今度こそアニチカを助け出したいが、しかし五本脚の馬を振り切れる駿馬のアテがない。悩んだイロナはドラキュラ伯爵に相談した。

 伯爵は答えた。「ならばイロナ姫、竜から五本脚の馬をどうやって手に入れたのか、訊き出してみてはいかがでしょう? 竜はあなたが死んだと思って、きっと油断しているでしょうし、アニチカに頼めばきっと上手くと思います」

「それは実に名案だわ。さっきはおまえの忠告に従って救われたのだし、今度も言うとおりにしてみましょう」

 さっそくイロナは竜の城へおもむき、密かにアニチカと再会した。

「ああ、イロナ! 生きていたのね。よかった」

「ええ、今度こそあなたを竜の魔の手から救ってみせる」

「それはもういいの。あなたが死んでしまうくらいなら、あたしはこのまま囚われの身でかまわない」

「いけないわ。そんなこと言わないで。助かるためには、あなた自身の協力が必要なのよ。竜が五本脚の馬をどこで手に入れたのか、どうにか訊き出してちょうだい」

「ええ、わかったわ。イロナの言うとおりやってみる」

 イロナは塵に変身して、アニチカの服の下に隠れた。そのまま竜とアニチカの夕食での会話を、盗み聞きする。

「旦那さま、あの五本脚の馬は本当にすばらしいですね。あんなにも速い駿馬を、いったいどうやって手に入れたのですか?」

「なぜそんなことに興味を持つ? おまえには関係のない話だ」

「妻が夫のことを何でも知りたいと思うことは、悪いことですか?」

「べつに悪くはない。まあイロナも死んだことだし、教えてもかまわないだろう。エルデーイとハヴァシェルヴェとの国境付近に、鉄鼻の老婆が住んでいる。ヤツは若駒を何頭も飼っていて、馬番の仕事を三日間こなすと、そのうち一頭くれるのさ。ただし一頭でも馬を逃がしてしまえば、首をはねられてしまうが。そして上手く三日間を乗り切ったら、厩からどれでも好きな馬を選ばせてくれる。ただし一番の駿馬には魔法がかけられていて、馬糞まみれで病気の老いた馬にされているから、気をつけなければならない。ほかの若駒は見せかけだけの駄馬だからな。鉄鼻の老婆も駿馬を渡したくなくて、必死に心変わりさせようとしてくるが、どうしても病気の馬が欲しいと言い張れば、ヤツにことわることはできない」

 この話を知ったイロナは、すぐさま鉄鼻の老婆のもとへ向かった。

「どうかわたしを、馬番として雇ってください。その代わり三日間無事に勤め上げたら、報酬として好きな若駒を一頭もらいます」

「いいじゃろう。ただし一頭でも若駒を逃がしたら、そのときはおまえの首をはねてやるからな」

「わかりました。そうしていただいてかまいません」

 仕事前に食事を振る舞われたあと、イロナは厩から若駒を牧草地に放った。日暮れにはまた厩へ戻さなければならない。

 しかし鉄鼻の老婆は食事に眠り薬を盛っていたので、イロナはすっかり居眠りしてしまった。そのあいだに若駒は、深い茂みのなかに隠れてしまう。そして目が覚めると、若駒は一頭もいなくなっているではないか。イロナは途方に暮れた。

 だがそのとき、イロナの前に六つ首の竜が現れた。

「同志よ。何をそこまで嘆いているのだ?」

「わたしが居眠りしているあいだに、若駒がいなくなってしまったのよ。もし見つからなかったら、わたしは首をはねられるわ」

「案ずるな。若駒なら、あの茂みに隠れているぞ」

 そう言って六つ首の竜が茂みのなかへ飛び込むと、おびえた若駒が外へ飛び出してきたので捕まえることができた。

 こうしてイロナは一日目の馬番をやり遂げた。

「今日はもうお休み」鉄鼻の老婆はくやしげに歯ぎしりして言った。

 厩を出てからなかを覗くと、老婆は鞭で馬を折檻していた。

「このマヌケ! せっかく小娘の首をはねられると思ったのに! 明日はもっと上手く隠れるのじゃぞ!」

 翌日、用意された食事を済ませてから、イロナは二日目の馬番を始めた。けれどもまた眠り薬が盛られていたので、そのうちイロナは居眠りしてしまった。すると若駒は。魚に変身して近くの河に潜って隠れた。目が覚めると若駒が一頭もいないので、イロナは途方に暮れた。

