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ふたりがヴァイダフニャドへ帰還すると、城中は大騒ぎだった。気になったイロナはマーチャーシュ王に事情を尋ねてみた。
「わが妹イロナよ。三日前、スコロマンスの悪魔が突如脅迫してきたのだ。おまえの身柄を差し出さなければ、ネズミを使って、エルデーイにペストを蔓延させると。悪魔はおまえが竜を逃がし、あまつさえ何の償いもせず逃げたことに、怒り狂っている。しかしおまえが悪魔の副官となって、ほかの九人の代わりスコロマンスに残るなら、すべて水に流してもよいそうだ」
「わかりました。わたしが犠牲になってすべて解決するなら、よろこんでわが身を差し出しましょう」
するとアニチカが告げた。「いけないわイロナ。竜が教えてくれたけれど、生徒の一人を副官にするというのはいつわりで、本当は悪魔にカラダを乗っ取られてしまうの。そうやってあの悪魔はソロモン王の時代から、ずっと地上に留まり続けているのよ」
「なんとおそろしいことだ。それが事実であれば、兄としても見過ごせぬ。妹よ、何かほかの方法を考えよう」
「でしたらお兄さま、ドラキュラ伯爵に相談してみましょう。お兄さまは不服でしょうけれど、あの男はとても頼りになります」
「わかっている。伯爵は実に有能な男だ。だからこそおそろしいのだが。とはいえ背に腹は代えられぬ。おまえの言うとおりにしよう」
イロナは塔に幽閉されているドラキュラ伯爵のもとを訪れた。
「ねえ伯爵、スコロマンスの悪魔がエルデーイにペストを蔓延させるか、わたしの肉体を悪魔に明け渡すか選ばせようとしているの。だけど両方とも嫌だから、べつの選択肢はないかしら」
イロナの質問に、伯爵は答えた。「ならば悪魔を、もといた地獄へ追い返してやりましょう」
「でも、どうやって?」
「それには悪魔の名前さえわかってしまえばよいのです。名前とともに命じられれば、悪魔はけっして逆らえません」
「しかし、わたしもアニチカも悪魔の名前を知らないわ」
「たとえ名前を伏せていても、悪魔はその行いによって、おのれの正体を明かしてしまうものなのですよ。そもそもスコロマンスという名は、偉大なるソロモン王からきているという話です。ゆえに悪魔もソロモン王に縁のある者でしょう。ソロモン王は七十二体の悪魔を使役していましたが、そのうち竜に乗っている者は三体です」
「つまりそのうち一体が、あの悪魔の正体というわけね」
「いいえ。たとえ竜を使役できても、この三体に嵐や雷を起こす力はありません。一方、七十二体のなかで嵐と雷を起こす力を持つ悪魔は、たったの一体です」
「つまりその一体が、あの悪魔の正体というわけね」
「いいえ。たとえ嵐と雷を起こす力があっても、この悪魔は竜を使役できません。しかし悪魔でければ、嵐と雷を操り、竜を屈服させる力を持つ者はいます。実のところスコロマンスの悪魔は、悪魔であって悪魔ではないのですよ」
「つまり、どういうことなの?」
「悪魔のなかには、異教の神が貶められた者もいるのです。悪魔となってからはその権能を失っていますが、異教の神であったころには嵐の神として崇められていました。その神には竜を退治した逸話があります。また悪魔としての能力は、さまざまな姿に変身したり、姿を見えなくしたり、知恵を授けたりすることです。ゆえにスコロマンスの生徒は嵐や雷を操る術や、オオカミやコウモリへの変身術、塵になって姿を消す方法、そして動物の言葉などを教わったのです」
「けれどヤツはどうやって、異教の神たる力を取り戻したのかしら」
「それはおそらく、魔女の肉体を借りたおかげです。話は戻りますが、先ほどの竜に乗っている悪魔のうちの一体はもともと異教の女神で、嵐の神の妻であったとか。ようするにスコロマンスの悪魔は、かつての妻の姿を模することで、神だったころのおのれへ立ち返ったわけです。実際、竜を失ったからこそ嵐を起こせなくなり、ネズミに命じてペストをもたらそうとしているのでしょう」
「なるほど。それで、肝心な悪魔の名前は?」
伯爵は答えた。「バアル。六十六の軍団を統べし、大いなる王。それがあの悪魔が持つ、真の名前です。この名前とともに命じれば、悪魔は立ちどころに退散するでしょう」
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