知れば落胆させてしまうのは間違いないし、もしかしたら怒り勘当される可能性もあるかもしれない。


 事情を説明しても信じてもらえるかわからないし、実際に恩恵の名前がはずかしい事になっているという事実は変えようもない。両親に会えないのはとても悲しいけど、二人は私を聖女巡礼の旅に送り出す際に、相応の覚悟はしていたことを私は知っている。


 親不孝者なのは間違いないけど、こうなってしまった以上は仕方がない。


「王都から遠めの町で静かに暮らすのなら、誰かに見つかる心配もないかな?」


 そう独り言をつぶやいても、声をかけてくれる人はどこにも居ない。そんな状況に寂しさを覚えながら考えを少しずつまとめていく。


 ひとまずルーリオ達が向かった最果ての町へは行けない。これは決定。でも、幸いなことにその先は道がいくつか枝分かれしているので、そこだけ迂回すれば目立たずに移動できるかもしれない。


 現状に絶望したからって、自死だけは絶対にしてやるもんか。そうしてしまったらルーリオのにとっては願ったり叶ったりだ。私は、私はそこまで弱くないんだから!




 ――それから数日後、細い街道を一人歩いていた。途中の町で最低限の食料だけは確保したけど、すぐに町を発ってあてもなく歩き続けてる。あんなに入りたかったお風呂も不思議と惹かれない。……いや、身体をきれいにしていないという訳じゃないからって誰に言い訳をしてるんだ……。


 頭を左右に振って気合を入れ直す。すると、遠くから何やら金属がぶつかったような音が聞こえてきた。ちょうど小高い丘になっているせいか、先の様子はよく見えないけど、丘の向こうで何者かが争っているのは間違いないと思う。


「向こうで誰かが襲われてる? いけない、助けに行かなきゃ!」


 まだ争う音がしているなら、走れば間に合うかもしれない。盗賊かそれとも魔物か。半ば無意識的に駆け出してから、ふと気付く。


 ……今の私は一人きりだった。これまではパーティの皆が居たけど、今は誰も居ない。私一人が行ったところでどうにかなるんだろうか?


「でも、このまま放ってはおけない!」

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