 だがそのとき、イロナの前に十二つ首の竜が現れた。

「同志よ。何をそこまで嘆いているのだ?」

「わたしが居眠りしているあいだに、若駒がいなくなってしまったのよ。もし見つからなかったら、わたしは首をはねられるわ」

「案ずるな。若駒なら、魚に変身して川へ潜っているぞ」

 そう言って、十二つ首の竜が川へ飛び込むと、おびえた若駒が元の姿に戻って岸に上がったので、捕まえることができた。

 こうしてイロナは二日目の馬番をやり遂げた。

「今日はよいから休め」鉄鼻の老婆はくやしげに歯ぎしりした。

 厩を出てから、イロナがこっそりなかを覗き込んでみると、老婆はまたもや鞭で馬を折檻していた。

「このマヌケ! せっかく小娘の首をはねられると思ったのに! 明日はもっと上手く隠れるのじゃぞ!」

 そして最終日。イロナは用意された食事をし、馬番を始めた。

「今日こそ居眠りしないようにしなきゃ」

 だがやはり眠り薬が盛られていたので、結局イロナは眠ってしまった。そのあいだに若駒は厩の地面に穴を掘って隠れた。目が覚めると若駒が見当たらずイロナは途方に暮れた。

 だがそのとき、イロナの前に二十四つ首の竜が現れた。

「同志よ。何をそこまで嘆いているのだ?」

「わたしが居眠りしているあいだに、若駒がいなくなってしまったのよ。もし見つからなかったら、わたしは首をはねられるわ」

「案ずるな。若駒なら、すでに厩へ戻っているぞ」

 厩は一見もぬけの殻だったが、二十四つ首の竜が地面を踏み鳴らすと、おどろいた若駒が穴から飛び出してきた。

 こうしてイロナは三日目の馬番をやり遂げた。

 鉄鼻の老婆はしばらくくやしそうに歯ぎしりしていたが、ついに観念して言った。「よく三日間仕事をこなしてくれた。最初の約束どおり、どれでも好きな若駒を選ぶがよいぞ」

「でしたら、あの隅で馬糞まみれになっている馬をください」

「なんと、よりによってなぜあんな馬を選ぶのじゃ? あれはすでに老いておるし、ひどい皮膚病にもかかっておる。主人を乗せて走るどころか、主人に背負ってもらわなければならぬほどじゃ。悪いことは言わぬから、ほかの若駒にせよ」

「いいえ。わたしはあの老いた馬がいいんです。あの馬以外は何も欲しくありません。もしもあの馬をいただけないのでしたら、仕事の報酬はいりません」

「そういうわけにはいかぬ。約束した以上、儂はおまえに礼をせねばならぬのだ。好きにするがよい。あとで後悔しても知らぬからな」

 イロナは鉄鼻の老婆に別れを告げ、老いた馬を厩から引き出した。

 老いた馬は言った。「ご主人さま、私をあの丘まで背負ってください。そうしていただけたら、あとは私が背に乗せますから」

 イロナは老いた馬を背負うと、丘を目指して歩き始めた。老いてやせ細っているとはいえ、馬はかなりの体重だったが、万能薬で生き返ってからイロナは力持ちになっていたので、平気だった。

 だが、カラダについた馬糞があまりに臭かったので耐えきれなくなり、イロナは馬をそばに流れる川へと放り込んだ。自分も水浴びをして汚れを落とし、それから馬を背負いなおしてまた歩き出した。

