追いかけて来る竜を振り切るには、もっと早い馬がいると考えたイロナは、ヴァイダフニャドにいる兄のマーチャーシュ王を訪ねた。

「お兄さま、わたしはアニチカを救い出さなければならないのです。どうかわたしに、国一番の駿馬を貸してください」

「わが妹よ。厩へ行って、どれでも好きな馬を選びなさい。ほかにも必要なものがあれば、何でも貸してやろう。余はこれからお忍びの視察に出かけるが、城中をどこでも好きに出入りしてよいぞ。ただし、城の外れにある塔へだけは、けして近づいてはならぬ。なぜならあそこには、世にもおそろしい男が幽閉されているのだ。二万の敵兵を串刺して、野にさらした男だ。それに飽き足らず、気に食わぬ臣下たちをも串刺した男だ。あれこそまさしく悪魔の申し子よ」

 マーチャーシュ王が出かけたあと、イロナは厩で駿馬を選び、ほかに何か使えそうなものはないかと、城中をひととおり見てまわった。やがて好奇心を抑えきれず、マーチャーシュ王に禁じられた塔の上へ昇ってしまった。たとえ悪魔じみた男だろうと、本物の悪魔を知っているイロナにおそれるいわれはない。

 塔の最上階にある牢獄には、ドラキュラ伯爵がいた。牢のなかで伯爵はさまざまな実験器具に囲まれて、何やら作業に没頭していた。これまで見たこともない不思議な光景に心を奪われたイロナは、塵に変身して鉄格子をすり抜け、伯爵のそばへと歩み寄った。

「わたしはマーチャーシュ王の妹イロナで、スコロマンスの魔女よ。おまえはなぜこんなところに閉じ込められているの?」

 ドラキュラ伯爵は答えた。「それは私が敵に寝返ってしまったからです。しかし実際に寝返ったのはわが弟のほうでした。もっともあなたの兄君は、私が無実だと百も承知していますが。陛下は私を見張るという口実で、教皇から命じられた異教徒討伐の遠征を先延ばしにしているのです。今は内政に専念すべき時期ですから」

「なるほど。ところで、おまえはさっきから何をしているの?」

「ごぞんじないのですか。これは錬金術というものです。もし興味がおありなら、教えて差し上げてもよろしい。ただしその代わり、私にスコロマンスの魔術を教えてくださいませんか?」

「いいわ。けれど先に用事を済ませてからね。わたしは友達のアニチカを、悪い竜から救い出さなければならないの」

 イロナはドラキュラ伯爵にすべての事情を語って聞かせた。

「なるほど。そういうことでしたら、ひとつ忠告しておきましょう。もしまた救出に失敗して、竜があなたを八つ裂きにしてしまうようでしたら、死体を袋に詰めて馬の背に載せるよう、アニチカに頼んでおいてください。そして馬にはヴァイダフニャドまで袋を持ち帰らせて、この塔の下にばらまくよう命じてください」

「わかったわ。おまえの言うとおりにしてみましょう」

 イロナは厩へ行くと選んだ駿馬に言いふくめた。「もしも竜がわたしを八つ裂きにしてしまったら、死体を袋に詰めておまえの背に載せるから、あの塔の下まで運んでくるのよ」

「わかりました。ご主人様のおっしゃるとおりにいたします」

 そしてイロナはアニチカを助けるべく、ふたたび竜の城へ。城内へと忍び込み、アニチカと再会する。

「ああ、どうして来てしまったのイロナ! もし見つかったら、竜はあなたを許しはしないわ。八つ裂きにして殺されてしまう」

「大丈夫。今度はエルデーイで一番の駿馬に乗って来たから。だけどもし失敗したら、そのときはわたしの死体を袋に詰めて、馬の背に乗せて持って帰らせるよう、竜に頼んでちょうだい」

「わかったわ。イロナの言うとおりにしてみる」

 ふたりは駿馬に乗って、竜の城から逃げ出した。すると厩にいた五本脚の馬が騒ぎはじめたので、竜は様子を見に駆けつけて来た。

「大変です。あなたの妻がまたイロナに連れ去られました」

「おのれイロナめ。今から追いつけるか?」

「ええ。食事を済ませて、昼寝してからでも余裕で間に合いますよ」

 竜は悠々と食事して、昼寝を済ませてから、五本脚の馬にまたがって、逃げるイロナたちを追いかけた。

 それであっという間にイロナを捕まえてしまうと、前回に宣言したとおり、彼女を容赦なく八つ裂きにした。

 アニチカは頼まれていたとおり、竜へ懇願した。「旦那さま。後生ですから、イロナの死体を袋へ詰めて馬の背に載せ、故郷へ返してやってください。もう死んでしまったのですから、せめてそのくらいは許してやってもよいではありませんか」

「まあいいだろう。どうせ死体には何もできないのだからな」

 イロナの死体は袋に詰められ、馬の背に載せられた。馬は事前に命じられていたとおり、死体を運んでヴァイダフニャドの城へと戻り、ドラキュラ伯爵が囚われている塔の真下で背中から袋を振り落として、死体をばらまいた。

 死体の腐敗する臭いで、イロナが八つ裂きにされて戻ったことを気づいたドラキュラ伯爵は、急いでフラスコに万能薬を調合すると、塔の窓から下へと垂らした。

 万能薬を浴びたイロナの死体は、元通りつながって復活した。

 目が覚めたイロナは非常にノドが渇いたので、城中の侍女を三人ほど襲ってその血を吸った。するとすっかり元気になり、以前よりも力が満ちあふれたのだった。

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