四月二日

 列車という閉鎖された環境では、食事を摂らないでいると不審がられる可能性が高いので、しかたなく食堂車でランチを食べました。やっぱり味がまったくしませんし、何度も吐き気が込み上げてきたけれど、ホットチョコレートでどうにか流し込みました。ホットチョコレートは舌触りが血液に似ているから比較的平気です。

 そのままテーブルでひと休みしながら、アマーリアからもらった『緋色の研究』を読んでいたら、乗客の紳士に声をかけられました。

「おやシスター、シャーロック・ホームズをお読みですか。もしや目的地はロンドンではないでしょうね?」

「ええ、まあ……確かにロンドンなのですけれど……」べつにこの本の影響でロンドンへ行くわけではないのですけれど、否定するのも面倒なので適当にあいづちを打ちました。

「ほほう、うらやましいですな。私もいずれは、ベーカー街221Bを訪れて、ホームズ氏に依頼をしてみたいものです。とはいえ彼の気を惹けそうな事件など、身近には起こりそうもありません。こんなことを言うと不謹慎でしょうが、昨日の事件が起きたときは正直うってつけだと思いましたよ。あっさり解決してしまいましたが」

 この紳士は何を言っているのだろう、とわたしは思いました。まるでシャーロック・ホームズを実在の人物かのように。するとわたしの怪訝な態度で齟齬に気づいたのか、男は得意げに告げたのです。

「おやおや、もしやシスターは誤解されていませんか?」

「誤解?」

「その本は小説ではなく伝記ですよ。多少の脚色はあるかもしれませんが、あくまで実際に起きた事件をまとめたものです」

 いらぬ赤っ恥をかいてしまいました。スコロマンスに帰ったら、アマーリアをオシオキですね。わたしは心に決めました。

 それと、もし余裕があったら、ベーカー街を覗いてみようかしら。ひょっとしたらシャーロック・ホームズに会えるかもしれません。

 それはそうと、結局数時間後にはお腹の調子が悪くなってしまい、わたしはトイレへ駆け込んで大量に未消化の下痢をするハメになりました。トイレの壁は薄く、外に漏れ聞こえてしまったのではないかと思うと、恥ずかしくてたまりません。wampyrの弱点はニンニクなわけですが、実際のところ、ニンニクにかぎらず人間の食事を食べさせられたら、十分ダメージを負いますね。

 トイレから出たとき、乗客の婦人が「ダイエット中なので食事はけっこうよ」と告げているのが聞こえました。ダイエット! そんな便利な口実があったとは! わたしの苦労は何だったのでしょう。

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