「やれやれ、これで少しはマシになったわね」

 しかし病気の馬はくさい糞を垂れ流し、しばらくするとまた汚れてしまった。イロナは馬を川へと放り込み、自分も水浴びしてからふたたび馬を背負いなおして歩いた。

「やれやれ、これで少しはマシになったわね」

 だがしばらくすると、やはり馬糞で汚れてしまったので、イロナは馬を川へ放り込んでから水浴びをした。

「やれやれ、これで少しはマシになったわね」

 そうしてようやく丘の上へたどりつくと、かけられていた魔法が解けて、馬は汚れひとつない六本脚の駿馬になった。イロナは六本脚の馬にまたがり、アニチカのもとへ駆けつけるべく急いだ。

 けれどもしばらくすると、イロナは馬上から川へ振り落とされた。時間を惜しんだイロナが小便を垂れ流したからだ。

「私が川へ放り込まれたとき、どんなにこわい思いをしたかわかりましたか? しかし、これで少しはマシになりましたね」

 水浴びで汚れを落として、ふたたびイロナは六本脚の馬にまたがり、急ぎアニチカのもとへ向かった。

 だがまたしばらくすると、イロナは馬上から川へ振り落とされた。時間を惜しんで、またもや小便を垂れ流したからだ。

「私が川へ放り込まれたとき、どんなにこわい思いをしたかわかりましたか? しかし、これで少しはマシになりましたね」

 水浴びで汚れを落として六本脚の馬にまたがり、イロナは今度こそアニチカのもとへ駆けた。

 けれども、また馬上から川へ振り落とされた。やはり時間を惜しんで、小便を垂れ流したからだ。

「私が川へ放り込まれたとき、どんなにこわい思いをしたかわかりましたか? しかし、これで少しはマシになりましたね」

「わたしが悪かったわ。でも、これでおあいこね」

 そうこうしているうちも、イロナはみたび竜の城へとたどりついた。城中に忍び込んでアニチカと再会し、熱い抱擁を交わす。

「ああ、イロナ! どれほどあなたが戻ってくるのを待ち望んでいたか。ついに竜から逃げ切れる駿馬を手に入れたのね」

「さあ早く、いっしょに逃げましょう。もうここに用はないわ」

 ふたりは六本脚の馬にまたがり、竜の城をあとにした。

 それに気づいた五本脚の馬が騒いだので、竜は厩へ駆けつけた。

「大変です。あなたの妻がイロナに連れ去られました」

「まさか生きていたとはな。今から追いつけるか?」

「食事を済ませて、のんびり昼寝をするといいでしょう。どうせ急いだところで追いつけません。イロナが乗っているのは、私の兄である六本脚の馬ですから」

 竜は怒り狂い、大慌てで五本脚の馬にまたがってふたりを追いかけた。必死に鞭を打ったので何とか追いついたが、馬は痛めつけられたせいですっかり血まみれになってしまった。

「おい、イロナを背中から振り落とすよう、おまえの兄に頼め。もしやってくれたら、食べきれないほどの飼い葉をくれてやるぞ」

「兄さん、私のご主人さまからお願いです。イロナを振り落としてください。そうすれば食べきれないほど飼い葉をもらえますよ」

 これを聞いたイロナは、逆に六本脚の馬へ命じた。「おまえの弟に、竜を背中から振り落とすよう頼んで。言うとおりにしたら、水も飼い葉も好きなだけあげるし、その傷も万能薬で治してあげるわ」

「弟よ。私のご主人さまからのお願いだ。竜を背中から振り落としてくれ。そうすれば水も飼い葉も好きなだけもらえるし、その傷も万能薬で治してもらえるぞ」

 五本脚の馬は提案を快諾し、竜を背中から振り落とした。落馬した竜は地面に激突し、死んでしまった。

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